老婆に促され、ブル一行は裏手に移動していた。
喧嘩の結果だろうか、広場にはぼろぼろになった老爺が横たわっている。
「なんだ?座学とやらは終わりか?」
「どの程度出来るかちょっと見るだけだよ。ほら、喋る元気があるならさっさとどきな!」
「あいよぉ」
座学座学と言っていた割にすぐに出て来た老婆をからかう老爺。
にまにまと笑いながらのっそり移動する様がなんとも腹立たしい。
老爺を視界から努めて外しながら、老婆が的代わりの土柱を立ち上げる。
「…さて、とりあえず全力でなんかぶっ放しな。この先は人もいないはずだし、火なんかも燃え広がったりしない。時間がかかってもいいからデカいのを撃つんだ」
「ぜんりょく…!」
「デカいの!」
それを聞いて目を輝かせるウルとクレア。
なんだかヤバそうな気配しかない二人である。
二人はいそいそと準備を始めた。
そんな二人を横目で見ながらルサルナが口を開く。
大きな杖だけ持って、他よりほんの少し前に出ながら。
「まずは私からいきます」
ルサルナが大きな杖を掲げ、軽く目を閉じて魔力を練り上げる。
最大まで練り上げる時間は数秒程度。
慣れ親しんだ大地は、最早想像するまでもなく手足のようなもの。
風すらも沈黙するような静けさの中、ルサルナは緩やかに目を開け、触れるように優しく大地に杖を下ろす。
赤子を愛でるような優しさと裏腹に、起きた現象は劇的なものだった。
ルサルナの前方、杖の先が触れた地面が波打つ。
地鳴りのような音とともに大地のさざ波が広場いっぱいに広がっていく。
広がった波は本物の水のように何かにぶつかっては戻り、うねっては他の波とぶつかり、まるで荒れ狂う海原のように広場を満たしていく。
もし生物が波の範囲にいるならば、恐らく骨の欠片も残さずすり潰されるであろう荒波である。
やがて波は徐々に収まり、元に戻った広場に凪が訪れる。
息を吐くルサルナに一筋の汗が光る。
凄まじい現象に老人達は感心し、ウル達は開いた口が塞がらない。
「素晴らしい…規模も速度もそうだが、大地を海のようにしてしまう発想力。なんとも素晴らしいものさね」
「…ありがとうございます。地に足をつける生き物は皆、逃す訳にはいきませんからね…」
褒める老婆になにやら意味深な返事を返すルサルナ。
流し目を送る先にはウルを眺めるブル。
ブルが何かを感じ取ったのか身震いしている。
「次!私!」
ルサルナの凄まじい魔法に気後れするも、心を奮い立たせて前に出るクレア。
愛用の短剣を強く握り締め、現状の最大を放つために集中していく。
十数秒ほど経っただろうか。
かっと目を見開き、鋭い一閃を放つクレア。
余波が吹き荒れ、数瞬の後に土柱に深い切れ込みが走った。
「う…やっぱこんなもん…」
残心取っていたクレアがぼやく。
戦闘中では不可能なほど動きを止めて放っても、土柱を両断するほどの威力は出ない。
「甘いところはたくさんあるが…やはり良い。魔力を感知できなければ見えない刃。それだけで脅威になり得るからね」
不満げなクレアと違い、老婆は満足気である。
老人達は長い鍛錬と経験の末に、風を砲弾のように扱う魔法を発案していた。
練度はともかくとして、年若い少女であるクレアの柔軟な考え方に老人達は期待を寄せている。
「ウルは準備出来たかい?」
「ばっちり!」
やる気満々で準備していたウルに老婆が声をかける。
ルサルナの魔法で呆けてクレアに遅れを取ったが、既に準備万端のウルである。
二つ返事でぴょんと前に出る。
「おっきく…つよく…」
可愛らしい杖を真上に掲げ、目を閉じ集中していくウル。
杖の先に頭ほどの氷の球が形成されていく。
尚も集中を深めるウル。
ぱきぱきと音を立てながら、氷球は大きさを増していく。
「むぅ…これは…」
「ブル?どうしたの?」
深く深く集中するウルを見てブルが何か気づいたように呟く。
野生の獣すら凌駕する感覚を持つブルの言葉に、ルサルナが何か気づいたのかと声をかける。
老人達もクレアやアメリアも、ウルを見ながら続く言葉に耳をそばだてる。
真剣な顔でウルを見つめ続けるブルが口を開く。
「やはり可愛い…真剣な顔も…」
「可愛いのはお花畑なあなたの頭よ」
ものすごく真剣な表情で呟かれた頭がお花畑な発言。
ルサルナは聞いた自分が馬鹿だったと頭を抱える。
「こいつ何処に思考を落としてきたんだ…?」
「どこまでもぶっ飛んでるね…」
何一つとして益のない言葉に老人達が呆れ果てる。
クレアとアメリアはいつもの発作だと、意識をウルに戻している。
そうこうしているうちに、ウルが形成する氷球は巨大化を続けていた。
ウルが思い描くのは、ブルの何者をも一撃で屠る強大な力と、ルサルナの絶大な範囲と威力の魔法。
比率はブルの一撃が九割方であるが。
繊細だとか緻密などといったものからかけ離れた、ただひたすらに一撃で粉砕する強い意志を感じる、大雑把な暴力の発露であった。
「おいおい…」
「たまげたね…」
発想力も想像力もない、ただの巨大な力に老人達は圧倒される。
家を丸呑み出来るほどに大きくなった氷球は罅割れるような音を発し、さらに形状を変えていく。
姿を見せたのは、巨体に見合う大きな棘。
幼子に見合わぬ、殺意の具現化であった。
「っ…!やぁぁ!」
気合一閃。
振り下ろされた杖と連動するように、氷球は土柱へ向かう。
その様は飛ぶというより落下であった。
ずずんと重々しい音を立て、土柱などなかったように粉砕し氷球が地面へめり込む。
「やった!にぃみてた!?」
「余すとこなく見てたぞウル!ウルはすごいな!」
想像通りの結果にウルが飛び跳ねて喜んでいる。
気づけばブルも一緒になって飛び跳ねている。
大の大人が飛び跳ねるその様は、可愛い頭の出来と違ってあまりにも可愛くない見た目である。
「うぅん…あー、そうだね…その、すごく良いと思うよ、あたしは」
「あー…まぁそうだな…うむ、良いと思う」
「にぃほめられた!」
「流石ウルだ!」
どんな工夫を見せてくれるのかと思いきや、何もかもをぶち壊す力業を披露された老人達は評価に困る。
ただ、恐ろしいほどの力は賞賛に値するものであった。
きゃっきゃとはしゃぐ幼子と男から視線を逸らす老人達。
逸らした先にはおどおどするアメリア。
そこそこ礼儀正しく、素直で真面目な少女。
恐らく一番
「ほれ、何をおどおどしとるんだ」
「準備はどうだい?できそうかい?」
「あのぉ…えっと…」
もじもじそわそわとするアメリア
なんだか普通の少女のような反応に老人達は温かい気持ちになっている。
「何も考えずにどーんとやってもいいんだぞ?」
「今がどれくらいなのか見るだけさね。楽にやればいいんだよ」
微笑ましい、そんな気持ちでいっぱいな老人達である。
「その…私、撃てないんです」
「んん…?すまん、聞き取れなかった」
「歳を取ると耳が遠くなっていけないねぇ…すまないけどもう一度頼むよ」
アメリアの言葉に聞き間違いかと二人して首をひねる。
聞き間違いでなければこの小娘、もしや撃てないといったのかと。
「だからえっと…何かしら物を介さないと魔法が使えないんです…」
アメリアが剣を抜き少しばかり集中すると、剣自体がばちばちと音を立て始める。
アメリア自身には不思議なほど何も起きていない。
「揃いも揃って癖が強すぎる」
「問題児の寄せ集めかね?」
「ご、ごめんなさい…」
「ああいや、個性…そう個性が強いんだ」
「つまりはだね…可能性に満ち溢れているんだよきっと」
ついぽろりと本音が零れる老人達だが、申し訳無さそうなアメリアになんとか言い繕う。
「…とりあえずそれでいいから、全力は出せるかい?」
「剣が耐えられないので…」
「代わりのは……ないな。用意してやるから今日のところはやめとくか?」
「そうだねぇ…仕方ないか」
「本当にごめんなさい…」
涙目になるアメリア。
慌てて飴やら何やらで気を逸らし始める老人達。
なんとも締まらない一行であった。