わくわく、そわそわ。
そんな音が聞こえてきそうなほどうずうずしている幼子、ウル。
ウルは今か今かと老婆の話を待っている。
隣ではルサルナも同じように待っている。
ウルを膝に乗せぎゅっと抱きしめる少女はクレア。
時にはウルを盾にすることも辞さない狡猾な少女である。
後ろではブルが羨ましそうに歯軋りしている。
アメリアがそっとさり気なく硬い干し肉を差し出している。
「ふふ、話すから落ち着きな?…ありゃもう十と何年か昔のことさね」
「儂らも現役でぶいぶい言わせとった頃だな」
老人達が話し始めた。
いつの間にか山盛りにした焼き菓子をつまみ出すウルとクレア。
「自分で言うのもなんだが、当時あたしらはそこそこ有名でね。色んなところから依頼が舞い込んで来たもんだよ」
そこそこなんてものじゃなかったはず、そうルサルナは思っている。
「そん中の一つだったな。廃村に住み着いた悪魔の話だ」
「近づいた魔獣は皆殺し。人は例外はあるけど、基本的には手を出さない。そんな悪魔さ」
「例外っていうのは何なんですか?」
「人に手を出さないなら何でわざわざ?しかも廃村でしょ?」
老人達の話に、ルサルナとクレアが声を上げる。
「例外っていうのは…強ささね。ある程度の実力があれば襲いかかってきたんだ。依頼の理由は知らんね。闘技場で見世物にでもしたかったんじゃないか?大人しくさせて引き取りたかったんだろうね」
「まぁ儂らが掻っ攫ったんだけどな」
「痛めつけて大人しくさせろって話だったからね」
老人達は鮮明に覚えている。
幼さが残る顔つきに不釣り合いな、ぎらぎらと怪しげに光る瞳。
獣のような眼光と抑揚のない声に、背筋が凍ったのを良く覚えている。
∇
荒れた道を歩く二人の老人。
二人の前には原型を留めないほどに破壊された魔獣が打ち捨てられ、その先にはぼろぼろの家屋が見える。
「この死骸…廃屋らしき家屋。間違いないな」
「そうらしいね」
「……おい」
「分かってるよ」
ぴりぴりと肌を刺す雰囲気とともに、がりがりと金属が引き摺られる音が響いてくる。
前方からこちらへ、ゆらりと歩く少年が発している音だ。
「お前ら…強そうだな」
突き刺さるような鋭い視線と違い、何一つ感情の乗っていない声。
どこで拾ったのか、片手と背中に錆び付いた様々な武器を携帯している。
「ガキ…?」
「この子供が、悪魔…?」
屈強というほどでもない、少しばかり痩せた少年。
見ようによっては、錆びた武器を売って小遣い稼ぎをしているように見えなくもない。
ないが、どこか寒気がするほどの暴力性が垣間見える。
「なぁお前ら強いよな?」
がりがりと音を鳴らしながら少年が近づいてくる。
老爺が老婆の前に出る。
「お前のような浮浪児が千人集まろうが、物の数にならんわ」
「何言ってるのか分からんが…つまり、強いってことだな?」
老爺の言葉に引き摺っていた錆びた剣を肩に担ぐ少年。
少年は力を溜めるように前屈みになっていく。
「儂が相手取る」
「油断するんじゃないよ」
「お前も念のためにな」
老爺がさらに前に出て、老婆は少し距離を取る。
老人達は自らの感覚を信じ、油断の欠片もなく構えを取った。
訪れる束の間の静寂。
風も獣も虫さえも音一つ立てないでいる静けさの中、少年から錆びた金属の擦れる音だけが小さく響く。
ゆっくりと倒れ込むように、少年の体が傾く。
「ぬっ!?」
少年はそのまま地面を割り裂くような踏み込みとともに老爺へ急激に接近した。
地面を踏み砕いた音を置き去りにするような超加速、からの豪快な振り下ろし。
虚をつかれるも見事な受け流しを見せる老爺。
受け流された剣が地面に叩きつけられ、悲鳴のような音とともに砕け散る。
砕けた剣には見向きもせず、少年は既に錆びた斧に手伸ばしていた。
掴んだそのままに振り下ろすが、老爺にまた受け流される。
その二撃にて少年は距離を取り、手応えの少なさに首を傾げている。
たった二撃、されど二撃。
老爺は油断なく少年を分析する。
容姿からは想像できない速さと筋力だが、力任せで体の使い方がなっていない。
錆びついているとはいえ刃物を扱っているが、刃筋はめちゃくちゃで斬るというより殴りつけるかのよう。
どちらも技術の技の字も感じられない動きである。
少年はまた、前屈みになっている。
そこから倒れ込むような突撃も先の焼き増しのような光景だが、今度は二撃どころではない猛攻である。
が、老爺の虚を突くことも叶わない。
斧は粉砕し、剣はへし折れ、鎚はひん曲がり、次々と得物を持ち替える少年だが、尽くを老爺に流されていく。
背中に背負う武器が槍のみになったとき、少年は武器を掴み損ねた。
空振る手に、僅かな困惑。
それを見逃してやるほど、老爺は甘くはない。
腹に一撃を入れ、くの字に折れ曲がったところを掬い上げるような膝蹴り。
念入りな止めだと言わんばかりに、仰け反る少年に風の魔法を併用した掌底。
少年は勢い良くぶっ飛んでいき、崩れかけた家屋に直撃、粉塵の中へ姿を消した。
残心した老爺が一言。
「やっべ…やりすぎた」
「あんた…」
「いやよぅ、思った以上にやりおるから…」
少しばかりのお仕置きで済ますかと思いきや、常人ならば三度は死ぬ程の攻撃である。
老婆は唖然としている。
「あれだ…早めに処置すれば大丈夫かもしれん。それか逃げ出して姿を消したとでも言おう。もし生きてたら連れて行こう…生きてたら」
「あれは流石に…なっ!?」
「うおぉ!?」
咄嗟に倒れ込む老人達を掠めるように飛来する物。
高速で飛来したそれは、老人達の奥にあった木に深々と突き刺さり動きを止めた。
突き刺さったそれは、錆びた槍。
少年の最後の武器であった。
「おいおいおい…全力で打ち込んだんだぞ…?」
「よ、良かったじゃないか。連れて帰れるみたいだよ…」
ざり、ざり、とゆっくりだが確実に近づいてくる足音。
泥だらけで、擦り傷塗れで、口から少なくない血液が垂れる少年が歩いてくる。
ふらつくことも、足を引きずったりもせず、確かな歩様で近づいてくる。
何か呟いているが、声は小さく聞き取ることが出来ない。
「ありゃぁ…本当に人か?」
「さてね…本当に悪魔かも知れないね…」
驚愕と不安を誤魔化すように、老人達は軽口を交わし立ち上がる。
少年は徒歩から早足、駆け足と速度を上げ、しまいには先程よりも速くなって突撃してくる。
まるで猪のように真っ直ぐと。
「そぉら!!」
「っ!?」
その突撃を老爺が巧みにいなし、勢いそのままに地面へ叩きつける。
地面が罅割れるほど強く叩きつけられた少年の顔が驚きに歪む。
「せ、いやぁ!!」
老爺は弾む少年に容赦のない踏みつけを行い地面へめり込ませる。
堪らず血を吐く少年だが、闘志は衰えを見せない。
その姿勢のまま老爺の足を殴打しようとしたが、体が沈み込むのを感じ逃げようとした。
蹴り出した大地は泥のように柔らかく、少年の体を呑み込んでいく。
暴れようにも不思議な柔らかさが勢いを殺し、遂には首から下を呑み込んだ。
少年はぴたりと動きを止め、ゆっくりと近づく老人達を見上げた。
∇
「にぃしんじゃうの…?」
「ウル、ウル…俺はここにいるぞ…」
老人達の臨場感たっぷりの話に、ウルが涙目でブルの心配をする。
そんなウルに優しく語りかける男、ブル。
クレアを視線で殺すと言わんばかりに睨みつける男である。
まぁ殺しても生き返りそうな男ではある。
一度や二度ほど死んでいても不思議ではない、そんなふうにウルは思っているのだろうか。
「蘇りそうよね…」
「ブルさんなら…有り得そう…」
普通なら失礼なことを口にするルサルナとアメリア。
ウルとブル以外は思わず頷いている。
「いやしかし、こうも話すと喉が渇くね。少しばかり休憩しよう」
「続きはその後だな」
「そういえば…くちのなかがぱさぱさ…」
「私もー」
「あんたらは食い過ぎだよ」
休憩の提案に乗り気なウルとクレア。
山盛りだった焼き菓子は欠片も見当たらない。
老婆が真顔で注意している。
その後、喉を潤したウルは満腹感とともに幸せな夢の中へ旅立った。
昔話は一旦中止である。