今日もウルはとってもお利口さんである。
黙々と稽古に臨み、ぱくぱくとご飯とお菓子をたらふく食べて、クレアと一緒にちょろっと悪戯して、すやりとお昼寝に励んでいる。
お昼寝のするウルの隣でクレアが叱られている。
正座するクレアをよそに、ふにゃりとしたウルの寝顔をブルがにこにこして眺めている。
「おい小僧お前、日がな一日ちびを眺めてるがな…たまには体を動かしたらどうだ?」
それなりに日数が経っているのにも関わらず、未だブルと手合わせ出来ていない老人が苦言を呈する。
分かりやすく言うなら、はよ殺り合おうぜ、ということである。
老爺の言葉に、寝顔を脳に焼き付けていたブルがため息を吐く。
「はぁ…爺さんほどの奴が分かんねぇのか?俺は今この時も、己を鍛え上げていることを」
「どこにそんな要素があるんだ…」
また訳の分からんことを。
そんなことを老爺は思っている。
やれやれと言わんばかりのブルが口を開く。
「ウルを見ているとな、あまりの愛らしさや尊さによって動悸がして、時に息切れまで起きてしまう。これは激しく動いた直後と同じ…体に負荷がかかっているという証。つまりは鍛錬に他ならない。そうだろ?」
「あ、すぅー……そうだな!」
負荷がかかってんのは心だイカレ野郎め。
という言葉を深呼吸により抑え込み、心にもないことを老爺は吐き出した。
本心を口にすれば、恐らく面倒なことになるという直感であった。
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手応えが少ない。
脱力や緊張、打点をずらすなどして衝撃を上手く逃している。
老爺の鋭い観察力は少年が防御にも、これまでに得た知識を還元したことを察した。
恐らく怒れる老婆の猛攻から、身を守ることの重要性を見出したのだろう。
少年はなんだか上機嫌である。
上手く実現できていることが嬉しいのだろうか。
にまっとした少年が口を開く。
「くくっ、くははっ!…やっぱりだ。爺さん、俺ぁ気づいちまったことがある」
「…だいたい分かるが、言ってみろ」
「こう、攻撃に合わせてなんか…良い感じにあれして…」
「語彙力…!」
素晴らしい成長速度に感心していた老爺は、しかし少年の残念な頭の出来に膝から崩れ落ちた。
老婆と二人、頑張って色々教えた結果がこれである。
さもありなん。
しかし言葉で説明出来なくとも、実際出来るものは出来る。
ただでさえ高い耐久力に、防御まで身に着けるとどうなるか。
答えは化け物具合が仕上がる、ということ。
気を取り直して殴って、蹴って、投げて。
それらに魔法を織り交ぜ叩きつけようと。
少年は倒れない。
そして遂に。
「ようやく捉えたぜ…爺さんよぉ!」
「ぐ、この馬鹿力が…!」
直撃ではない。
しかし確かに、少年は老爺の猛攻を掻い潜り、堅い守りを貫いた。
掠めるようにぶつかる拳。
圧倒的な筋力から繰り出されるその一撃は、掠めるといえども老爺にたたらを踏ませることなど容易いもの。
そして拳を引くついでと言うように老爺の腕を掴み、そのまま老爺ごと振り上げた。
「まずっ、がはっ…!」
成す術なく振り上げられた老爺が抵抗虚しく地面へ叩きつけられる。
肺の空気が全て押し出されるような衝撃に老爺の思考が止まる。
「俺の勝ちだ、爺さん」
少年の声が老爺の耳を打つ。
気づけば目と鼻の先で止められた拳。
少年を老人達が引き取り、たった四ヶ月ほど。
近接戦闘で敵無しとまで謳われた老爺は、まだあどけなさが残る少年に敗れたのだった。
∇
ばんっ、と何かが破裂したような音。
「ひゃわあぁあ!?」
と、同時に響き渡る少女の悲鳴。
「りあねぇすっごいころがってる…」
「これは新記録だねー」
「やっぱり並の武器じゃ駄目かねぇ」
吹っ飛んで転がっていくアメリアを見送る一行と老人達。
ここに来て何度も繰り返されている光景だった。
老人達はアメリアの特異な魔法を調べるため様々な武器を用意し、アメリアに使わせていた。
アメリアの何かを媒介としなければ発動出来ない魔法。
出力の上限は不明で、上げれば媒介としたものが耐えきれないと本人談。
今のところ結果は…見ての通りである。
様々な材料を用いて作らせた武器の数々はその全てが粉砕され、その度にアメリアはころころと転がっていた。
「やはり、刀身だけが…」
「いっそのこと刀身を無くして…」
やたら遠くで倒れているアメリアを無視し、老人達は壊れた武器を眺め話している。
明らかに心配よりも好奇心が勝っている姿であった。
ウルとクレアは何処からか拾ったらしい棒で、ぼろぼろになって転がるアメリアを突いている。
それをブルは注意もせずに眺めている。
追い打ちも甚だしい。
老人達と一緒に見聞していたルサルナが慌てて駆け出した。
基本的に良い子なアメリアだが、この仕打ちが続くとなればグレる日が来るのも近い、かもしれない。
そんな一幕であった。