「婆さん。俺ぁあんたらと戦って、あんたらから学び、強さって言うのが何なのか分かった」
少年の言葉に、老婆が続きを言ってみろと顎でしゃくる。
すこぶる真面目な顔なのだ。
自分達から何を学び、思い立ったのか是非に聞きたいところ。
少年の真っ直ぐな視線が老婆を刺す。
「速さだ。後は筋力。反応出来ないような速さで動き、防御の上から叩きのめす。どうしたもんか…遂に真理に辿り着いちまった…」
「そうかぁ…もしかして聞いてたのかねぇ…」
老婆は頭を抱える。
もしや勢いに任せて言った言葉を聞かれていたのかと。
しかし確かに、速さというのは脅威である。
老婆もその口なのだ。
圧倒的な速度による魔法をもって敵を制圧する。
それを体現し、魔法使い最強を謳われるようになったのが老婆だった。
でもなんだか、この少年がそれを宣うとものすごく頭が悪そうに聞こえるのは何故なのか。
もう少し勉強を増やそう。
後そんなことを言うからには、手合わせの代わりに鍛錬の密度も濃くしてやろう。
そんなことを考える老婆に届く、少年の声。
「実はな、俺の速度にはまだ上がある」
老婆は思った。
何かしらの物語でも気に入ったのかな、と。
増やす勉強は空想的な物語を読ますのが良いかもしれない、と。
「…言うじゃないか。本気を出せばあたしの速さを超えられるとでも?」
まぁ、老婆は大人である。
可愛らしい…可愛らしい?子供の見栄に乗っかるのも大人の嗜みの一つである。
「いや、違う。今までも本気だったのは間違いない。
「でかい口を叩くようになったねぇ。言うなら見せな。言葉は大事だが、時には行動で示すことも大事なんだよ」
大して変わらないだろうが、という言葉を飲み込み、老婆は言う。
あんまり変わらなくとも褒めてやろう、とも考えている。
少年がとんとんと軽く跳び、それから片足を引いて半身になる。
瞬間、老婆の脳裏に警報が鳴る。
瞬時に壁を形成、その数、三。
一つでも並の突撃ならば容易く受け止め、並でなくとも勢いは削げる。
そんな壁を三つ。
そのような壁を作り出したにも関わらず、頭の中の警報は強くなるばかり。
老婆は形振り構わず横に飛んだ。
どかん、どしゃぁ。
音にすればそんな感じだろうか。
一連の動作を一息で行った老婆が、地面へ滑り込む前に聞こえた轟音である。
爆風のような風に煽られ、受け身も取れずに転がる老婆。
勢いが収まり、顔を上げる。
見ると、少年がいた位置は地面が大きく抉れている。
視線を動かしていくと、ものの見事に穴の空いた壁。
さらに動かすと遠くの方に転がっていく少年が。
「空想よりも空想的じゃないか…」
老婆の呟きは壁が崩れる音に飲み込まれていった。
∇
「思ったんだけど、リアって空飛べるよね?魔剣でさ。ほら、あの時めっちゃ飛んでったし」
真面目そうな顔で呟く少女、クレア。
内心では飛んでったアメリアを思い出し笑っている。
「りあねぇとべるんだ!」
「…え?」
クレアの呟きに反応し無垢な瞳をアメリアに向ける幼子、ウル。
その瞳、まるで満天の星空の如き輝き。
頭の中では、既に自在に空を駆けるアメリアが描かれている様子。
「人が空を飛ぶ、か。見てみてぇな」
「確かに、あの感じなら…やってみる価値はあるわね」
「え…え?」
悪乗りするおじさんとお姉さんことブルとルサルナ。
悪乗りだが、いけるんじゃないかとは思っている。
そして逃げ道がなくなったアメリアを追い込む、既になんかわくわくしている老人達。
「その発想はなかったねぇ」
「ああ、素晴らしいな。じゃあやれ」
「そうだね、やりな」
「…ぁえ?」
「リア、集中しなさい」
「無様な姿をウルに見せるなよ?」
「……え?」
肩を叩かれた衝撃に、現実逃避していたアメリアが正気に戻る。
後ろを見ると、なんか保護者面したブルの姿。
その反対側にはこれまた保護者面したルサルナの姿。
二人は言うだけ言って、そそくさと離れていく。
向かう先には老人達と少女らの姿が。
「どきどき…」
「わくわく…」
「うっ…!」
見定めるような目の老人達と、きらっきらな瞳から送られる視線がアメリアに突き刺さる。
ウルは心の底からどきどきしている。
クレアは盛大に失敗しないかと心を踊らせている。
アメリアが逃げ出せば、その太陽のような瞳に分厚い雲がかかってしまうのだろう。片方だけ。
その前に理不尽を体現する四人から逃げられるのならば、という話だが。
アメリアは逃げ道などないことを自覚した。
すっと腰から魔剣を取り、そのまま後方やや下向きに構える。
「ふぅー…や、やるぞー…やってやるんだから…」
震えるか細い声で、震える体ごと鼓舞するアメリア。
その震えは武者震いだと信じたい。
指が白くなるほど魔剣を握り締め、アメリアは魔力を練り上げていく。
前回のように半分程度などではない。
弱すぎて飛べないとなると、無垢な輝きが失われてしまうからだ。
練って、練って、練り上げる。
魔剣から澄んだ高音が響き始める。
その音を聞き、ウルのわくわくが最高潮に達したとき。
アメリアは一筋の彗星と化した。
「すごい!はやい!とんだ!」
「おお…まじか…」
凄まじい速さで、緩い弧を描きながら上昇していくアメリア。
それを見てウルはきゃっきゃとはしゃいでいる。
ブルは珍しく驚いている。
老人達がそれを眺めながら、何かを話し合っている。
「…あれ、止まれるのかな?」
クレアも珍しく本心から目を輝かせていたが、ふと、とあることに気づく。
それは着地のこと。
「流石に止まれるでしょ」
飛べるなら着地も出来るだろうと思っているルサルナの言。
それはアメリアに対する信頼か、それともブルに影響された脳筋なのか。
「降りるにしてもさ、なんか勢いのまま地面の染みになりそうだけど」
着地するだけなら確かに出来るだろう。
クレアの言う通り無惨な姿になりそうではあるが。
顔を見合わせる二人。
そんな二人の遥か頭上に彗星が差し掛かる。
なんか甲高い悲鳴が聞こえるのは気の所為ではないだろう。
「あ、落ちてく」
「流れ星みたいね」
丁度真上か、というところで悲鳴は途切れ、彗星は瞬く間に流れ星に。
慣性に従い、頭上から過ぎ去る流れ星を見送る二人。
実に呑気なものであるが、その顔が徐々に青褪めていく。
「いや駄目じゃん!?」
「ブル!ブル!!ちょっとあの子捕まえて!?」
「大丈夫だろ…あ、うす、よーし行くぞー」
比類無き耐久力を持つ男、ブル。
自らを基準とすると慌てるようなものではない。
しかしながら、精神的な耐久力は相手によって変動するらしい。
二人の鬼気迫る表情の前に白旗を振り回し、ブルは駆けていった。