とてもウルには聞かせられないような言葉で罵り合うクレアとアメリア。
ルサルナはウルを捕獲し耳をしっかりと塞いでいる。
老婆はウルが逃げないようにお菓子を口元に運んでいる。
ウルは抗い難い魅力に敗北している。
ブルは何か考えるような仕草をしている。
「あれはもしやウルの教育に悪いのでは?」
「けしかけたくせに何をほざいてんだ?」
誰よりも子供の教育に悪そうな男、ブル。
けしかけた罪から目を逸らし、ウルが悪影響を受けるかもしれないことを心配している。
恐らく、手遅れである。
あまりにもあまりな言い草に老爺も突っ込まざるを得ない。
「起きたことは仕方ない…まずは黙らせるとしようか」
ブルはそう言って一歩踏み出す、前に老爺が肩を掴む。
「まぁ待て小僧。お前は何のために外に出た?喧嘩の仲裁じゃあないだろう?」
肩を掴む手に力がこもる。
老爺は言外にこう言っているのだ。
はよ戦おうぜ、と。
それらを受けたブルは振り返る。
口角が吊り上がったなんとも攻撃的な笑み。
「無論、ウルに土砂降りのような愛を注ぐため」
「運動だろうが。なんだその天災的な愛し方は…」
最早会話すらままならないのだろうか。
あまりにも都合良く記憶を改竄するブルにぼやく老爺。
それを聞いたブルは何故か納得したような顔でウルの方を見る。
視線の先では、欲張りなウルが頬をぱんぱんにしてお菓子を詰め込んでいる。
「天才か…確かにウルを愛することにかけて右に出る者はいないな…」
「災害の方だよ、このすっとこどっこい…」
荒波のように滅茶苦茶な会話の流れ。
乗りたくもない流れに乗せられる老爺は、なんだかもう老け始めている。
「ウルへの愛は何が何でも加減しねぇ…!」
「さよか…」
そんな老爺とは対象的に、気焔万丈といったブルである。
その目に映っているのは、差し出された牛乳を豪快に飲み、可愛らしくお髭を生やしたウルの姿。
ブルの心に尊い感情が漲ってくる。
「士気が上がるぜ…天井知らずになぁ!」
「……」
天井があってもぶち抜くだろうに、なんてことを老爺は思っている。
口に出してよく分からない理論を展開されるのは嫌なので思うだけだが。
老爺はそっと数歩下がった。
さっきまでは動き足りなかったというのに、今は無性に安楽椅子へ座って微睡みたい気分であった。
ブルが駆ける爆音と、間髪入れずに響き渡った甲高い悲鳴を背に、老爺はとぼとぼと歩き始める。
その足取りは悲しいことに、年齢相応のものであった。
∇
「あいつら…元気にしてるかなぁ」
とある町中で、柄の悪い男が空を見上げ呟いている。
どうやら一仕事終えてきたようで、気の抜けたような姿は少々汚れている。
男の名はハスタ。
ちんぴらのような外見とは裏腹に心優しき男である。
彼の脳裏には今、三人の姿が映し出されている。
その内二人は、僅かな間ながら死ぬまで、いや死んでも忘れそうにもないほど強烈な印象を残していた。
「いや元気か…元気だよな元気に決まってる」
ちょっとおかしな戦闘力を有していたのだ。
並大抵の事ならば、幼子を愛でながら踏み潰しているだろう。
きっと今も、仲良くきゃっきゃとはしゃいでいるに違いない。
男と幼子がはしゃぎ回り、それを女が溜息を吐きながら止めようとしている姿を想像する。
「くくっ…あながち間違っちゃいねぇだろ」
容易に想像できる姿に、ハスタは笑う。
もしかしたら旅の共が増えているかもな、とも考えつつ。
その頃、ブルは啜り泣く少女二人を担いで意気揚々と歩いていた。
ウルはルサルナの膝の上でうとうととし、ルサルナはルサルナで母性を満開に咲かせていた。
ところで、第六感というものがある。
直感ともいうもので、理屈では説明しがたい感知能力のことである。
他には悪い予感として、虫の知らせと呼ばれたりもする。
人の脳は、常時莫大な情報を処理している。
所謂五感というもので、それらから得られる情報に優先順位をつけ、必要ないものを
そうしなければ得られる情報の量に溺れてしまうからだ。
しかし、なかったことにしようとも、無意識下で感じとっているものである。
例えば、視界の端に映っているはずの見慣れない物や誰か。
気付けないほど僅かな匂い。
雑踏に紛れた声や音。
肌で感じているはずの湿度や温度。
それらを無意識下で処理した結果、予感として表出するものが第六感、直感である。
まぁとはいえ、正直そうとも言い切れない。
予知能力じみたものもあるために。
ただ、今回ハスタは何かを感じ取っていたのだろう。
さっさと帰ろうとした彼の背に投げかけられる声が一つ。
「あの、あなたがその…“子供好き”ですか…?」