なんかよくある話   作:天和

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往生際の悪い話

 

厄介な事というのは、余程人が良くなければ大抵むこうからやって来るものである。

 

「あの、あなたがその…“子供好き”ですか…?」

 

少しばかり高い、少年もしくは少女のような中性的な声。

 

その声が聞こえた瞬間、ハスタは記憶の中ではしゃいでいたウルとブル(厄介事)がとても良い笑顔で駆け寄って来るのを幻視した。

 

来ないでほしい、と切実に思う。

 

 

幻視したように、この声に馬鹿正直に答えれば厄介事に見舞われるだろう。

聞こえないふりをしてさっさと立ち去るか、人違いだと嘘をついて逃げるか。

 

何はともあれ関わらないことが正解のはずである。

正解、のはずだが。

 

悪人面に似合わぬ優しい心を持ったハスタに、本当にそれで良いのかとルサルナ(やばい女)の声が幻聴として届く。

視界の端に無視されて泣きそうなウルと、それを見て鬼も泣いてひれ伏すほどの憤怒の表情を浮かべたブルの幻もちらついている。

 

ええい鬱陶しい疫病神共め。

 

 

「あれ…聞こえなかったのかな…もしかして人違い…?」

 

そんなことを思うハスタに追い打ちをかけるが如く聞こえてくる、困惑したような小さな声に罪悪感も湧き上がる。

 

正直なところ、野郎の声であれば無視一択であったのだが、子供、もしかすると女の子かもしれない声質に迷いが生まれているのだ。

 

ハスタは知らずとはいえ、子供を守るためにやばい奴(ブル)へと喧嘩を売った男である。

その優しい心は子供を見捨てきれず、人並みにある性欲は女の子を見捨てられない。

 

今の目標は、この街に孤児院を建てること。

時折娼館へ金を落としつつ、概ね堅実に貯蓄している男として、厄介事だとしても見て見ぬふりは出来ない。

 

と、いうことでハスタは振り返った。

少しばかり印象を良くするために笑みをたたえて。

 

決して幻の恐ろしさに負けた訳ではない。

幻であろうとも物理的に干渉してきそうなどと恐れた訳ではないのだ。

にぱっと笑うウルと、次はないとでも言いたげなブルの幻は捨て置いて。

 

 

幻を振り払い、振り返ってまず見えたのは、人の部位で言えば胸部、もしくは鳩尾付近。

それも服の上からでも分かるほどに筋骨隆々な図体であった。

 

穏やかな笑みを浮かべたまま、ハスタは目を擦った。

ちょっと最近疲れてるもんな、なんて思いながら。

 

それから視線を下げて子供を探してみる。

あるのは服の上からでも分かるお太いおみ足のみ。

 

ふぅ…と小さく息を吐き、ハスタはまたも目を擦った。

 

理解し難い、いや理解したくないがためのささやかな現実逃避である。

死んだ魚のように目が濁り始めたハスタに、目の前の筋肉から声がかかる。

 

「あ、良かった。その三下みたいなしょっぱい悪人面、“子供好き”で間違いないですよね?」

 

声は間違いなく、この筋肉の上の方から聞こえてくる。

なんか丁寧にものすごい罵倒をされたような気もするがそれどころではない。

 

いやこんなん…こんなん詐欺だろ。

なんて喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ハスタは見上げた。

 

大きく、分厚く、見るからに逞しい。

そんな体に、最早積載されていると言ってもいいほど不似合いな幼さの残る小顔。

 

詐欺じゃねぇか

「……詐欺?」

 

あまりの衝撃に飲み込んだ言葉が飛び出した。

困惑する童顔の巨漢に、しまったと思いつつ言葉を紡ぐ。

 

「ああいや…昨日のことをちょっと思い出してな…」

「そう、なんですか」

 

出てきたのはなんとも苦しい言い訳だが、童顔の巨漢はなんとか納得している様子。

 

顔だけ見れば困り顔の少年だが、体は歴戦の猛者である。

あまりにも顔とそれ以外の釣り合いが悪すぎる。

 

ついでに声と口調も。

いや、顔には合っているが、どうしても歴戦過ぎる体と合っていない。

 

じっと見上げるハスタに、童顔の巨漢がはっとした様子で話し出す。

実際のところ、ハスタは失礼なことを考えていたために黙っていたのだが。

 

「あ、いきなりすいません。僕はメルと言います」

「あぁ、こっちもすまん。俺はブルっていうんだ。それから子供好きとか言うのは人違いだな」

 

顔に名前を合わせんなよ。

なんて、ぶん殴られてもおかしくないことは勿論口に出さない。

 

口に出すのは嘘八百である。

 

「へぇ…ブルって言うんですね」

「ああ。俺は最近こっちに来たばっかでな、さっき言った…“子供好き”?とかは悪いが知らねぇんだ」

「人違い…ですか。ごめんなさい、手間を取らせました」

 

その場しのぎの嘘を信じている姿に罪悪感など欠片も湧かない。

何故なら頭が下げられることで顔が近くなり、尋常ならざる違和感が強くなりすぎているためだ。

 

ハスタは心置きなく嘘を並べている。

 

「良いってことよ。…じゃ、俺はこの辺で失礼…」

「あ、まだちょっと聞きたいことがあるんですよ、()()()()()

「あぁ、まぁちょっとなら……え?」

 

並べた嘘を背に、そそくさと立ち去ろうとしたハスタは耳を疑う。

 

今、名乗ってもいない名を呼ばれなかったか?と。

 

「本名はハスタ。得物は槍。実力は一流…と言うには足りない。それに頭もそこまで良くないし、顔もしょっぱい」

「え、悪口…?」

 

調べられていることへの驚きよりも、なんだか悪意ある情報への悲しみが強く湧き上がる。

 

ぽろりと零れたハスタの悲しみは流され、メルの話は続く。

 

「性格は顔に似合わずお人好しで、問題事に首を突っ込むことが度々あるが解決率はそこまで高くなく、信頼度は低め。この辺りからも学習能力の無さが伺える。首を突っ込んだ一つが“猪さん”と、それにつきまとうガキの件。ちなみにその一件から“子供好き”と揶揄され、何を思ったか孤児院を建てるために粉骨砕身しているのが現状、と。合ってますか?」

 

メルの確信を持った眼差しを受け、ハスタはやれやれと言うように溜息を吐いた。

 

なんでこんな木端の情報を調べるんだとか、いちいち心を抉る情報だなとか、そんなどうでもいいことばかりハスタは考えていた。

 

しかしこうなると取れる選択肢など片手もない。

ハスタは顔を上げ、メルの目をしっかりと見て口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ違います人違いです」

 

ハスタはとことん往生際が悪かった。

 

 

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