なんかよくある話   作:天和

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また明日やろうって、甘美な言葉ですね…

読んで頂いてた皆様…遅れて申し訳ない…


巻き込まれていく話

 

ハスタは走っていた。

 

真っ直ぐな美しい姿勢をやや前傾に、腕は大胆に思えるほど大きくかつ速く振り、足は後ろに流れることなく、地面を蹴りつけた力を効率的に推進力へ変換している。

 

見紛うことなき全力疾走である。

 

 

何故走るのか。

勿論理由がある。

 

 

「おいコラ。待てコラ」

「親しみを込めたお茶目だったんだ!!無味乾燥な会話なんて楽しくねぇだろ!?」

「待てコラ」

「やべぇやべぇよ…!語彙力も抑揚も人間味もねぇ…!」

 

付かず離れずの距離を追走してくる、野獣が如き男からの逃走である。

 

荒々しい動きとは合わない、感情を感じられない静止の言葉が恐怖を煽ってくる。

 

「クソッ!!走り方活き活きとし過ぎだろ!顔面と身体くらい言葉と動きが乖離してんじゃねぇか!!」

「ぶっころ」

「うわぁ語彙が増えた!?」

 

どうにか、どうにか出来ないか。

ハスタはちょっとばかり足りない頭で考える。

 

 

まだ謝罪をすればなんとかなるか…?

 

 

そう思ってちらりと後ろを見てみる。

 

男はいつの間にか分厚い鉄板に持ち手を取り付けたような武器を持っていた。

 

 

ハスタは思った。

 

いや駄目だな、と。

自業自得とはいえ、もう既に一線は超えている。

 

 

謝罪が駄目なら他の選択肢はないだろうか。

 

このまま逃げ切れる、なんて楽観的なことは考えない。

付かず離れずで威嚇してくるその様は、間違いなくあれが甚振る類のヒトモドキであることを示している。

 

捕まればねっとりとした暴力に曝されるだろう。

 

さぁどうする俺。

俺はどうすればいい?

 

自問自答するハスタ。

疲労と焦燥に霞むハスタの脳味噌にどこからかブル(ヒトモドキ)の声が聞こえてくる。

 

 

──ぶっ飛ばしちまえよ。

 

 

…それだ!

 

 

ハスタに衝撃走る。

 

右の頬を打たれたならば、右も左も打ち返せばいいのだ。

打たれそうならば先手を取って打てばいい。

 

暴力は全てを解決する。

 

 

脳内に流れた声は、ウルを愛でているときに声をかけられたかのようになんとも雑な感じであったのだが、曇ったハスタの頭ではそれを認識出来ない。

 

ただでさえそんなに良くない頭で、しかもそこからさらに曇った脳味噌はそれを天啓のように感じ取ってしまった。

 

 

人は時として、とんでもない決断を下すことがある。

 

それは何かしらの要因によって思考力が制限されているときに起きてしまう、言うならば事故のようなもの。

 

ほんの少しでも考えれば分かるような、あからさまに間違えていることであっても、疲労や焦り、混乱している状態ではまともな判断など出来ない。

 

今のハスタが、まさにそうであった。

そしてそんな人ほど行動に移るまでが早いのだ。

 

 

ハスタは流れるような動作で懐から何かを取り出した。

 

それは手のひらほどの玉状のもので、中央から紐のようなものが生えている。

 

 

煙玉。

 

持続的に大量の煙を生み出す、もしくは破裂し瞬時に煙幕を張ることにより、敵の視界を遮ることを目的とする道具。

 

情報の大半を視界から得る生き物に対し有効なものだ。

また、発せられる煙の匂いによって嗅覚を誤魔化し、煙を吸い込ませることで呼吸器への些細な攻撃ともなる。

 

 

ハスタは慎重派である。

足りない頭なりに、何かしらの非常事態への備えはしているのだ。

 

なお備えているものの、それを効果的に扱えるかどうかは別のお話。

 

「おいおいつけよつけよ…!早くつけ…!」

 

走りながら指先に火を灯し、定まらない中で懸命に火をつける。

そして、遂に着火。

 

「…ついた!くくっ!見晒せヒトモドキめがぁ!」

 

勇ましい言葉と裏腹に、そろりと煙玉を転がす。

ぼん、という音とともに煙が撒き散らされ、ハスタ共々何もかもの姿を覆い隠していく。

 

そしてハスタは見逃さなかった。

煙玉が破裂した直後、ヒトモドキが足を止めたことを。

 

 

 

これはまさしく一泡吹かせる(ぶん殴る)好機!

 

 

 

疲労など感じさせない鋭い方向転換。(主観的評価)

煙幕を張っても慢心せず左右へ揺さぶる、雷のような複雑で速い動き。(主観的評価)

 

そして、いつかブルを殴るためにこそこそと鍛えた自慢の拳。(鍛えたのは事実)

 

密やかな自信とともに握り締めた硬い拳、それに速度と体重を乗せた破壊力があれば、大抵の事柄は解決できる。

 

なんだか無駄にぶち上がった気分とともに、これまたぶち上がった無駄に高い自己評価。

 

 

今までにないほど最高な気分で繰り出された拳が腹部にめり込む。

 

どん、という音とともに拳が腹にめり込む…いや、めり込んでなどいない。

まるで布を巻き付けた木を殴りつけたような感触。

 

「……はぇ?」

 

腕を伝って返ってきた衝撃と鈍い痛みが、ハスタの口から間抜けた声として漏れる。

 

そして見上げると目と鼻の先に固く握られた拳が

 

「へけっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞼の裏に光を感じる。

それからなんだか顔が痛い。

 

知覚すると余計に痛みが気になって、泥沼に沈み込むようなふわふわした感覚を覆い隠していく。

薄っすらと開いた目に映るのは、なんだか見覚えのない天井。

 

「うぅ…痛ぇ…。ん?ここ、どこだ…?俺はなんでこんなところに…?」

 

こころなしか顔面をへこませている男、ハスタ。

 

彼は今、人ならざる者(ハスタ視点)からの殴打によって、少しばかり記憶が飛んでいた。

 

そのいまいち飲み込めない状況に混乱する中、かけられる声。

 

「あぁ、起きましたか」

「だ、誰だあんた…うおでっ、いやちっちゃっ!」

 

そこにいたのは非常に均整の取れていない体の男。

 

首から下は歴戦の猛者すら後退りするほど、はちきれんばかりの筋肉が衣服に負担を強いている。

 

それとは逆に顔はどこで挿げ替えたのか疑うほどに小さく、幼気な少年のよう。

 

 

と、思わず本音が飛び出たハスタであったが、自らの状況を振り返り謝罪する。

 

「…いや、すまねぇ。恩人に失礼だな」

「…恩人?」

「あぁ、あんまり状況が理解できねぇが、恐らく何かあって倒れた俺を介抱してくれたんだよな?」

なるほど…えぇ、まぁそうなりますね」

「重ねてすまねぇ…ありがとう、助かったぜ」

 

良い感じに記憶が飛んでいるハスタは、目前の男が原因であることも、いけしゃあしゃあと恩着せがましいことを吐かしているとも露にも思わない。

 

「いえいえ…実は、あなたを探していたので…これは渡りに船だったんです」

「…俺を?」

「はい、少し…依頼したいことがありまして」

 

なるほど、とハスタは思った。

間違いなくやべぇ匂いがぷんぷんするとも。

 

だが、聞かずに断るのもなんだか悪い。

それも助けてもらった相手に対しては尚更に。

 

「……内容は?」

 

だから聞かずにはいられなかった。

 

「僕とともに、“大暴走”に関する調査をしていただきたい」

「…魔獣が巨大な群れをなし、それが食料等を求めて大移動する現象…。そんな案件を、俺にか?」

「はい。これは、場合によって非常に危険な依頼となります。いえ、恐らくほぼ確実に“大暴走”は起こると考えられるため…発生源を出来るだけ早期に特定することが主となります」

 

 

よし、断ろう。

こんなものは命が幾つあっても足りない。

 

恩人相手に心苦しいが、命あっての物種である。

ハスタは迷うことなく決めた。

 

「申し訳ないが…この話」

「あぁ、ちなみにこれは前金です」

 

断らせてもらう。

と、言い切る前に、ごしゃっ、と何か魅力的な重たい音が響く。

思わず口を閉じたハスタの目の前には、ぱんぱんに太った革袋。

 

ぱっと開かれた中身を見た瞬間、ハスタはもう口を閉じていられなかった。

 

「う、受けまひゅ…」

 

太った革袋は山程の金貨を飲み込んでいたらしい。

 

世の中金だ。

しかもこれは前金。

 

少しばかり目が眩んで、詳しい内容を聞かずに了承してもおかしくないだろう。

 

「それは良かった。僕はメルと言います。これからどうぞ、よろしくお願いしますね」

「はひ…」

 

 

ハスタは知らない。

この依頼は確かなものだが、本命は別であることを。

 

ブルは行く先々で頼れる男とハスタのことを吹聴している。

それはブルが大好きなメルにとって信じ難く、本当かどうか自ら確かめねば気が済まなかった。

 

それを依頼にかこつけて見定めんとしているのだ。

 

…もう既になんとなく駄目そうな感じはしているが、それはそれ。

魅力というのは、少し関わった程度では分からないものも多い。

 

 

メルは一層気合を入れて、穏やかな笑顔を貼り付けた。

 

 

 

 

 

金貨に目が眩んだハスタには分からない。

しょうもない理由から、渦に巻き込まれようとしていることが。

 

厄介事に巻き込まれる男、ハスタ。

 

残念なことに、ブルに関わった時点で何か大きなことに巻き込まれることは確定したも同然のことだった。

 

ハスタは、まだ何も知らない。

 

 

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