珍しく男は一人歩いていた。
少しは仕事をしておこうと考えたのだ。ウルもルサルナに懐いている。任せても大丈夫だろうと。それはそうと男は爆速で依頼を終わらせていた。ウルをルサルナに預け、姿が見えなくなって暫くしてから全力を持って駆け出した。
街の石畳が一部犠牲になったが、些細なこと。
後日、いきなり罅割れる石畳と直後に吹き抜ける強風、あまりの早さに影しか見えないその姿は、化け物だとか呪いだとか噂されたが、男は努めて知らない振りを貫いた。
離れた木陰から二人の少女と女性を覗く不審者、ブル。
爆速で依頼を終わらせ、爆速でいつもの場所に駆けつけた男。
まだ昼を過ぎたぐらいである。早い。
小さな少女はぺたんと座り込み、目を閉じている。瞑想をしている様子。時折こくりと頭を上下させている。
もう一人の女性は苦笑しながら少女を優しく揺すり起こしている。
男は穏やかな表情でその様子を見ていた。木陰から。
何故、こんな状況になっているのか。
発端は男の思い付きから始まった。
起床後、いつも通りウルの身支度や食事やと世話を焼いていたブルは思う。
少しずつウルも自分と別に行動させてみるか、と。
自分で思いついたことだが、非常に辛い。自分が。
しかしこれもウルの為になるはずと、内心血を吐きながら決意する。
「いっしょにいく」
「ウル、あのな」
「や!いっしょにいくの!」
朝、依頼屋にてルサルナと合流した際に別行動をする旨を言った直後だった。
ウルは繋いだ手にぎゅぅっと抱きつき、駄々をこね始めた。
男、決意が揺らぐ。あまりに辛い。
聞く耳を持たないウルにルサルナが優しく声を掛ける。
「ウルちゃん、聞いてくれる?」
「…」
さらに力強く腕を抱き締めるウル。優しく頭を撫でながら続けるルサルナ。
「ブルが離れている間に、もっと魔法が上手になったら、帰ってきたブルはどう思うかな?頑張ったウルちゃんのこと一杯褒めてくれるんじゃないかな?離れた分すっごく、ね。それに、これもウルちゃんの成長に必要なこと。ブルだって離れたくないのをすっごく我慢してるの。ウルちゃんのことを思ってね。」
今日だけでも頑張ってみない?とルサルナ。
ウルの耳がぴくぴくとしている。ちょっとずつ締め付けが弱まっている。
ブルも黙ってウルの頭を撫でる。今口を開くと、離れたくないと叫びだしそうなのだ。子離れできそうにない男、ブル。
暫くして、ウルは抱きついた腕から離れる。とても渋々。
「…がんばってみる、けど」
呟くウルは男の手を取る。がぶりっ。
「あいたぁ!なんで?!」
「いきなりへんなこといったもん。しかえし。」
嫌わないでくれぇ…とウルに縋るブル。
そっぽを向くウル。立場は逆転している。
はいはいとブルを引き剥がすルサルナ。
依頼屋の中は混沌としていた。
落ち着いて、依頼屋の外に出た三人。ウルは数歩前を歩いている。ちょっとご立腹。
そんな姿を見ながらブルはルサルナに耳打ちする。
「ルサルナ、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
徐ろに落ちている小石を拾うブル。手に収まる大きさ。訝しむルサルナ。
拾った小石を握り込みながら、ブルは言う。
「もし、俺がいない間にウルが怪我をしたら…こうだ。」
開かれる手。さらさらとこぼれ落ちる小石だったもの。
「ひぇっ…」
この男、マジだ。自分で決めたくせに。と、ルサルナは思った。
壊れたように首を振るルサルナを見てブルは頷く。肩に手を置き、一言。
「頼んだぞ。」
「ぴっあ、はぃ…」
命を懸けて守らねば、命を刈られる。
願わくば、何も起きませんように。
そして今に至る。
ウルは瞑想、時折夢の中。
ルサルナはいつも通りに見せかけつつ、死に物狂いで警戒していた。魔力を広範囲にばら撒き、近づくものを感知している。自分を中心に複歩で三十歩ほどの広さである。
初めての試みであったが、自分の人生が掛かっていることもあり、思いついたままに実行し、成功させている。
実のところ、これは魔力操作の奥義とも言える。ただばら撒くだけだと片っ端から霧散していき、感知も大して出来ず、魔力も湯水のように消費してしまう。広範囲の魔力を霧散させず操作しきるなど人の域の極みと言える。ルサルナは今までの限界を超えた。
人の域を超えるまで、あと一歩。
因みにあと一歩を踏み出せれば、今の感知範囲内で瞬きの間に魔法を行使できるようになる。隠れても無駄だ。
ブルが来たことも実は感知していた。咄嗟に魔法を放とうとして、ヒトガタであったために止めていた。賢明である。
そろそろ夕方かというとこで、ブルは我慢できなくなり姿を表した。ウル、一目散。ブルに飛びつき顔を擦り付けている。
「にぃ、あのね、さっきまでね」
一生懸命に話すウル。今朝のご立腹はまるで嘘のよう。
そうかそうかと相槌を打つブル。ぎゅっと抱きしめ、優しく撫でている。
命の危険が去ったルサルナ、安堵のため息。疲労度は並ではない。
街で買ってきたであろうお菓子を山盛り出し始めるブルを見て、呆れながらも止めに入る。
特に代わり映えしない平和な光景がそこにあった。
訓連中にちょくちょく寝ていたためか、ウルは最後まで起きていた。頭には三日月をかたどった髪飾りを着けている。時折髪飾りに手を触れ、にこにことしている。ブルが山盛りのお菓子とともに買ったものだ。
たまにはこういうのもありかもしれないと、ブルとウルは思っていた。
ルサルナは二度とごめんだと思っている。思っているが、自分の実力が飛躍的に上昇したこともあり、少し複雑な気分である。
ずっと一緒もいいが、たまには離れてみるのも良いかもしれない。
そんな一日だった。
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