「あ、あ、あ…」
少し小高い丘の上。少女はそこからの光景に言葉を失い、男の背をペシペシと叩いていた。
視線の先にはそこそこの規模の都市と海。
初めて見る海、地平の彼方まで続く青い景色に、少女の興奮は暫く収まりそうになかった。
「皆さん本当にありがとうございました。これは依頼料の残りと、私からのちょっとした気持ちです。後は好きに過ごしてもらって大丈夫です。あ、依頼屋にはどこの宿に泊まっているか伝えておいてくださいね。」
ヘンドラーが小袋を二つ手渡してくる。それぞれお金と、少しお高い焼き菓子である。明らかにウルに対するものだ。ヘンドラーは商品だけでなく媚まで売っている。
「ん、確かに受け取ったわ。」
「わぁ…へんどらーさん、ありがとっ」
「良かったなぁウル。わざわざありがとよ。」
きっちりとお金の確認をするルサルナ。すぐさまウルにお菓子を渡すブル。可愛いウル。
三者三様の反応を見ながら、ヘンドラーは言う。
帰りもまたお願いします、と。
世辞ではない。依頼料をケチれるならいくらでもお願いしたいヘンドラーだった。
別れた一行は依頼屋へ報告を済ませ、ついでにおすすめの宿も聞いていた。早めに宿を確保し、早くウルを遊ばせたいブルの意向だった。
「にぃ!あれいいにおい!」
「あれは焼いた魚だな。ちょっと食べるか?」
「たべる!」
屋台に駆け寄るウル。最近はブルから離れることも増えてきた。離れる距離はほんのちょっとだけ。
「あの!これください!」
「親父さん、一つ頼む。」
ぴょいぴょい跳ねる少女に屋台の親父は顔を緩ませる。一番良い焼き上がりの魚を手渡す。
「あいよ、熱いから気をつけなさい。多かったらお父さんかお母さんと分けるんだよ?」
お金を男から受け取り、言う。キャスケットを被るウルの耳は見えない。一緒にいる若い男女の子どもだと思っていた。
「うん!」
ルサルナにも懐いているウルは嬉しそうに返事をしていた。ちょっと複雑な顔をしているルサルナは見えていない。
「…そんなに夫婦に見えるかしら?」
「知らねぇよ。」
都合よく空いていた長椅子に座りながら話す二人。
複雑なルサルナとそんなに興味のないブルである。
二人の間には口いっぱいに魚を頬張るウル。顔が蕩けている。
「夫婦だなんだは何でもいいが、俺ぁルサルナが居てくれて助かってる。これからも一緒にいてほしい。」
「な、何よ急に…そんなこと、いきなり言われても…」
ブル、無自覚に会心の一撃を繰り出す。
突然の言葉に動揺するルサルナ。顔が赤くなる。身体が熱を持つ。髪をいじいじと触る。
ギャップにどきどきとしている。普段は恐怖でどきどきしている。吊り橋効果のようなものか。
「まぁ、その…一緒にいてあげないこともないけど…」
初々しい恋人のような雰囲気を醸し出すルサルナ。いじいじ。
それなりに見た目もいいし、私よりずっと強いし、暴走したりするけど面倒見もいいし…あれ?優良では?
ルサルナは迷い始めている。
実はこの女、交際経験はない。それっぽい言葉に耐性がなく、弱かった。案外ちょろい。
ブルはそんな様子に気付かず続ける。
この男、ウルしか見ていない。
「俺からは是非頼みたい。」
ルサルナ、痛恨の一撃を受ける。ルサルナは目の前が真っ白になりかけた。どきどきが止まらない。
「ぴぇ!あ、はいぃ…こちらこそよろしくお願いします…」
優しい表情を浮かべる男はウルを見ている。
赤い顔をした女はぼぅっと男を見ている。
幸せそうに頬張る少女は魚を見ている。
ちょろい男女と少女が並ぶ光景は、傍から見れば若い夫婦のようだった。
噛み合ってはいない。
「おっきい!きれぇ!すごい!」
「ははっ、そうだなぁ。」
「足元に気を付けてね。」
近くで見たいとはしゃぐウルに引っ張られ、三人で浜辺に来ている。ウルの興奮は天井知らず。
二人は笑顔で眺めている。
いつもよりブルに近いルサルナ。
私がお母様よ…!などとは、ちょっとしか考えていない。
「きゃぁ!…あははっ、にぃ!おねぇちゃん!たのしい!」
少し大きな波に驚きながらも笑う少女を、二人はずっと眺めていた。