夜、時折酔っ払いの声が響くが、それ以外は静かなもの。
多くの人が寝静まる中、とある宿屋の一室には薄ぼんやりとした明かりがついていた。
その中からは男女の小さな声が聞こえてくる。
夜遅く、男女の声。
大抵はそういうものかもしれない。
しかしそれは艶声ではない。
ため息混じりに吐き出すような重たい声だった。
「で、どうしようか…」
「やってしまったことはどうしようもないじゃない…」
ウルの可愛らしい寝息を聞きながら、二人は日中に起きてしまった事を話していた。
ウルが無邪気で無慈悲な屠殺者になりかけていることだ。
「いや、ヤるのはいい。敵に容赦しないのは良いことだと思う…だけどな…あれは、流石にないだろ?」
「あ、あれは…その……反省してます…でも!とりあえずぶっ飛ばすみたいな考えは、あなたが何でもかんでも褒めて甘やかすからでしょ!」
「お前も褒めたじゃねぇか!」
「あんなの叱れないわよ!」
器用に小声で怒鳴り合う二人。どっちもどっちである。
物心ついた頃から親も友もおらず、生きるために魔獣やら野盗やらをぶっ殺し続けてきたブル。
親も友もいたが全て放り投げ旅に出て、美人で一人だったこともあり絡まれるのが多かったルサルナ。
ぶっ飛ばすまでの時間や過程が違っていても、結局はどちらもぶっ飛ばしていた。
自分の今までの行いを間違っているとは思わない。
しかし、妹や娘のように可愛がっている幼い子供が、自分達と同じようにぶっ飛ばすのを見ると、ちょっと違うと思う。
自分達とは違い、もうちょっとこう…花や小鳥達と遊ぶような…
断じて魔獣や悪漢をきゃっきゃうふふと叩きのめすものではないと思うのだ。
既に魔獣を容赦なく屠っており、二人してべた褒めしたことについては記憶の隅に追いやっている。
その時には…いや、それ以前であるが、もう修正の余地がないことに二人は気づいていない。
後はもう見つけて即ぶっ飛ばすか、様子を見てからぶっ飛ばすかくらいしか変わらない。
ため息。机に突っ伏す二人。
少し煩かったのか、うにうにと寝言が聞こえてくる。
「とりあえずヤッちゃう前に、ちゃんと考えるように教えましょう?私もあなたも…」
「そうだな…そうしよう…」
結局二人は考えるのを止めた。
二人の頑張り次第で、無邪気で無慈悲なウルになるか、ただの無慈悲なウルになるか決まる。
どちらもヤバいことには変わりない。
蛙の子は蛙、つまりはそういうこと。
∇
「嬢ちゃんすごいんだってな!」
「旦那と嫁さんの賜物ってか!」
「こんなに可愛らしいのにすごいのねぇ」
「ほれ!これ食べな!」
「えへへ…ありがと」
翌日の昼頃、どこから見ていたのか、既にウルが凄腕の魔法使いだということがバレていた。
ブルの背中で照れくさそうにして笑みを浮かべている。
ブルの手はウルへの貢物でいっぱいになっていた。
昨日偉そうにウルに付き合えといった男の子は、遠くから青褪めた顔で見ている。さもありなん。
三人とも見ていないが。
悪党達は幼い子供でさえヤバいことを知り、手を出すのを諦めた。正しい判断である。
見回りは相変わらずやりにくい。
最終手段としてブルが道も屋根も関係なく走り回ることにした。
ウルを背中に乗っけて。
昨日の件で発覚したが、ルサルナが長年の知識や経験で身に着けた魔力操作の奥義というべき感知を、ウルはなんとなくで使っていた。
ルサルナは泣いていい。
ともかく獣よりも鋭い直感と、魔獣よりヤバい身体能力を持つブルと、ルサルナには劣るが魔力を感知し、居場所を特定出来るウルの恐ろしい組み合わせの爆誕である。
しかしブルとルサルナは気づいていない。
褒めて欲しさに悪意ある相手を問答無用でぶっ飛ばしたウルが、二人に頼られて張り切らないはずがない。
そしてブルだけではそれを止めることは出来ない事を。
二人はウルの殺る気が衝天していることに気付かぬまま、宿に貰ったものを置いて行動を開始した。
そして…
「なんだてめぇ!ここはがっ…」
「へへ…にぃ褒めて?」
「クソッタレが!なんで、っひきゅ…」
「んふふ…にぃ、やったよ?」
「あわわ…はうっ」
「あ…にぃ、このひとやってだいじょうぶだった?」
「あぁ…うん…よくやったな…」
「…えへへ」
次々と股間に叩き込まれる一撃。
ブルのそれは縮み上がっている。
ブルはウルを撫でながら、溢れる冷や汗を止められない。
どうして…?
なんで俺もルサルナも気づかなかった?
戻ったらなんて言い訳をすれば…?
昨日ルサルナと決めたことが頭に浮かぶ。
せめて考えてからぶっ飛ばすようにしようと。
だが、今のこの状況はなんだ?
目の前には疑わしきは全て処す魔法兵器のような可愛らしい少女。
花が開くような無邪気な笑顔。
どうしてこうなった…?
ブルは考えるのを止めた。
∇
夜、外は何やらお祭りのように賑わっている。
先程まで揉みくちゃにされていた三人は、ウルがおねむになったために宿屋へ戻っていた。
ウルがぐっすり眠るのを仏のような笑顔で見守っていた二人は、完全に寝入ったのを確認すると椅子に座り、頭を抱えた。
「…して……どうして…?」
「何がいけなかったというの…?」
全てである。
高機動に高い感知能力、さらには圧倒的殲滅力まで備えた悪夢のような組み合わせは、町の隅々まで回り全てを掃除した。
飛び回り悪者を叩きのめすそれらを見ていた住人はお祭り騒ぎを引き起こした。
ブルに褒められ、しかも住人まで喜んでいるのを見たウルは、さらに気合が入った。
ブルもウルが嬉々としているのを止められず、住人まで喜び騒ぎ始めたので足を止めることが出来なかった。
ルサルナは騒ぎに気付き、何が起きているか理解してしまった。
そして悟りを開いたかのような穏やかな気持ちで全てを見送った。
そして、今に至る。
全て後の祭りである。お祭りは続いているが。
お祭りの騒ぎを耳にしながら頭を抱える二人は、まるで呪詛のように何故、どうして、と呟いていた。
何故もどうしてもない。もはや運命である。
ふと二人は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべる。
これが“諦め”というものである。
最終的に二人は穏やかな表情で眠りについた。
まるで孫に囲まれて大往生するかのような安らかな眠りだった。