…暑い、それからちょっと苦しい。
目が覚めて見えたものは宿屋の天井…と、少女の頭。
こいつすり寄るだけじゃなくて乗り込んできやがった。
しかもよだれ垂らしてやがる。ため息。
「お嬢、起きろ。起きてだらしねぇ顔洗え。」
「…んや」
ぎゅぅっと服が握りこまれる。まだ寝足りないらしい。
ため息を吐いて起き上がる。
少女はしがみついてくる。
…仕方なし。
大きなナマモノを抱いたまま、部屋を出る。
「おはようさん。…あんたら親子だったっけ?」
「…とりあえず水くれ。目ぇ覚まさせる。」
女将は朝から元気いっぱいのようだ。
対して男はため息が止まらない。
水を貰って部屋に戻る。絞った布切れを少女に渡そうとする。
「こいつ寝てやがる…!」
少女は抱かれたまま眠っていた。安らかな寝息が聞こえる。
今までどうやって生きてきたんだ。
男はそう思いつつ、呆れたまま少女の顔に布を押し付ける。
「おら、さっさと起きろっての。」
「ん、や、あぅ…」
わしゃわしゃと顔を拭き上げ、よだれも拭き取る。
なんとなく不機嫌そうな少女の視線を流しつつ自分も顔を拭く。
「うし、飯だ、飯食うぞ。」
じとっとした視線を感じつつ、部屋を出る。
女将に食事を頼み、自分で食べようとしない少女に餌付けしつつ今後について考える。
…考える、が。
どうにも少女をそこらに置いていくつもりになれない。
この警戒心やら危機感が全くなさそうな少女を。
“今までなんとかなったし、なんかちょっと楽しいし、まぁいいか”
男は考えるのは苦手であった。そこで今を楽しもうと思った。
とりあえず少女をからかおうと、口元に差し出したパンを引く。
少女は素晴らしい反応でパンに食いついた。
「お、いい反応じゃねぇあいたたた!」
「むー!」
少女はパンをしっかり飲み込むと間髪入れずに男の手に噛み付く。
昨日よりちょっと強い!
平謝りする男。既に尻に敷かれている。
女は強い。年齢に関係なく。男は一つ賢くなった。
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「さて、と。嬢ちゃん、ちょっと出かけんぞ。」
ワチャワチャしながら食事を済ませ、男は言った。
胸元にナマモノを抱っこしたまま外に出る。いい天気だ。
「どこ、行くの?」
小さいが、確かに少女の声。男は感激した。
「嬢ちゃん、お前話できるんだなぁ…!俺は嬉しい…!」
「む、あぅ」
感激のあまり頭を撫で回していると、ぺしっと手を叩かれる。
「おお、悪いな。感動のあまりに…今から行くのは金物屋と依頼屋のとこだよ。」
「かなものや?いらいや?」
「あー、金物屋は武器やら防具やら色々置いてるとこだよ。依頼屋は、あー、困ってる人達を助けるとこだな、うん。」
ぽやんとしている少女。男は困る。
「まぁ、見てたら分かる…多分。」
暫く歩いて。
「ここが金物屋だ。」
言いつつ男は中に入る。
そこそこ広い中には様々な物が置かれている。
少女の目は心なしか輝いている。
「お、良いのあんじゃねぇか。」
男の言葉に反応して少女が男の顔を見る。
視線を辿る。
顔を見る。
男がそれを手に取ったとき、少女の心なし輝いた目は曇った。
「ちょっと軽い…もうちょい重いほうが…でもなぁ…」
男は‘それ’を手に取りブツブツ言っている。
少女は流石に違うだろうと、‘それ’の横に置いてある剣だろうと思っていた。だって、そっちのがカッコいいから。
男が手にとった‘それ’は、強いて言うなら棒であった。
持ち手は握り易い太さに加工され、長さは男の半分以上あり、持ち手以外は太くなっていて、棘のような出っ張りがいくつもついている。
少女は一度目を擦り、もう一度男の持っているものを見る。
金属製の棒、だった。
「かっこわるい…」
少女はつい口に出してしまった。
でも隣の剣の方が間違いなくカッコいいもん。
ふと、男が静かになっていることに気付く。男の顔を見る。
…なんと言っていいか分からない顔をしている。
「こ、ここ!これだってなぁ!す、すごいんだからな!剣とか槍とかなんかより良いもんなんだよぉ!」
男は動揺している。子供だからこそ、その言葉は真っ直ぐなもの。
今までも色々と言われてきたが、一番心を抉る一言だった。
「でもかっこわるい。こっちのがいい。」
少女の指差す方は、剣。男、言葉なく撃沈。暫くは帰ってこないだろう。南無。
棍棒は優しく棚に戻されている。少女はさらっと男の手から降り、男をつついている。
「んっはっはっは!お嬢ちゃん、そんぐらいで勘弁してやりな!」
店の奥より髭面の男が大笑いしながら歩いてくる。
「ん?もしかしてあんた、“猪”か?」
「いのしし?」
「ん?あぁお嬢ちゃん。この男の渾名だよ、多分だが…ところでお嬢ちゃん、こいつの子供か?」
「ちがうよ?」
そうなのかと、髭面。男が再起動する。
「これを買いたい。いくらだ?」
男は少女の言葉を忘れることにした。あまりにも辛いので。
少女は男たちのやり取りを尻目に他の品物を見ることにした。
…かっこいいのがたくさん!
なお金棒等は除く。
うきうきしている男をじとっと見つめながら少女は歩く。
その手はしっかりと男の手を握っている。男はじとっとした目線には気付いていない。
少女は思う。
“やっぱりかっこわるい”
金棒は少女のお気に召していないようだった。