「あはは!上手く避けるんだね!」
「おぉ…なんつぅ動きだよ」
「お、おちそう…」
まるで獣のような動きから繰り出される猛攻。
ずり下がるウルをなんとか前に抱え直し、一息つく。
「はぁ…その子邪魔じゃない?どっかやりなよ。そっちの方が楽しめるでしょ?」
「はなれる?」
「いや、そのままで大丈夫だろ…酔ったりしないか?」
「へいき」
のほほんとウルを抱えたまま話す二人に少女は苛立つ。
「その余裕、どこまで保てるか楽しみね」
「お前じゃ力不足だな」
「あはっ!うざったいおじさんだわ!」
「まほう…!」
ウルは魔力が渦巻くのがはっきりと見えた。
少女が地面を強く踏みしめ、飛び出す。
這うような姿勢からの払い斬りをブルは足を上げ回避する。
そのまま刺突を狙う少女への踏みつけるような蹴り。
当たるかと思われた蹴りをぬるりと躱す少女、距離をとり針の投擲。
ブルは余裕をもって躱し、その間にメイスに持ち替えた少女が頭上より一撃。
ばちっ!と鋭い音とともにメイスを素手で受け止めるブル。
ブルはそのまま少女ごとメイスを振り回す。
堪らず少女は手を離し、受け身を取って地面に転がる。
ブルがメイスを放り投げる音が響く。
「…おじさん舐めてるよね」
「そっちこそだろ?なんで魔法使わねぇんだ?」
ウルの呟きは聞こえていた。
ならば間違いなくこの少女は魔法が使えるはず。
「子供ごと死にたいの?」
「ははっ、お遊び程度の実力で何言ってんだ?」
苛立つ様子を見てブルは続ける。
「ほら嬢ちゃん、おままごとに付き合ってやるよ」
「舐めやがって…!」
少女の頭上に火球が浮かび上がる。
ブルが金棒を抜く。構えず、だらりと下ろしたまま。
火球が放たれ、ブルの直前まで迫る。
少女が短剣を振り抜く。
一閃、下ろされた金棒が振り上げられ、たったそれだけで火球は掻き消される。
「にぃ!」
ウルの声に反応したブルが身を翻す。
庇うように動いたブルから血が流れる。
「おままごとって舐めて…?直撃してた、よね?」
「見えねぇのか?服が切れてるだろ?」
「ぁ、にぃ…だいじょうぶ…?」
ウルは見えていないが明らかに直撃したブルを心配する。
「薄皮一枚程度だ、唾つけりゃ治るよ」
「普通の人は大怪我なんですケド」
実際、既に血は流れていない。
少女は困惑した表情でブルを見ている。
気を取り直した少女がしゃがみこみ、手を地面につける。
「さっきのじゃ駄目ならこれでどう!?」
ブルの足元が盛り上がる。
ほんの数瞬待てば土棘が生えたであろうそれは、一歩分下がって振り下ろされた金棒に叩き潰される。
地面が揺れ、土埃が舞い上がる。
土埃が晴れたとき、そこには大きな穴だけ空いていた。
「はぁ!?なんて馬鹿力なの!?」
「お遊び、続けるか?」
少女が呟いたと同時、頭に手を置かれる。
動けず、言葉を発せない少女をそのまま撫でる。
「まぁ、並の冒険者よりずっと強い。魔法だってお前さんくらいにしちゃ上出来だ…ウルには及ばんがな」
「……」
「とりあえず行っていいか?案内料まで払ってんだ」
「…勘違い、してた…ごめん」
「大したことじゃない」
「にぃいこうよ」
少女を撫でるブルにやや膨れたウルが言う。
姫様の機嫌を取るため撫でつつ、そのまま脇を通り歩き始めるブルを少女はじっと見て、後ろを追い始めた。
ブルは恐る恐る顔を出した少年少女を捕まえ、無事に大通りまで辿り着いた。
が、問題がまた一つ。
「宿の場所、どこだ…?」
「おなかとせなかがくっつきそう…」
宿の場所が分からないのだ。
ウルのお腹も遠吠えをしている。
「宿屋なら、私が教えてあげる」
後ろをついてきた少女の声。
ばっと振り向いたブルは少女の手を握り、そっとお金を渡す。
危ない絵面。
「頼む…出来れば早めで」
「ん、貰うもん貰ってるしちゃんと案内するよ」
「むぅ…」
「ウル、ウル?ちょっと苦しいんだが…」
ブルはウルを抱え、少女に手を引かれ、服の裾を少年少女に掴まれた何とも目を引く状態になって歩き出した。
なんだかブルが少女に甘いと感じてウルは面白くない。
暫くブルはグイグイと締めつけてくるウルに困惑することになる。
「誰よ、その子」
「いや、案内を頼んでだな…」
「腕を絡める必要ある?」
「それは…」
少女たちの案内もあり、ようやく宿屋へついたブルとウル。
辿り着いたブルを待っていたのは仁王立ちする修羅だった。
可視化するほどの濃密な魔力が眼から溢れている。
ブルは自然と膝を折っていた。
いつの間にかウルはルサルナの横でふんぞり返っている。
可愛らしい姿だが、横の修羅の存在感が圧倒的過ぎて目立っていない。
少しだけ時は戻り、ブル一行が案内され始めた頃。
ルサルナは宿屋の一室でそわそわとしていた。
一休みして、一息ついて、まだ二人は来ない。
やっぱり探すべきか…いや、すれ違いになったら…いやでも…
そんな事を考え、部屋をうろうろ歩き回り、結局宿屋の前で行ったり来たりとしていた。
そして入り口の前に立ち止まり、やっぱり探そうと気合を入れたルサルナは見た。
ん、んん?
私が知らない小娘と手を繋いでいる…楽しそうに話しながら。
……は?
得体のしれない圧に周囲の人がぎょっとする。
俯き加減に立つルサルナの周囲が心なしか歪んで見える。
思わず足を止め、遠巻きに眺める人達を割るように近づくブル一行。
手を繋ぐ少女は面白そうに笑みを浮かべ、ブルの腕に抱きつく。
これ見よがしに、ルサルナを見つめながら。
ブルはルサルナに気付かず、また少女のやることに抵抗しない。
ウルは面白くなさそうにブルを叩いている。
ルサルナの圧…溢れ出した魔力が一層強くなる。
体内の荒れ狂う魔力が可視化するほど濃密になり、それが眼に現れる。
ブル達がルサルナの前まで来る。
「誰よ、その子」
時は今に戻る。
「どうしたのぉ?おばさんお兄さんと知り合い?」
にやにやとしながら腕に抱きついたままの少女。
ブルに合わせて隣に座り込んでいる。
こっ…こっ…とルサルナの足音だけ響く。
周囲の人も物音を発せない。
音を立てたが最後になる気がしたのだ。
すわ修羅場かなどと面白半分に立ち止まった人も石像のように微動だにしない。
君子危うきに近寄らず
明らかな危険に足を止めてしまった時点で駄目なのだ。
ルサルナが近づく一歩ごとに場の緊張感が増していく。
「口に気をつけなさい小娘。私はこの馬鹿の妻よ。」
「……」
正確には違うがあまりの圧に訂正できないブル。
益々笑みを深める少女。
「えー?そうなんだぁ、ごめんねぇ?私が魅力的だったみたいだから」
ルサルナの目がブルに向く。
あまりの眼圧に魔力が光線として放たれそう。
これこそ、目で殺すと言わんばかり。
ブルは必死に首を振る。
悪いことはしていないはず…どうして?
首を振りつつ、ウルに助けを求める。
ぷいっとそっぽを向かれ、救いがないことを悟る。
「まぁお兄さんも若いほうが良いもんねぇ?もっと瑞々しい身体を味わいたいもんねぇ?」
「……ブル?」
誰か助けてくれと、溢れる冷や汗の数だけ願うブル。
数え切れないほどの願いは届く。ガタガタと震える少年少女に。
「あ、あぁ…ぁの、すいません…」
「ぃ、いい、いいですか…?」
ブルの背に隠れた少年少女が僅かに顔を出す。
ルサルナの眼圧に涙が零れそう。
これ幸いとブルも声をあげる。
「ルサルナ、あの」
「あなたは黙ってなさい」
「はぃ…」
情けない男は口をしっかりと閉じた。
容赦なさと哀れさに涙が零れる少年少女だが、勇気を振り絞る。
そして始まる物語。
要はカモだと思ったら捕まえられて案内に雇われただけ。
あまりの内容の薄さにルサルナも沈黙する。
腕に抱きつく少女はつまらなさそうな顔。
「つまりは…この馬鹿が悪いのね…」
「からかったのは悪いと思うけど、そうだよねー」
お前が余計なことをしたからだ!
などとブルは言えない。面倒なことになりそうだから。
救いなどあらず。こういう場合男が悪くなる。
ブルは学んだ。そして尻に敷かれていることを自覚した。
どれだけ腕っぷしがあろうとも、強さには種類がある。
女の強さは時に全てを凌駕する。
勘違いされる方が悪いのだ、今後は気をつけよう。
萎れたブルはなんだかご機嫌なウルを抱っこしながら思った。