天気はやや曇り。雨に注意するべきだろう。
そんな天気よりもどんよりとした顔の少女、クレア。
朝一番から重たい足取りで歩いている。
原因はこの二日間のことだ。
昨日、家に戻った際にものすごい勢いで弟妹に飛び付かれた。
涙と鼻水で見ていられない。
大半言葉になっていなかったが、どうやら腕試しの後、ブルにまとめて連れ帰られたことが色んな噂となっているらしい。
それは、幼子と少女と女性という年齢層の違う三人が、それぞれ泣き腫らした顔で眠ったまま男に連れて行かれたという話から派生した噂である。
その時の男の表情には何の感情も見えず、まるで人形が動いているようで不気味だったことも大きく関係する。
そして、そういった噂が一気に広がった原因として、前々日の修羅場が大きく影響していたらしい。
前々日、クレアはルサルナをからかった。
別にブルを異性として好きという訳ではなく、面白いものが見れそうという好奇心だった。
そしたら明らかに異常な圧力を掛けてきたために、クレアの戦闘意欲が刺激されてしまった。
それでさらに挑発すれば、ルサルナと戦えるのでは?と思ったのだ。
それら一連をブルを介して行ったために、傍から見れば少女との不貞が原因で起きた修羅場に見えてしまった。
この話はそこそこに広まっていたが、表立って話すものはあまりいなかった。
大体はルサルナに多大な恐怖を抱いていたので、その男女関係に首を突っ込むと命の危険に晒されると考えた為だ。
しかし前日、朝から刺すような雰囲気を垂れ流しにしながら歩く一行を多くの人が見ており、男を殺るのか、それとも女同士の凄絶な殺し合いかなどと話が広がった。
後は連れ帰ってきたブルを見た人達が好き放題に触れ回った。
曰く、全員泣き喚くまで暴力を振るい、調教した。
曰く、傷が見えないために、全員壊れるまで犯した。
曰く、全員を捨てたが、最後の情けで連れ帰った。
曰く、曰く…
こういった噂を弟妹は聞いた。
本当の姉のように慕っているクレアが渦中の為に、知っている者たちが不安を煽るように弟妹に伝えたらしい。
後でぶっ殺す。
そう思いながら泣いて喚いての弟妹を宥めすかし寝かしつけ、朝一からちゃんと説明して納得させた。
修羅場の一件は弟妹もいたために、その後の説明だけで済んだのはせめてもの救いだった。
そして、ブル達のいる宿屋に向かう途中、ボソボソと聞こえる会話。
あいつがやり捨てられたって…
俺は暴力で屈服されられたって…
いやいやまるごと面倒になった男に捨てられたって…
こいつら全員ぶっ殺してやろうかな。
そんなことを思うクレア。
しかし噂されるのも仕方ないかとは思う。
クレアは少し有名な存在だった。
クレアが容姿端麗であること。
年齢にそぐわない実力があること。
その上、気に食わないものに噛み付く凶暴さ。
主にこれらが有名な要因で、問題だった。
その容姿の為にクレアを狙う男は実は多い。
しかし無理に迫るものは叩き伏せられる。
そこにいきなり現れた男。
しかも美人な女と可愛らしい幼子を連れている。
しつこく狙っていた者は男を妬み、クレアの容姿や実力に嫉妬する者はこれ幸いと悪評を流す。
はぁ…とため息を吐くクレア。
どんよりとした雰囲気が、噂の信憑性を増していることに気づかない。
碌でもないことになりそう。
そんなことを考えながら宿屋へ続く道を歩いていった。
∇
「はっ!クレアよぉ…てめぇこんな情けなさそうな男に身体許したのか?俺の方がよっぽどてめぇを気持ちよくさせてやれるぜぇ?」
やっぱり碌でもない。
湧き上がる苛立ちを感じながら、クレアは思った。
少し時は遡る。
宿屋へ着いたクレアは食堂へ向かう。
弟妹へ説明していたことで昨日よりも着く時間が遅かった。
既に食堂にいると思っていた。
「あれ?ねぇおじさーん?お兄さん達まだ降りてきてないのー?」
「まだだよ。というかまた来たのか…これ以上要らんことしたら叩き出すからな」
「はぁーい、気をつけまーす」
「ちっ…たくよぉ」
既に迷惑客認定されている。是非も無し。
聞いているのかいないのか、間延びした返事をするクレア。
舌打ちはもう聞いていない。
とりあえず待つかと先に食べることにした。
そして食べ始めた頃、ようやく一行は起きてきた。
……?
お兄さんとお姉さんの様子が変…?
もしかして…やっちゃった!?
ひゃぁーと顔を赤らめ、にやにやするクレア。
ルサルナは気付き、少し赤かった顔を真っ赤に染めあげる。
ブルは何もなかったように振る舞っているが、動きが固い。
ウルは半分寝ながらブルにしがみついている。
後でほじくり返して聞いてやる。
クレアはそんなことを考えながら、やらしい顔でルサルナを見ていた。
食事を済ませた一行は宿屋の外に出る。
クレアがブルに鍛練をお願いしたのだ。
ブルとしては恥ずかしさを紛らわせるのに丁度良く、ルサルナも気持ちの整理をするために、ほんの少しだけ距離を開けたかった。
後はブルの格好良い姿を見たかったのもある。
そうして町の外へ向かっていたが、柄の悪そうなのがぞろぞろとついてくる。
クレアは見覚えがある奴が多いことにため息を吐いて、外に出るまで何もしないでほしいとブル達にお願いした。
何もしてこないなら、こちらも手を出さないと返事を貰い、頼むから出るまで我慢してくれとクレアは祈った。
祈りが届いたのか、町を出て少し経つまで両者とも何もしなかった。
町から十分離れたとみて、男達へ向き直るブル一行。
こうして現在に至る。
「はっ!クレアよぉ…てめぇこんな情けなさそうな男に身体許したのか?俺の方がよっぽどてめぇを気持ちよくさせてやれるぜぇ?」
「あはっ!どうせ粗チンでしょ?か弱い女の子に何回も叩きのめされる情けない男だもん。それ相応のものしかないくせによく自慢気に言えるね?あはは!」
ブルとルサルナ、ドン引きである。
ウルは煩いのか、不満そうにブルの胸に顔を埋めている。
なんと可愛らしい。
ブルは早々にウルを愛でることに切り替えた。
「おいおい、そんなヘニャヘニャな顔した男の何がいいんだ?今からでも一発やってやろうか?夢中になっちまうだろうがなぁ!」
「あんたあれだよねー、私をものにできないから妹達人質に取ろうとした奴よねぇ?人質取った上でボコボコにされてぴーぴー泣いてた奴!あはは!情けない面でさぁ、許してくださいぃ…なんて!しかも全裸で!!あはっあははは!駄目…!ふふっ思い出したら笑っちゃう…!」
ルサルナもウルに構い出した。
二人は座り込みウルの頬を突っついたりして遊んでいる。
ブルが突こうとして噛みつかれ悲鳴を上げている。
「この人数見て分かんねぇか!?てめぇは俺らのおもちゃになんだよ!!」
「んふふ…あー、はぁ…雁首揃えてご苦労さま。あんたは前にゴミ山に捨ててやったのに元気だねぇ。もしかしてぇ…三歩歩いたら忘れちゃうんですかぁ?あはっ!トサカみたいな髪型してるしそうだよねぇ!可哀想な人…くふっ」
なんとか噛みつきから抜け出したブルと、耐えきれずにくすくす笑っていたルサルナの目が合う。
とぅんく…とかいう音が聞こえそう。
お互い見つめたままに顔を赤くしている。
すぐ前との温度差がありすぎる。
ウルは反撃に満足して夢の中に帰っていった。
「すぐ後ろでいちゃついてんじゃねーぞ!」
「ブッ殺すぞコラァ!」
「後ろで何してんのよ!」
堪らず男達とクレアも突っ込む。
ブルとルサルナははっとして目を逸らすも、邪魔されたことには苛立った。
「ルサルナ、ちょっと待ってろ…片付けてくる」
「もう…私だって苛立ってるのに…」
「悪いな、ウルを頼む」
「はいはい」
眠るウルをそっと手渡し、さらっとルサルナの頭を撫でるブル。
まだいちゃつくのかよ…
この時、クレアと男達の気持ちは一つだった。
ウルを抱いたルサルナがゆっくり離れていく。
苛立ちが頂点に達した男達はそれぞれの武器を抜き放つ。
ブルも金棒を引き抜き、そのままだらりと下げる。
男達が飛びかかる。
ブルはのらりくらりといなしている。
入れ代わり立ち代わり男達が襲いかかる。
そんな中、男達に隠れ吹き矢を構える小柄な男。
毒が仕込まれ、人なら受ければたちまち痺れて動けなくなる特製だ。
上手い具合に隠れてブル達には何も見えていない。
人の隙間を縫うように小さな針が飛ぶ。
小柄な男はブルの死角から見事な精度で狙い撃った。
確実にやった。
そう思う小柄な男の前で、囲んでいた男達が軒並み吹き飛んだ。
理解の追いつかない男だったが、針は刺さったはずだ。
そう思った男は、針を指で挟み止めたブルと目があった。
ブルが男に一歩踏み出す。
「俺はよぉ…」
どっどっど、と痛いほどに心臓が鳴る。
「ウルに汚ぇもん見せたくねぇし、あいつが止めるから殺さねぇだけなんだ」
金棒が持ち上がる。
「ウルは寝てるし、その上あいつももうかなり離れた」
震える手でニ本目の吹き矢を構える。
「じゃあ…面倒だし皆殺しでいいよな?」
ごっと振り下ろされる金棒。
横っ飛びでなんとか避ける男。
吹き矢を撃とうとして、既にブルが金棒を構えているのに気付く。
猛烈な風が吹く。
男は避けきった。
距離を取ろうとしたとき既に吹き矢を持つ手を掴まれていた。
「二発も避けられたのは久しぶりだよ」
手を握力だけで千切られたと同時、金棒を手放した手に頭を掴まれる。
「地獄で自慢してこい」
男がその言葉を耳にした瞬間には、ブルは頭を握り潰した。
男達は動けなかった。
ブルが地面を踏みつけた衝撃で吹っ飛ばされ、受け身を取っている間に、別世界に来たかのように空気が変わっていた。
目の前で一瞬の内に行われた攻防。
頭を握り潰された小柄な男は、町でかなりの実力者だった。
高い金を払って雇った助っ人だった。
「ひ…ひぃやあぁあぁ!!」
一人、穴という穴から垂れ流しながら逃げる。
ぼっ、という聞き慣れない音が聞こえた時には、逃げ出した男は弾け飛んでいた。
何をしたか分からない。
分からないが、逃げられないことは分かった。
恐怖のあまりケタケタと笑い始める者、同じように垂れ流しながら逃げる者、悲鳴を上げながらブルに向かって走る者。
それぞれが動き出したが、攻撃をした時点で手遅れなのだ。
クレアは憧憬を抱いてその光景を見つめる。
暴力の化身、力を極めた先にある存在。
文字通りの血の雨が降る中、クレアは熱のこもる目でそれを追っていた。