ねぇ、あの人達って…
弱みでも握られてるのかしら…
あれが噂の…
暴力で無理矢理って話が…
浮気して暴力なんて…
子供が可愛そうよね…
ひそひそ、ボソボソと囁く声が聞こえてくる。
なんだか既視感を感じる。
最近も同じようなことがあった。
その時はまだ畏怖とか、称賛のようなものがあった。
ついでに相手の自業自得だと言うのも。
今回は哀れみだとか侮蔑とか、恐怖だった。
「やっぱり腹が立つわね…」
「私もー。…暴れたい」
「放っとけ」
ルサルナやクレアは不満そうにしている。
一度否定したのだ。
否定したらしたで余計に暴力説が強くなった。
暴力で脅して無理矢理否定させてるのだと。
二人はちょっと暴れてやろうかなとか思ったが、ブルが気にしてないようだったので止めていた。
それにウルのこともある。
ウルだが、そこそこ気にしていた。
大好きな人が悪意に晒されているのだ。
そうなるのも仕方ないと割り切れるほど、精神も大人ではない。
知ったような顔でウルのことを可哀想だとか言うのも腹が立った。
初めてその声を聞いたとき、ウルは思わず声を上げた。
勿論聞いたものは信じない。
そうやって教え込んでいると考えた。
そうしてカッとなって魔法を使いかけて三人に止められた。
なんで止めるのか、なんで我慢しなくちゃならないのか。
何も分からず涙を零してウルは言った。
こんな町なんて嫌いだと。
その言葉に、ブルとルサルナは早めに出発することを決めた。
それに焦ったのがクレアだった。
僅か数日ではあるが、濃密な時間を過ごした。
喧嘩を売ってボコボコにされ、仲直りして凄まじい実力を見た。
それに憧れて腕試しを申し出てボコボコにされ、仲良くなったルサルナに魔法の練習として、またボコボコにされた。
なんか凹まされてばっかりな気もするが、それでもまだ出ていってほしくなかった。
ついて行くのか、でも妹や弟のように想う子達を置いて行きたくない。
クレアは悩む気持ちをブルやルサルナに向けて、またボコボコにされていた。
∇
「そろそろ出るか…」
「そうねぇ」
「しゅっぱつ?」
「っ!」
数日経って、いよいよ出発の話になった。
クレアも引き止めるのは限界かと思っていた。
「まぁ金も問題ねぇし、保存食くらいか?」
「んー…保存食も十分かと思うけどね」
「ぁ…」
ブルとルサルナが話し合っている。
ウルは早く出発したいのだろう、そわそわとしている。
まだ一緒にいたい、一緒に行きたい…
クレアはそう思うが、どうしても弟妹の顔がちらつく。
ブルとルサルナはクレアの様子に気付いている。
気付いているが、長居するのはウルの負担が大きい。
ルサルナ自身も少し疲れ始めていた。
「…明日は最後に見て回ろうか」
「…そうね」
「あしたいかないの?」
「そうだな…嫌な思い出にはしたくないからな」
「ん…わかった…」
「……」
ウルを撫でながらブルは思う。
状況が違えばクレアやその弟妹は、ウルの良い友達になっただろう。
偶然、間が悪かっただけだ。
もしかしたらウルが別れを惜しんで、長くこの町で暮らしていた、なんてこともあったかもしれない。
今更な話だが。
その翌日、宿屋にはブル達三人とクレア、その弟妹━━弟はコン、妹はソラ━━がいた。
最初に会ったときから、時たまコンとソラも一緒に過ごしていた。
あまり悪目立ちさせないように少しだけになってしまったが。
ウルに一番歳が近く、陰口から気を紛らわせるのにも良いだろうとクレアが連れてきていた。
しかし、その表情は明るくない。
二人はクレアが悩んでいることが分かっている。
それの原因が自分達なのだろうと。
二人もクレアと離れたくない。
だが、自分達の我儘でクレアを縛るのも嫌だと思うのだ。
「ね、ウルちゃん。これとかいいんじゃない?」
「ぼ、ぼうとくてき…」
「いつの間にそんな言葉を…」
「姉さん…」
「酷いね…」
思い出だと言ってクレアは様々なところへ案内している。
今は大通りから外れた位置にある雑貨屋で品物を見ている。
なんとも名伏し難い木彫りの何かをウルに見せている。
ウルは何かを削られるような感覚に陥っている。
コンとソラも姉の美的感覚を疑っている。
二人とも最初は少し暗い顔だったが随分マシになっている。
ウルは何か危ない気もするが。
「えー?じゃあこれは?」
「きのこ?」
「クレア!?だだ、駄目よそれは!?」
少し反り返ったアレのような物をウルに突きだすクレア。
しげしげと見つめるウル。それ以上はいけない。
微笑ましく見ていたルサルナが慌てて取り上げる。
「過保護すぎだってー」
「まだ早いわよ!」
「あれれ?ルナ姉にも早かったかな?」
「こ、この…!ひゃあ!」
「あははは!」
怒りかけたルサルナに突き出されるニ本目。
一本目よりも凶悪。
堪らず悲鳴を上げるルサルナ。
ケラケラと笑うクレア。
きゃいきゃいと混ざりに行くコンとソラ。
それを見るブルにも笑みが浮かんでいた。
日が沈み、辺りは既に真っ暗となっていた。
食事を終えたブル達は一服していた。
「飯も食ったし、そろそろ帰るか」
ブルの一言に、クレアの顔が少し歪む。
「そうだね…じゃあ私達も帰ろうか!」
「姉さん…そうだね」
「…うん」
「またねー!」
コンとソラはそれぞれ気遣わしそうにクレアを見る。
少しだけぎこちない笑顔を作るクレアは勢いよく立ち上がり、二人を引き連れ、薄闇へ紛れていった。
ブルとルサルナはやはり気になるものの、特に何も言わない。
三人は手を振って見送り、宿へ戻って行った。
そして、翌朝。
ブル達は町の入口まで来ていた。
既に挨拶は交わした。
後は出ていくだけ。
歩き出すブルとルサルナ。
腕の中のウルが不思議そうにする。
「くぅねえ?くぅねえはこないの?」
「…あぁ」
肩越しに後ろを見たウルはクレアと目が合う。
クレアは笑って見送ることが出来なかった。
「まって…にぃまって!くぅねえもいっしょがいい!いっしょじゃなきゃやだぁ!」
大きな声に思わず足が止まる。
ここまで懐いてたのか、そんな驚きもあった。
「なぁウル、聞いてくれ」
「やぁ!やだ!くぅねえはいやなの!?」
「ウル…」
ブルはルサルナを見る。
ルサルナは首を振り、ブルも頷く。
出会いがあれば別れがある。
少し嫌われようがウルのいい経験になるだろう。
「くぅね「煩い!」…ぇ?」
泣きながら呼ぶウルを遮る叫び声。
「わた、私は…私だって……」
クレアはもう我慢できなかった。
そのまま行ってくれれば泣き顔なんて見せなかったのに。
「私はこのま「「この馬鹿姉!!」」い゛っ゛、たぁ!!」
絞り出すように声をあげようとしたクレアは、強烈な二つの張り手によって悲鳴を上げ、倒れ込んだ。
「姉さん!うじうじうじうじ鬱陶しいですよ!」
「一昨日からジメジメしっぱなしなんだよ!カビ生えちゃうよ!」
「え…え?」
コンとソラから放たれる言葉に理解が追いつかないクレア。
続けられる言葉。
「私達だって姉さんがいなくとも生きていけるんだから!」
「僕達は姉さんの重りになるなんて真っ平ごめんだよ!」
「ぅ……」
はらはらと零れる涙を拭こうともせず、コンとソラは言う、
「私達は…いつまでも守られるだけじゃないんだよ…?」
「僕達だって、姉さんに会う前は二人で生きてきたんだ」
“だから、姉さんの好きにしてほしい”
「う…ぁ……」
「くぅねえ!」
ブルの腕から飛び降りたウルがクレアに飛び付く。
ぎゅっと抱き合い涙を流す。
「なんか…良い感じに纏まったのか…?」
「馬鹿!静かにしてなさい」
やや温度差はあるものの、良い感じにはなっている。
「くぅねえ…」
「っく…なに?ウルちゃん」
抱き合った話す二人。
「くぅねえのおむね、かたいね…」
ばっちりと全員聞こえてしまった。
「ち、ちょっとはあるわよ!!」
思わず今日一番の大声を出したクレア。
涙も引っ込むほどに酷い言葉だった。