都市リロイの迷路のような道の奥深く。
そこにはあらゆる情報が入るのだと言われる。
しかしその噂は間違いである。
並ぶ民家、そこらの店、果ては変哲もない道端。
至るところに耳があり、目があり…口があるのだ。
辿り着くのは容易ではない。
都市の住人でさえがほとんど知らない。
知りたければ金を積めばいい。
金を積んで、積んで、積み続けた先に見つけることが出来るだろう。
ここは奇しくもブル達が利用した宿屋、その地下。
宿屋の店主を含めた数人が机を囲み座っていた。
「俺ぁまだ疑ってんだ…本当に“猪”だって言うのか?顔つきも、性格もまるっきり違うじゃねぇか」
「それはそうね。でも、あいつらを追って町を出た奴らが誰も戻って来ない。“鼠”の弟子もいたのよ?」
疑う男、淡々とした女性。
“鼠”とは名が広がっているが、名前も顔も知られていない。
暗殺や諜報を生業とする者の頂点である。
「“鼠”の弟子ったってピンキリだろう?どれが本物な弟子かも分からんのに」
「それもそうだが“猪”だけじゃない。連れの女子供も相当ヤバい。スメイルでの話、ありゃマジだ。確かな筋だよ」
「大暴れしたのがあの子供?女じゃないんだ?」
「んんっ!」
話し合う男女達は、店主の咳払いにはっとして静かになる。
「ここに集まってもらったのは、あれが“猪”だとして、大都市に“寅”の野郎が滞在していることに対する危険だ。“寅”は“猪”への敵意が高すぎる。
あの都市は闘技場があるが、もし違う場所で鉢合わせてみろ……前回は都市から離れた森が半分無くなるだけで済んだ。
しかし、今回は大都市…大都市でやられた日には俺達も被害を受ける。それをどうにかするための話だろう?」
店主は語る。
自ら見た訳では無いが、以前“寅”が“猪”に突っかかり起きた戦闘は、もはや災害と言って良い被害が撒き散らされた。
広大な森林の半分が無惨な程に荒れ果て、住むところを追われた動物やそれを食う魔獣が各所で被害を齎した。
それがもし、大都市内で起これば…被害を考えるのが恐ろしい。
闘技場内でも正直怪しいものだ。
この都市が大都市から受ける恩恵はあまりにも大きい。
理想は衝突させないことだが、都市の外でやるなら構わない。
店主…“鼠”は、ブルが“猪”と呼ばれた男であるのは確信している。
その変わりように驚いたが、それで騙されるほど間抜けじゃない。
いっそ暗殺をと考えたが、どうしても殺せる気がしない。
女子供であれば人質にも取れるし、殺すことも出来る。
ただ…女子供に手を出すことは、考えるだけで震えるほどの怖気が走る。
昔から嫌な予感は良く当たる。
恐らく女子供に手を出せば自分だけでなく、都市ごと潰されるだろう。
そんな予感がした。
最悪の事態だけは避ける。
そう考え、店主は会議を進めていった。
∇
都市リロイでの別れ際、ウルの一言で皆の涙が引っ込んだが、笑顔で見送られ、笑顔で出発できたのは良いことだろう。
それから暫く。
急ぐものでもない旅である。
ブル一行はのんびりと歩いていた。
「ね、ウルちゃん…抱っこしてあげよっか?」
「くぅねえかたいからいや」
「お、お兄さんも硬いじゃない!」
クレアは自分で言った事に少し傷付いている。
「にぃはとくべつ。さいこうきゅー」
「私は!?」
「……やすもの?」
「ルナ姉ぇぇ!!」
ウルにやられたクレアが、ルサルナに飛び付いている。
ブルに抱っこされているウルは勝利にご満悦。
なんとも賑やかになったもんだ。
ご機嫌に擦りついてくるウルを撫でながら、ブルは思う。
「うふふっ、よしよし泣かないの」
「お、大きい…柔らかい…」
わなわなと震えるクレアを撫でるルサルナ。
ルサルナからは見えていないが、クレアは泣いていない。
つい勢いで飛び込んだところ、とても心地よい弾力に迎えられ呆然としているだけだった。
撫でるついでにぎゅっと抱きしめるルサルナ。
小枝を折るような軽い音がクレアから聞こえた気がする。
「お、お兄さん…」
ルサルナの胸に心を折られたクレアから助けを求める声。
ブルはそっと顔を逸してあげた。
一行の次の目的地は都市ナシク。
大都市ナシクとも呼ばれ、特に屈強な兵士が多いらしい。
また腕試しをする場として闘技場があり、日々戦士達が血と汗と涙を流している。
なかなかな賭けになるらしく、都市に着いたらそこで稼ぐのも有りかと、ブルは考えている。
だが一行は知らない。
闘技場には“寅”と呼ばれる恐ろしいほどの実力者がいること。
そしてブルにものすごい対抗心を燃やしていることを。
リロイの情報屋からナシクの情報屋へブル達の情報が売られていること。
裏ではどのように“猪”と“寅”を回避させるか、ぶつけさせるかで悲鳴が上がっていること。
ブル達も“寅”も、まだ誰も知らない。