るんるんと機嫌良くブルがウル達の元へ向かっている頃、ウル達は決闘が終わったことに安堵し、ぐったりと背もたれに身を任せていた。
「お兄さんってほんとに人なの…?」
「ちょっと断言出来ないわね」
クレアが疑うのも無理はない。
眼下に広がる光景は、普通なら目を背けるほど悲惨な光景だった。
大半が瓦礫の山となった闘技場。
混乱し逃げ惑う人や、なんとか近くの人を助けようとする人。
言葉を失う光景とはこういうものだろう。
「…あ!ウル?大丈夫?気分悪くなったりしてない?」
我に返ったルサルナがウルを気遣う。
ウルはじっと下に広がる光景を見ていた。
ルサルナはウルの前で人を殺すのを避けていた。
勿論ブルにも言っている。
今回はどうしようもなさそうだったが。
それは、ウルに平気で人を殺すような事をしてほしくないというのがある。
それ以外にも心に傷が残るのではないか、ということもある。
魔獣を何度も殺しているが、それは置いておいて。
自分と同じような姿で、同じ言葉を話す生き物を殺すというのは大変なことである。
「え?うん、へいきだよ?」
ウルはルサルナに平然と返す。
よく知らない人がたくさん死のうが、正直どうでも良い。
自分にとって大切でなければ良いのだ。
「あははっ、ルナ姉ったら心配しすぎ!」
「うるさいわね!見せないようにしてたんだから心配するでしょ!」
笑うクレア。
暴力が物を言うの世界で生きてきたクレアには、それは可笑しいものだった。
暴力の化身のようなブルにべったりなウルが、眼下の光景に心を痛めることがあるのだろうか?
いやないでしょ。
そうクレアは思った。
「にぃはあってすぐにいっぱいころしてたよ?」
ウルの脳裏にはルサルナと出会う前、ハスタと依頼に行ったときのことが浮かぶ。
あの時目を瞑るように言われたが、実は薄目で見ていた。
ブルが人を振り回して何人も殺すのをしっかりと見ていたため、今見ている光景も特に何も思わない。
そもそもブルに会う前にも、そこらで野垂れ死ぬ人を見ているのだ。
気にかけてくれるのが嬉しいので何も言わなかったが、別に目の前で人が死んでも気にしない。
ウルは立派?に育っていた。
「あの馬鹿…」
「あははは!お兄さんやってるねー!」
腹を抱えて笑うクレア。抱腹絶倒。
遠い目でどこかを見るルサルナ。茫然自失。
ブルが戻ってきたら叱らなきゃ。
そうルサルナは考えた。
そんな話をしてからまもなく、ブルが部屋に現れた。
見た目はそこそこ酷いもので、乾きかけの血液がそこら中についている。
これは既に自然と止血されているとも言える。化け物。
自慢の金棒もボロボロだった。
至るところに凹みがあり、凄まじい力で打ち合ったことが伺える。化け物。
「ウル!見てたか俺の勇姿!」
ブルはそれはそれは嬉しそうに言う。
対するウルはぷいっと顔を背ける。
少し口角が上がっているのはご愛嬌。
そしてルサルナは無表情。
横にいるクレアは口を手で隠しながらにやにやしている。
「ウ、ウル?どうした?」
「ウルちゃん怖かったねぇ?窓も割れて危なかったもんねー?」
ブルはそんな反応に戸惑っている。
クレアはそんな様子を見て、わざとらしくウルに声をかける。
「わたしおこってるもん」
「あ、あれは…」
「にぃもあぶなかったし、そこのまどもわれたし…」
ウルは確かに怒ってもいる。
吹き飛ばされたブルを見て心配したし、ブルなら大丈夫だと言った途端に窓が割れて危なかった。
特に言って直ぐに窓が割れた事。
割れて直ぐは冷や汗をかいていたが、その直後にもの凄く恥ずかしくなったのだ。
正直今すぐ飛びつきたい。
でも辱めを受けた分ちょっと反省してほしかった。
八つ当たりの気もするが、そこは全肯定お兄さん。
ブルは直ぐ様その場に正座した。
ブルが謝罪と言い訳を始めて直ぐ、ウルはとても良いことを思いついた。
飛びつきたいという気持ちと、反省させたい気持ちをどちらも満たす方法だ。
するりとルサルナの膝から降りたウルは密かに準備をする。
皆は直ぐに飛びつくと思ったが、そうしないウルに疑問を覚える。
ルサルナだけは何かに気づいたように、僅かに顔を引き攣らせる。
数秒で準備を終えたウルは目の前のブルに飛び込んだ。
ブルは一瞬戸惑いを覚えたが、そんなことよりもと、飛び込んでくるウルを抱きしめる。
そのままウルを撫で回そうとした手に違和感。
なんかばちっとしたような…?
そうブルが思った瞬間、バチバチとウルが放電し、ブルは悲鳴を上げた。
暫く抱きつき満足したウルは、次はそのままルサルナとクレアに抱きついた。
まだ若干放電したままであったため、二人仲良く悲鳴を上げることは置いておく。
ぱちぱちと弾ける感触に苦戦しながら、ルサルナはウルの髪の毛を整えていた。
ウルの肩辺りまで伸びた髪は、放電の影響かそこら中に跳ね回っていたのだ。
なお、ルサルナとクレアも大変なことになっているが、それは後回し。
暫く頑張るものの、直ぐにふわふわと浮き上がる髪にルサルナも降参する。
クレアは椅子に沈み込むようにして動かない。
ブルは大の字に伸びている。
老人や使用人は遠巻きに見ている。
なんかもう処理が追いつかないのだ。
静電気まで全て落ち着いた頃、ようやく全員再起動した。
髪も整えられたウルはブルの膝の上に収まっている。
「お爺さん、今更だけどこんなことして大丈夫なの?」
ルサルナが口火を切る。
先程の決闘に巻き込まれ死んだ者は多い。
こんなことすれば問題しかないはず。
そんなことをルサルナは考えている。
既に遅いが自分達にも不利益になることも。
「ほほほ、お主らは気にせんでもよい。お主ら何か要求することもなし、儂らは儂らで動いとる」
とても楽しそうな老人にルサルナは閉口する。
確実に碌でもない。
変に首を突っ込む事ではないし、突っ込んだら厄介事になりそう。
何かしら突っついてくるなら相応にやり返そう。
そうすることにしようとルサルナは思った。
先程の暴れっぷりを見て手を出す者はいない。
いるとすれば情弱な者のために、間引くならば間引いてほしい。
そんなふうに思われているとはブル達は誰も知らない。
突き抜けた特技を持つ者は歓迎される。
たとえ一部の弱者を犠牲にしても。
現在のブルは比較的扱いやすい力である。
連れに手を出さず、便宜を図るだけである程度力になってくれる。
“寅”もその点、扱いやすいものだ。
ブルをあてがえば、それである程度満足する。
老人は先を見据え、“猪”のツテを得るために動いていた。
それが得となるか損になるかは、まだ誰も分からない。