「ゔぅん…」
宿屋の一室、夜が明けるにはまだ早い時間。
小さいが、苦しそうに呻く男の声が聞こえてくる。
暑い、それになんだかとても苦しい。
腹の上に重石でも乗せられているようだ。
なんか似たような事があったような…?
呻いていた男、ブルは目を覚ます。
宿屋の天井と、ふわふわとした茶色の頭。
人の体をベッド代わりに熟睡している少女はウル。
盛大に涎が垂れている。
その姿に笑いが漏れるが起きる様子はない。
とりあえず涎は拭いてあげることにして、感慨にふける。
ウルと出会って直ぐにも、こうして寝ている間に乗られていることがあった。
その時も確かに苦しさは感じたが、その時よりずっと重い。
そういえばちょっと丸っこくなった気もするし、抱っこしたときぷにぷにしてる気がする。
最初の頃の骨が浮いてる体よりかは、ずっと健康的になったと思う。
多少寝苦しくても、ウルの成長が実感できていいかと、そのままブルは寝ることにした。
なかなか寝付けず寝坊したブルは、ウルの腹への飛び込みによって叩き起こされることになる。
攻撃力は確実に増していた。
ブルからすいすいと運ばれるご飯を上機嫌に頬張るウル。
なんだか今日のブルは機嫌がいい。
首を傾げるルサルナとクレアは、まぁ大体いつものことよねと流すことにする。
ブルは気づいたのだ。
ウルの身長が良い感じに伸びていることに。
しっかり食べさせ、よく運動させ、ぐっすり眠らせる。
やはり子供にはこれが一番必要なんだと。
もちもちになってきたウルの頬で時折遊びながら、ブルはめちゃくちゃ甘やかしていた。
本日も絶好調なウルは焼き菓子をぱくついている。
ブルの頭に欠片を撒きながら。
昨日武器を欲しがったことは、もう頭にない。
そんなことより食欲が勝っている。
んまんまと食べる姿は可愛らしい。
周囲もほんわりと温かい視線を向けている気がする。
そんな一行にするりと近づく人影。
なんだか偉そうな、あの老人だった。
「ほほ…楽しんでおるのぅ」
「おぉ、爺さんか。見ての通りだよ」
老人はにこやかにウルを見ている。
ウルは指についた欠片を舐めている。
「何かありましたか?」
やや警戒の色が見えるルサルナが尋ねる。
ただの世間話だけではないだろうと。
「ほ、そう警戒するでない。お主らのためにもなることじゃ」
にこにこと老人は話す。
視線の先では、ウルがクレアに呼ばれてブルから飛び降りている。
「爺さん、話は聞くがここでもいいのか?」
頭に積もった食べこぼしを払いながらブルは言う。
その目は頬やら手やらを掃除されているウルに固定されている。
「ほほ…構わん、これに書いておる。明日の朝に返事を聞かせておくれ」
どこからか手紙を取り出した老人はルサルナへそれを手渡す。
ブルの方に差し出しても無視されそうだったのだ。
ほほほ、と老人は笑いながら雑踏に紛れ見えなくなる。
ルサルナはため息を吐き、体の力を抜く。
「一旦戻りましょうか…」
老人の渡したものを確認するためにルサルナは言う。
振り返り皆の方を向く。
「かたいぃ…」
「ちょっとはあるって!ほら!」
ウルを抱きしめるクレア。
平野に顔をうずめ、嬉しそうながら少し不満げなウル。
それをにこにこと眺めるブル。
「……」
ルサルナの額に青筋が浮かび、自然と杖に手が伸びる。
ブルに杖での殴打、勢いでクレアに拳骨、ウルに抱っことそれぞれに対応を行ったルサルナは、二人を引き連れ宿屋に向かい歩いていた。
ブルはいつもの表情、クレアは涙目である。
ブルにも効く打撃武器の検討をしながらルサルナは歩く。
胸元ではウルがふわふわを堪能している。
「なんで私まで殴られたの…?」
「いや、まぁ…子供枠じゃねぇんだろ」
ちょっとだけクレアを甘やかしとこうかと、ルサルナは思った。
宿屋へ戻った一行は老人から渡された手紙を開く。
手紙の内容は討伐の依頼であった。
元々大男に依頼していたものだが、今の状況では動けないためにブル達に回ってきたらしい。
「大都市の近くにある野党の集団ね…」
「どうする?誰か留守番か?」
「私参加ね!」
とても行きたそうなクレア。
最近は負け続きのために暴れたいのだろう。
「とすると」
「いく」
三人の視線がウルに向く。
「だいじょうぶ。ぜったいついてくの」
「ウルちゃんもこう言ってるし皆で行こーよ!」
ブルとルサルナは目を合わせ、ため息を吐く。
先日の大暴れで全部見ているのだ。
それに留守番で追いかけて来られるのも困る。
「ウル、ルサルナから離れるなよ。俺とクレアは動き回るからな…」
「そうね、私から絶対離れないでね?」
「っ!うん!くぅねえもありがと!」
ウルの少し強張った顔が笑顔に変わる。
援護してくれたクレアに飛びつき感謝をしている。
その様子を見ながらブルとルサルナは話す。
「私達と一緒にいたら遠からず経験するわよね…」
「そうだな…俺はそういうのばかりだったから、そうさせるしかないか」
「背を見て育つとはよく言ったものよね」
「そりゃあ、そうなるか…」
「まぁ力に溺れないようにしっかり見ていれば大丈夫かな…」
「ウルは賢いから大丈夫だろう」
二人はクレアにじゃれつくウルを見る。
「クレアに余計なことを教えないよう釘を刺さないと」
「それは俺に任せとけ」
哀れクレアはとばっちりを受けることが決まる。
余計なことを教えるつもりがなくとも釘は刺される。
ウルの健全な成長のためには致し方ない犠牲である。