都市を出て暫く、踏み固められた道と森が続いている。
その道を2人の男が歩いている。
一人は動きやすそうな服、頑丈そうな靴、重そうな金棒を持った男、自称?お兄ちゃん。背中には少女がくっついている。
もう一人は革の胸当てや篭手、臑当てなどを身に着け、槍を担いだ男、子供好きであった。
また少女も古着だけでなく、真新しいフード付きの外套を着ていた。ご満悦である。
「そういやよぉ、あんたら名前なんて言うんだ?」
何気なく聞く子供好き。
ぴたりと石像のように固まる男。後ろから不思議そうに少女がつんつんしている。
「……」
「おい、どうした?」
突然動きを止めた男に怪訝に思う子供好き。
今この瞬間、男は何気ない質問に大きな衝撃が受けている。
名前?名前とは?
「お、俺は…俺はぁ…!」
崩れ落ちる男、狼狽える子供好き、突っつく少女。
「お兄ちゃん…失格だ…!!」
天を仰ぎながら涙を流す、自称お兄ちゃん。
「お、おいおい、なんだってんだ。」
「お嬢、ごめんなぁ…!俺ぁ名前も聞かないで…」
混乱する子供好き。少女を抱きしめる失格お兄ちゃん。
抱きしめられるのは嬉しそうながら、よく分からず首を傾げる少女。
混沌であった。
暫くしてから。
「で、だ。落ち着いたか?」
「ああ、もう大丈夫だ…」
なんとかかんとか場を落ち着けた後、男と子供好きは話し合っていた。
「つまりは会ったばかりで名前を知らねぇってことか。」
「…そうだ。」
「てかよぉ、昨日の今日でどんだけ仲良しなんだよ…そっちのが驚いたぜ…」
子供好きは素直に驚いている。少女は男にすり寄っている。男は無意識に少女を撫でている。
「まぁ、いい機会じゃねぇか、今名前聞いとけよ。」
「そうだな…お嬢、名前は?」
「しらない」
衝撃、再び。
「名前ねぇのか…」
「お兄ちゃんとして良い名前送るからな…!」
悲しげに呟く子供好き。
迸る愛が目から溢れているお兄ちゃん。
抱きしめられ、頬ずりされて満足気な少女。
ふと子供好きが尋ねる。
「お嬢ちゃんは分かったが兄ちゃんの名前は?」
「知らん。猪とか金棒のって呼ばれていた。」
子供好き、閃く。こいつヤベーやつで有名な‘猪’か、と。しかもこいつも名前ねぇのかよ、と。
「…兄ちゃん、あんた暴れ猪とかって呼ばれてなかったか?」
「暴れ猪?いや、知らねぇな…猪ってだけだ。そんなことより、お嬢の名前だ…最優先、だ。」
多分合ってるな、と子供好き。今、少女に向けている関心が全て暴力に向かってたんだろう、と。
「…じゃあ、にぃになまえつけてあげる。」
少女より一言。男の目からは嬉しさが溢れ出している。
「…あんなぁお嬢、お嬢の名前は」
「まって。」
遮る少女の声。どうしたのかと抱きしめている少女を見る。
「にぃのなまえもいいたいの、いっしょに。」
愛おしい過ぎて壊れてしまいそうな男、即座に了承。
子供好きは尊すぎる光景を前に浄化され、真っ白に。
少ししてから。
せーので名前を呼び合うことにした男と少女。
「「せーの」」
「ウル」
「ブル」
男は少女に“ウル”と。
少女は男に“ブル”と。
「っ、ははっ」
「えへへ」
ウルとブルが笑い合っている。
子供好きはその光景に新世界を見た。尊さのあまり土に還りかけているがゆえの幻覚である。ふと我に返る子供好き。
「あ、依頼…」
声を掛けるのは少し後にしようと、子供好きは思った。
この尊さを余すことなく記憶してからだ、と。
記憶に焼き付けて少ししてから。
「そろそろ行くか。ブル、ウルちゃん。」
「くくっ、ハスタァ…今の俺なら城塞ですら相手にならねぇぜ…!」
さらりと名前が出た子供好き、改めハスタは少女を愛でる馬鹿を流し見て、依頼について考える。
依頼の魔獣、鼠を巨大化させたような姿だという。それが家ほどの大きさだとも。
正直、ハスタ一人では少々厳しい。2人だと言っても少女がいる。
「ブルよぉ、お前依頼ちゃんと読んだか?」
「当たり前だろ、俺はお兄ちゃんだぞ。なぁウル。」
「ん」
こんの、おばかはよぉ…!
きゃっきゃっと戯れてる馬鹿兄妹、正確には馬鹿兄に青筋をたてるハスタ。大きく深呼吸。
「ふぅー…じゃあそれでも楽にいけると思ったんだな?」
「まぁな。だが今ならもっと余裕だ…なんたってお兄…」
言葉を止めて背中のウルを抱え直す。不思議そうなウル。
様子が変わったことに周囲の警戒を強めるハスタ。
「確か…ここら辺でも見かけたんだよな?」
「あ?あぁそうだな。…近くにいんのか?」
問いかけるブル。周囲を確認しつつ、返事をするハスタ。
「いや、多分遠い。こっちだな。」
「お、おい待て!」
暫く森の中を進みブルは足を止めた。
「あれだな。」
「マジかよ、おめぇなんなんだ…?」
視線の先には急斜面、と大きな穴。
「うし、ちょっと行ってくる。」
「待て待て待て待て!」
さらりと入ろうとするブル、必死に止めるハスタ。楽しそうなウル。
こいつ、マジでイカれてやがる、とハスタは思った。止めるために言葉を繋ぐ。
「このイカレポンチめ…いいか?」
ハスタは鼻息荒く説明をする。視認性も悪い、崩落の危険もある、空気が毒気を帯びているかも、と説明中にふと気が付いた。
「つまりだ…ウルちゃんが危ない」
「俺はぜってぇ入ったりしねぇ…!」
このド腐れ妹馬鹿がよぉ…!
喉元までせり上がる罵倒を飲み込んだハスタ。
とりあえずブルの説得は出来たことに安堵のため息。
「で、だな。おびき出すにはこいつを使おう。」
ハスタが取り出したのは紐のついた拳ほどの丸っこい玉。火を着けると獣が嫌がる煙が吹き出す。つまりは煙玉。
「これを放り込んだら大体出てくる。」
「違う場所から出たりしねぇのか?」
ハスタはブルを見る。見て、目を逸らした。
「まぁいけんだろ…ってことでそーらよ!」
ブルは思った。多分こいつもあんま頭良くないな、と。
反応は早かった。放り込んで数分で魔獣の吠える声が響き渡り、地鳴りのような音が近づいてくる。
三人は少し離れた木立に身を隠し、戦闘に備えていた。
家ほどありそうなんか大きな魔獣が姿を現す。
「さぁて、ぶっ潰してやっか!」
「ぶっつぶせー」
「はぁ…お前ら油断はすんなよ?」