「絶対ヤバいじゃん。何かぷんぷん臭うって。これじゃそこらの悪人の匂いが花の香りに感じちゃうよ」
「俺には欠片も脅威を感じねぇが、ウルがこうだしな…」
「あなたの感覚は壊れてるのよ」
「……」
ブルとルサルナの手を引っ張り、入りたくないと駄々を捏ねるクレア。
何かしらの危険を一切感じ取れないブル。
漠然とした何かを感じているルサルナ。
ウルはブルに縋りつき、置物のように固まっている。
「皆さん、あちらの家を使ってください。あそこは客人用で綺麗にしていますから、すぐにでも休めますよ」
「夜にはおもてなしさせていただきますから、それまで自由にしてくださって大丈夫ですよ。小さな村ですけどね、ふふっ」
ブル達の会話がまるで聞こえていないのか、変わらない笑顔で案内をする男女。
クレアは足先から這い上がるような何かを感じた。
「まぁ、とりあえず休ませてもらおうか」
「そうね、せっかくだしゆっくりさせてもらいましょう」
「はぁー、やだなぁもう…」
「では、ごゆっくりどうぞ…」
笑顔の男女に見送られ、家に入る一行。
中は隅々まで清掃が行き届き、ざっと見たところ不審な点はない。
クレアは安心できないのか、棚や置物など目につく物全て点検し始めた。
「ウル、何か感じるのか?」
ベッドに腰掛けたブルはウルに話しかける。
ウルはずっと固まったように動かない。男女を助けた辺りから続いている。
ブルはこの様子から、クレアが言うことは正しいのだろうと感じていた。
自分は一切危険を感じていないが。
「…きもちわるいの」
「気持ち悪い?」
小さな声でウルが呟く。僅かな物音でもかき消されそうな小さな声。
ブルが聞き返す。
「いやなのがなにもないの。でもあたたかくない。きもちわるい…」
「嫌なの…温かくない…?」
嫌なものがないのなら悪いことじゃないのでは、とブルは思う。
しかし温かくないというのは分からない。
クレアが口を開く。
「そう、そうだよ…ちっとも敵意も、警戒も…何もないんだ。でもなんか、同じ人として見ていないような…」
「人として見ていないね…」
ゴソゴソとそこらを漁りながら、クレアが言う。
ルサルナは漠然と感じていた何かが、そういうことなのかと考える。
「警戒はきっちりしましょう。ブルの感覚は役に立たないわ。私とクレアがしっかりしないと」
「珍しく役立たずだね」
「お、おぉぅ…」
ルサルナとクレアの口撃に、ブルは横になった。
ウルをしっかり抱きしめて、もそもそと毛布の下へ潜り込んでいく。
「とりあえずおかしなものはないかなー。置いてあった食料とか怖いからまとめてあるよ」
「ありがとうクレア。警戒しておくから、先に休んでて」
「はぁーい」
ルサルナは目を閉じ、魔力による警戒を始める。
たまに警戒網に引っかかる者も何ら怪しい動きはなく、監視を受けているような感じもない。
おかしな点が見当たらないことが、余計に怪しく感じる。
そういえばと、ルサルナは思い出す。
数十人程度の小さな村だが、村人の年齢はそこそこ若い。
なのに一人として子供を見ていない。
旅人を警戒して家から出ないようにさせているのか、それとも…
それに村に案内するのであれば、長にも一言くらい挨拶はするだろうと思う。
絶対という訳ではないが、それすらも怪しく感じてしまう。
子供の姿が見えないことには特に不安を感じる。
ウルはもちろん、クレアもまだ成人していない子供だ。
戦闘はブルがいればなんとかなる。
そのためにルサルナは全力で警戒を行う。
ブルの感覚が機能しない現在、ルサルナの気合は漲っていた。
特に何もないまま時間は過ぎる。
「何も、なかったわ」
「うん…あの、ルナ姉?…お疲れ様」
ルサルナは肩を落として交代する。
なんだか気の毒な様子にクレアは言葉が詰まる。
絞り出された言葉にルサルナは横になった。ガッツリ寝始めたブル達にしれっと寄り添っている。
「あ…ゆ、ゆっくり、休んでね…?」
「うん…」
何もなかったし、何も分からなかったルサルナは気遣いですら傷を負う。
クレアはもそもそと毛布に潜り込んでいく姿を見送り、ため息を吐いた。
天井を見上げ、ぼやく。
「あぁもう、嫌だ嫌だ…」
クレアは良くないものを嗅ぎつけている。
裏側には臭う奴らはたくさんいたが、それらと違う異質な臭いがする。
「臭うなぁ…ほんと…」
こっそり外の様子を見る。
談笑する人、何か作業する人、どこへ行くのか歩いている人。
誰もが穏やかな顔をしている。
「何なのよ…気持ち悪いなぁ」
敵と考えれば、見た村人の誰も強そうには見えない。
しかし得体の知れない何かが、ずっとある。
また、深いため息。
「お兄さんもルナ姉も化け物だし、なんとかなるよね…」
ルサルナのくしゃみが聞こえる。
クレアは時折外を覗き見ながら、ざわざわする気持ちを押さえつけていた。
「お兄さん、ルナ姉、起きて。迎えが来たみたい」
「あれ?私寝てた…?」
「んぁ…あぁ、ありがとな…」
「ふみゅ…」
クレアは熟睡していた三人、いや二人を起こした。
ウルはまぁいいかと寝かせておく。
コンコンと扉を叩く音。
クレアが警戒しつつ扉を開ける。
案内をしてくれた男女が笑顔で立っている。
「こんばんは、ゆっくり休めましたか?」
「おかげさまで」
「それは良かったです。お礼の準備が出来ましたので、案内しますね」
男女はそのまま振り返り、歩き出す。
ブル達は顔を見合わせ、その後についていく。
案内された先は村の広場。そこには机が並べられ、様々な料理が置かれていた。
その一番奥の席へ誘導される。
ウルの鼻がぴくぴくと動く。
「んぃ…ごはん…」
寝ぼけ眼を擦りながら、体ごと食事に吸い寄せられるウル。
ブルはウルの手が届かないように、そっと抱え直している。
それを見たルサルナは安堵のため息を漏らし、クレアの方を見る。
クレアは置かれている飲み物を口をつけている。
……飲んでる?
「クレア!あなたなんで!」
「ルナ姉、これやってるよ」
クレアは口に含んだ飲み物を吐き捨てる。
微かに混ざる匂いに覚えがあり、感じた味はそれを間違いないものだと確信させる。
「私って、薬とか毒とか詳しいんだよねー」
これは毒だ。体の自由を奪い、眠りに誘う毒だ。
「知らなかったなぁ。こんなお礼もあるんだねぇ」
柔らかな笑顔を浮かべる村人がいつの間にか増えている。
この状況で敵意も、害意もまるで感じない。
そうするのが当然とでも言わんばかり。
「あなた達の善行が、神様のお気に召したのです」
「神様に仕える事が出来るのです」
「何よりも光栄なことなのですよ」
「頭の螺子落としちゃったのかな?」
得体の知れない何かはヤバい宗教だった。
クレアは村に入ったことを心底後悔した。
ブルがおもむろに立ち上がる。
「お兄さん、やっちゃうの?」
「やり過ぎないでよね」
「いや待て…こいつらは勘違いしている」
ブルの発言にそこはかとない嫌な予感。
いや、曖昧なんかじゃない。はっきりと嫌な予感。
ろくでもないことを始めるのだろう。
「お前ら、この子を見て何か思わんか」
抱きかかえるウルを村人達に見せつけるブル。
ウルは睡魔と格闘している。
「その子がなにか…?」
「可愛らしいお子さんですね」
村人達に疑問が浮かぶ。
それがなんだ、と。
「そう、可愛い。しかしそんな一般常識なぞ聞いちゃいねぇんだよ。ウルが可愛いのは日が昇って沈むくらい当たり前のことだ。そうじゃない。そんなことじゃあ、ない」
始まった。そう思った。机の料理を端に追いやり、保存食と飲み物を取り出す。
ゆっくりとブルが村人達、最初の男女へと近づいていく。
「おいお前。何か述べろ」
「え、いや…何を…?」
問われた男は戸惑う。この男は何を言っているんだ?
ブルは躊躇なく胸ぐらを掴み、小石を扱うかのように軽い動作で放り投げる。
男は悲鳴とともに人垣の外へ消えていく。
戸惑いのない暴力に村人達から笑顔が消える。
女の方を見るブル。
「あなた何をっ!」
「次はお前だ。述べろ」
「ひっ、あ、ぁ…あああぁぁぁ!」
消えていく。苦痛に呻く声が増える。
同じ事がそれから三度。
後ずさる者、腰を抜かす者が現れる。
「おいおい、俺はただ聞いてんだよ。この子を見てどう思うかって」
「た、ただの少女じゃないですか!」
「それが何なんですか!」
村人の誰かが叫ぶ。
「ただの少女?違う…」
「天使だろうが」
一同、脳の処理が追いつかない。
本当にこの男は何を言っているのか。
「天使とは神の使い。神の心を人に伝えるために現れる。その天使が俺達とともにいるということは、わざわざ神のもとへ行く必要はない。おいお前、理解できるか?」
「いや…何を言ってひぶっ!」
容赦のない平手打ちが炸裂する。
首ごと持っていかれそうな衝撃。
鳴り響く音にウルがびっくりして目を覚ます。
「理解できるか?」
「ひ、はい!分かります!」
振り抜かれた平手が返ってくる。
予想外の衝撃に失神する村人。
ウルは煩いのでルサルナの膝の上に避難した。
「取り繕っても無駄だ。後、逃げようとしても無駄だ。ルサルナ」
「はいはい」
取り囲むように生える石壁。逃げ道はない。
村人達の目から希望が消える。
「お前らに大事なことを教えてやる」
平手打ちの構え。
「神様よりウルの方が尊い」
響く何かが破裂したかのような音。ついでに悲鳴。
それらを肴に保存食をもそもそ食べる三人。
「神の使いなのに神より尊いの?」
「何も考えてないわよ、ブルだから」
「かたい…ぱさぱさ…」
暫く悲鳴と破裂音は止まず、ルサルナとクレアはどうでもよくなり、家に戻った。
家を一応土壁で囲い、聞こえてくるあまり良くないものを子守唄に三人は横になった。
夢見はとても悪かった。