「お、見えてきたな」
馬車を片手で牽引する非常識な男、ブル。
もう片方の腕には日差しが気持ちいいのか、お昼寝するウルが抱えられている。
「んー…やっとついたぁ。いやぁ疲れたねー」
「存分にゴロゴロしてたじゃない」
「お前にもこれ、引かせてやろうか?」
「疲れたのは気のせいだったみたい」
思う存分だらけていたクレアは、大きく伸びながら寝言を言っている。
確かに長旅や野営とは疲れるものだが、目の前でひたすら馬車を引っ張っているのを見ると、そうも言えない。
ルサルナとブルの言葉に、物理的に寝かせられかねないと素早く掌を返している。
「あ、そ、そうだ!今回の都市は何が有名なの?」
とりあえず話題を変えなければ、何かされてしまう。
そう思ったクレアは都市について聞いた。
「あー、何だったか…」
「芸術よ、芸術。芸術の都アールって呼ばれているわね」
「え゛っ…」
「あぁそうだ。芸術だったな。」
クレアは思う。絶対つまんないじゃん、と。
ブルは興味がなさすぎて覚えていなかった。
ルサルナは二人の様子を見て、ため息を吐いている。
せめてウルは興味を持ってほしいなと思っている。
ウルはまだ起きる気配はない。
「おー。」
「あっちもこっちもそっちも絵画だとか、彫刻だとか…音楽もやけにお堅いのばっか…」
都市に入ってそうそう、クレアはげんなりとしている。
ウルは都市の喧騒で起き、暫くぼぅっとしていたが、物珍しさからかキョロキョロと辺りを見渡している。
この都市の人々はそこら中で絵を描いていたり、小さめの彫刻売ったり、何か演奏していたりしている。
「今なら、少しくらいは楽しめそうな気がする」
「あなたにもそんな感情があったのね…」
ブルもウルと同じく、辺りを見渡している。
以前は騒音とゴミに溢れているように感じたが、今では何か意味のあるものだと感じられる。
そんなブルに、ルサルナは思わず本音が漏れる。
ゴミとか騒音とか思っていそうだったので。
「全てウルのおかげだな」
「にぃ、どうしたの?」
「ウルに会ってから良いことばっかり起きるなって思ってな」
「えへへ、おんなじだね」
本当の親子よりも仲睦まじく見える二人。
周囲もなんだかほんわかとしている。
何を描こうか、何を彫ろうかと迷っていた一部の人は、その光景に閃きを得て猛烈な勢いで作業を始めた。
それらはまだ題名は決まっていないが、きっと愛の名が付くものになるだろう。
「あれ、なんだろ…すごくきになる」
そうして一行はまた散策を始めていたが、ウルがあるものを見つけ、それに強い興味を示した。
視線の先には建物と祠のようなもの。
その建物は他に比べて古びており、歴史を感じさせる。
祠のようなものの中には戦士を模した石像があり、同じく古びているように見える。
「見に行くか」
「あんな建物あったかしら…」
「はぁーい…」
ウルに全肯定のブルは欠片の迷いもなく向かう。
クレアは時間の経過とともに、ますます元気がなくなっている。
建物に近づいた一行は、古びた石像の土台に文字が刻まれているのに気づく。
「名もなき男、か。すげぇ雰囲気あるな」
「かつて恐るべき脅威に立ち向かった者…実話から作られているのかしら?」
土台にはその石像の名と、一文だけが刻まれている。
「のっぺらぼうじゃん。こんなに細かいところまで彫られてるのに」
「確かに…近くで見ると印象が全然違うわね」
石像は細かなところまで彫り込まれてが、顔だけがない。
武器や鎧の装飾まで彫られているため、より一層違和感を覚える。
ウルは感じるものがあるのか、じぃっと石像を見ている。
「気になりますか?」
「ひゃっ」
「あはっ、ルナ姉可愛い〜」
「う、うるさいわね」
建物から現れた男の低い声。
可愛らしい悲鳴。熱心に見ていたルサルナのもの。
クレアがとてもにやにやとしている。
「あなた方が熱心に見ているので気になりまして。良ければ中に入ってみませんか?その石像に関連したものもありますよ」
「ウル、どうする?」
「みたい!」
うずうずとしていたウルは即答する。
全ては大天使の心のままに。ブルは迷いなく一歩を踏み出した。
「行くよね…だと思った」
「全肯定よね、ほんと」
クレアもルサルナも慣れたもの。
興味をそそられないクレアは嫌そうな顔で呟く。
ルサルナはそれに返事しつつ、さらっと中へ入っていった。
クレアは一人待つのもなんだしと、重たい足取りで中へ入っていった。
「おー。思ったより面白そうかも」
遅れて中に入ったクレアから言葉が漏れる。
中には大事そうに飾られた様々な物が置かれている。
彫刻や絵画、本、武器防具。
どれもこれも古びているが、丁寧に手入れをしているのだろうことが分かる。
ウルはブルから降りて、興味深そうにそれらを眺めている。
ブルはその後方で腕を組み、うんうんと頷いている。親のような面構え。
ルサルナはちゃっかりブルに寄り添っている。妻面している。
よくある光景を無視して、飾られている武器に真っ先に近づいたクレアは気づく。
「これって、外の石像の武器に似てるね」
「それは実際に使っていたとされるものですよ。まぁ模したものでしょうが」
「ふぅん、こんな大きなのをね」
クレアの言葉に男が返事をする。
大きな剣だ。大の大人ほどの長さがあるだろう。
刀身の幅と厚さもかなりのもの。実際に使うとすれば尋常でない筋力を必要とするのが容易に想像できる。
「そんな昔話聞いたことないんだけど、ルナ姉は知ってる?」
「私も知らないわ。もしかしたら爺様が知っているかもしれないけど、聞いたことはないわね」
クレアはルサルナに聞くも、知らないよう。
ブルには期待していない。
「有名な話ではありませんから、知らなくても無理はないですよ」
「おじさんはどこでそんなの知ったの?」
「たまたま外の石像を見つけまして…興味が湧いたので調べて探したんですよ」
「もっとくわしいはなしきけるの?」
いつの間にか近寄っていたウルが話しかける。珍しく食べ物以外に興味津々。
「ええ、もちろんですよお嬢さん。といっても、まだまだ分からないことばかりですけどね」
やはり興味を持ってくれるのは嬉しいのか、一段とにこやかに対応する男。
「奥に私の作業場があります。よろしければそちらで話しましょう」
そう言って奥に歩いていく男。
ウルはカルガモの子供のようについていく。
その後ろをこれまた子供のようについていくブル。
それにしれっと寄り添って歩くルサルナ。
「なんか、うーん……いや、普通かぁ」
クレアはウルが前を歩く光景に違和感を覚えるが、よくよく考えれば子供が歩き回るのは普通だと思う。
常日頃から運ばれている方がおかしいのだ。
クレアは徐々に常識が侵食されていることに気づいていない。
首を捻りながら、クレアはついていった。