作品が飾られる部屋の隅、目立たない場所に扉がある。
室内はやや薄暗く、また大きめの作品が飾られているため、ざっと見ているだけでは見落としてしまうだろう。
男はその扉に鍵を差し込み、ゆっくりと開く。
「普段私以外入ることがないので散らかっていますが、まぁ気にしないで下さい」
その部屋は男が言うほど散らかってはいない。
大きめの机の上に何かを書いた紙や、分厚く難しそうな本が雑然と並べられている程度であった。
大きな本棚が目立つ部屋である。作業場というより書斎に近い感じがする。
一応来客用なのか、部屋の隅に簡易の椅子が置かれている。
「失礼、少し片付けますね。」
「そちらの椅子を使ってもいいのかしら?」
「もちろ…すいませんね、運んでもらって」
「まぁそのくらいなら」
ルサルナが聞いたとほぼ同時にブルは動いていた。
三つ椅子を運び、ウルを持ち上げ、膝の上に乗せた。
もちろん、並べた椅子の真ん中に座っている。
ウルが見やすい、聞きやすいだけを考慮した結果だ。
答えようとした男はあまりの早業に言葉を詰まらせるが、冷静に対応している。
クレアはさも当然かのように椅子に座った。
「あなたたちね…まぁいいわ」
「少しお待ち下さい。お茶を入れますので」
「ありがとう。ごめんなさい、こんな人達なの」
「いえいえ、構いません」
ルサルナだけ返事している。
ウルはそわそわしており、クレアはそんなウルのほっぺを突っついている。
ブルはにこにことウルを見ている。
お茶も用意され、一息つく。
ウルのそわそわが増している。
「待ちきれないようですね。先程も言いましたが、分からないことが多く……これから話すことは創作のように感じるでしょう」
男は続ける。
「しかし私はある程度本当の事だと思っています。時折見つかりますし、入り口にあった石像や武器防具、書物など…他にもありますが、まずはお話しましょう」
∇
今よりずっと昔、魔獣が今より遥かに多かった頃。
ある村に男の子が生まれた。
大きな赤子で、小さい頃から大層力が強かった。
その体はどんどん大きくなり、十を数える頃には大人と変わらなかった。
持ち前の怪力で剣を振れば丸太を両断し、槍を突けば大岩に穴を、盾を翳せば何者をも通さぬ鉄壁を誇った。
男が成人する頃には、その身の丈はそこらの男より頭二つは大きく、鍛え上げられた筋肉はまるで鋼のようだった。
男は村に襲い来る魔獣や野党を全て退けていた。
それらが続くと、噂が徐々に広まってくる。
あまりにも強い巨人が住んでいるらしい、と。
それを一目見てやろうと、もしくは打倒し名を上げてやろうという人が現れ始める。
男は強さになど興味はなかったが、それら全てを受け入れ、打ち負かした。
噂がさらに広まると、男の強さに縋るものが現れる。
どうか、家族を襲った魔獣を殺してくれ、と。
男は迷ったが、村には男に挑戦しに来た者が多くいたため、村の守りを任せても大丈夫だろうと受けることにした。
そうして一つ頷いてしまえば、次から次へと男に頼る者が現れる。
男は一つ受けてしまったからにはと、次々に受けることになる。
幸い、村に定住する挑戦者もいたため、村の守りを気にすることはなかった。
男は魔獣を根絶やしにする勢いで狩っていった。
そういう生活を続けていると噂はより遠くまで伝わる。
どのような魔獣も頼めば殺してくれると。
そうして遠方に狩りに行くことも増え、村にいることの方が珍しくなった頃。
男が久しぶりに村に戻ると、そこには掘っ立て小屋のような粗末な家だけ。
正確には焼け残ったものも残っていたが。
男はただ呆然と膝を着いた。
粗末な小屋から人が出てくる。
男を見て驚き、涙を流し、話をした。
村にあった家など比べ物にならない巨大な魔獣が現れたこと。
空を自在に飛び回り、火を吹き、皆がなすすべなくやられてしまったと。
唯一の生き残りは涙ながらに語った。
粗末な小屋の中に大事に仕舞われた遺品。
村だった場所に残る巨大な足跡。
男の瞳に暗い火が灯る。
男は一晩小屋に泊まると、魔獣が飛び去った方向へ歩きだした。
時折見つかる魔獣の痕跡。
それらは大抵、焼き尽くされた村や町だった。
それぞれの生き残りに出会うたび、男の火は燃え上がっていく。
進むにつれ、男の武器も防具も巨大な魔獣を想定したものへと変わっていく。
そうしてついに、男は魔獣と相対した。
それは巨大な龍だった。
男をして首が痛くなるほど見上げねばならない大きさ。
男は全てを焼き尽くさんばかりの熱を持って、武器を構えた。
男は死闘を制した。
それは生死の狭間で踊るようなものだった。
男はボロボロの体を引きずり、なんとかある村に辿り着いた。
しかし、村人達の手厚い看病の甲斐なく亡くなる。
村人達は男の巨大な武器を墓標にし、男を埋葬した。
∇
「とまぁ、物語風になりましたが、こんなところでしょうか」
「んー…なんかよくある話ね」
一通り聞いたクレアは思う。
よくある昔話じゃん、と。
ウルは終わり方に納得できないのか、なんとも言えない顔をしている。
「まぁ確かによくある話だが…」
「えぇ…あなたはこれが本当の話って言ったけど、物以外で調べたっていうこと?」
こういう話はいくらでもある。
が、ウルが気になったものであるし、男も何やら調べているようで気になる。
ウルが気になるようであれば、自分達も旅のついでに調べようと思っていた。
「もちろんです。この話に龍が出てきましたよね?この龍と思われる亡骸は今も残っています」
「おぉ…!」
「なにそれ面白そう!」
ウルとクレアが食いつく。目がきらきらし始めた。
「そんなのが残ってんのか?」
「えぇ、龍かは分かりませんが巨大な骨がそのまま。周辺は魔獣だらけなので危険ですがね。この地図を見て下さい」
男が地図を広げる。
「今、我々はこの町にいます。その亡骸は、概ねこの位置。ちなみに剣や防具を見つけたのが、ここ。ほとんど残っていませんが、過去に人が生活していたであろう痕跡も残っていました」
「これ、かなり遠いわね…」
昔に比べても、道は整備されており進みやすい。
それでもかなりの長旅になることは予想される。
「よくそんなの調べたね」
「気になって仕方がなかったものですから」
「ウル、危ないのは気にしなくていい。行きたいか?」
ブルがウルに聞く。答えはなんとなく分かっている。
「ん、いきたい!」
やっぱり。
皆そう思った。
「じゃ、当面の目的地はそこだな」
「そうね。まぁ急ぐことないし」
「この町は早く出たいんだけど…」
ウルの頭を撫でながら、ブルとルサルナが話す。
クレアはついでに町を出たい。
「そう言わないの。ちょっとは芸術にも関心持ちなさいな」
「やだなぁ…」
「とりあえず、宿に戻るか。あんた、ありがとうな」
「えぇ、構いませんよ。あ、私、グリンと言います。お時間ありがとうございました」
「またくるね」
「はい、お待ちしております」
軽く挨拶を交わし、男、グリンと別れる。
建物から出ると、日が沈みかけている。
「…あっ」
「あはっ!可愛い鳴き声じゃん!」
ウルのお腹が思い出したかのように鳴き始める。
クレアがウルをからかう。
「早く食べ物を探さねば…!」
「急がなくても死なないわよ…」
ブルが過剰に反応し、ルサルナが呆れたように言う。
すっかりいつも通りに戻った一行は早歩きで宿屋を目指す。
今、大事なのは旅ではない。
ご飯が最優先だった。
大抵優先されているが…