「うむむ…」
本日のウルはお勉強…ではなくちょっと難しい本を読んでいた。
グリンが製本したものだ。
この男、手広いにも程がある。
うにうに唸りながら絵本を読むウルに差し出される焼き菓子。
「うむぅ…ぅ?はむっ」
食いつくウル。もはや条件反射。
差し出したブルはにっこり。
「ひまぁ…ひまひまひまー…」
物憂げな表情で窓の外を見るクレア。
整った容姿もあいまり、どこぞのご令嬢のようにも見える。
その口からは呪詛のように同じ言葉を垂れ流しているが。
呪いを垂れ流す口元に差し出される焼き菓子。
「ひまひまひまひまぅぐっ」
「うるせぇ」
「むぐむぐ」
押し込まれる焼き菓子、強制的に黙らされるクレア。
ブルに押し込まれた焼き菓子を美味しそうに頬ぼっている。
「ちょっと雑すぎるわよ」
「見てみろ。喜んでる」
口いっぱいに焼き菓子を押し込まれたクレアはなんだか幸せそうに見える。
ため息を吐くルサルナ。
「一回目はウルと同じで、二回目は押し付けて、三回目は押し込んで…どんどん雑になってるのよ。次は投げつけでもするの?」
「そりゃ楽だな」
「あなたに聞いた私が馬鹿だったわ。まぁあの調子なら喜びそうだけど…」
食べ終わったばかりのクレアはニコニコしている。
口の中の余韻がなくなれば、また物憂げな表情で負の念を撒き散らすのだろう。
ウルはしっかり食い付きつつ、本とにらめっこし続けている。
「ねぇ、ちょっと気晴らし行ってきたら?」
「おう、そうだな。ちょっとそこらで魔獣でも狩ってこいよ」
「あなたも行くのよ」
「ぇ…」
この世の終わりだというのか。
小さな声を漏らし、呆然とルサルナを見るブル。
「あなたより私のほうが教えられるでしょう?ついでにクレアのこと鍛えてあげなさい」
「……はぃ」
ブル、撃沈。ブルの頭では返す言葉が見つけられなかった。
未練がましくウルをチラチラと見ているが、ウルは集中しているために気づかない。
「とっとと行きなさい」
「はぃ…」
「おわぁ!ちょっと!女の子を運ぶ持ち方じゃないって!あ、ちょ!?ぬ、脱げる!?」
襟首を掴まれて持ち上げられるクレア。流石に異議あり。
そのまま色々すっぽ抜けそうになりながら必死に抵抗する。
残念なことに、決死の抵抗は世の辛さを噛みしめるブルには届かない。
そんな光景を見送るルサルナ。
「無情よね」
「むぅ…」
ウルは我関せずだった。
「それで、出てきたのは良いけどどうするの?」
「どうやら魔獣の素材が楽器やら筆やら、そういう道具に加工するのが人気らしくてな。とりあえず依頼屋行って、なんか受けて狩ろう」
「へぇーいいね。可愛いだけじゃないとこ久しぶりに見せないと!」
「烏滸がましい」
「なんでそういうこと言うの?」
あんまりな即答にクレアも真顔になる。
ブルはさも当たり前かのように返す。
「可愛いとはウルだけに相応しい」
「言うと思ったよ…ちなみにルナ姉は?」
「あいつは…美人だろ」
若干照れくさそうに言うブル。
にやぁっとクレアの口角が上がる。
「ルナ姉は美人なんだぁ。じゃあ私は?」
「クソガキ」
「滅さなきゃ」
「おお、可愛がられたいらしいな」
「そんなふうに可愛がられたくないんだけど」
この即答にまたもクレアは真顔になる。
すぅっとメイスに手が伸びる。
が、ブルの一言に戦意がみるみる萎えていく。
町中でボコられたくはないかなぁ、と。
「待て!そこの男!」
クレアがブルと対峙しつつ、大人しく依頼屋に行こうかと考えたとき、クレアの前に躍り出る誰か。
「え」
「このような可憐な少女に何をするというのだ」
「あ?そりゃお前、可愛がりだろ」
それは捉えようによってはとんでもないのでは?
クレアは素直にそう思った。
「この下衆めが…性根叩き直してやる」
「あ、ちょっと待ってよ」
「可憐な少女よ、少しお待ちくだされ。こいつを更生させますのでな」
「あっ駄目だ聞いてくれないやつ」
クレアは早々に諦めた。
やり過ぎないようにブルに視線を送る。
「ん?あぁ、見取り稽古か。任せろ」
違う、そうじゃない。
何ひとつ安心できない勘違いした任せろという言葉に、激しく首を振るも止まりそうにない。
クレアはルサルナに怒られる事を覚悟した。
「参る…!」
そして男が動く。
滑るような動きでブルとの間合いを詰める。
流れるような拳打はクレアなら避けるのがやっとか。
ブルはスルスルと躱し、時折見事に捌いている。
思った以上にすごい。
男の実力も高いし、ブルがあんなにきれいに捌くとは。
思わず見惚れるクレアに、周囲の野次馬。
飛んでいた野次が瞬く間になくなり、固唾をのんで見守るようになる。
「貴様、その実力があれば皆に貢献出来るはず…なぜこのような下らんことに!」
「俺は俺の好きなようにする。いちいち知らねぇ誰かを助けてられるかよ」
「……そうか、仕方なし。本気で叩きのめしてやろう」
「なら、俺も見せてやろう。クレア、一対一での必勝法を見せてやるよ」
「…え?あ、うん。どうぞ」
話はいいから、早く続きを。
クレアだけでなく、野次馬全てが思っていた。
「すぅー…ふぅー…」
男とブルが互いに構える。
男は呼吸とともに力を練り上げている。
一方のブルは構えを解き、だらりと両手を垂らしている。
男の圧が強まる一方、ブルからは不自然な程に何も感じない。
野次馬もクレアも、音をたてられない。
この勝負を邪魔してはいけないという、奇妙な一体感があった。
静かな空間に誰かの生唾を飲む音が響く。
それを合図にしたかのように、男は目を見開き前に出る。
まるで消えたかのような速度。
しかしクレアの目は捉えていた。
ブルの懐に潜り込んだ男の、寒気がするほどの正拳突き。
クレアの目は確かに当たったように見えていた。
「な!?」
「え!?」
男とクレアの驚きの声が重なる。
確かに当たったように見えた拳はブルに掴まれ、脇に逸らされている。
「これが一対一の必勝法だ」
ブルは言うや否や、驚き硬直する男を
まるで枝を振るように大の大人を振り上げたブルは、その勢いのままに地面に叩きつける。
「がっ!」
「これは多人数でも有効なんだ。今のこいつは俺の武器であり、盾だ」
抵抗する男をもう一度叩きつける。
案外元気で頑丈である。もう一度。
「ちょっ!止まって!お願いだから!!」
「おっと、すまんな。一、二回見せれば十分だよな」
「…?私の認識がおかしいの…?」
はっとしたクレアが慌てて止める。
ブルから返された言葉に、空の果てを眺めるような気分にされかけたが戻ってくる。
「はっ、そんな場合じゃない!あんた大丈夫!?」
「おぉ、天使が迎えに…吾輩は間違ってなかった…」
「大丈夫じゃん。心配して損した」
三回叩きつけられたにしては大した怪我もなく、元気だった。
クレアは唾を吐きかけたのをなんとか我慢した。
「とりあえず依頼屋行くか」
「一応これも持って行ってよ」
守ろうとした者をこれ扱いとは。
野次馬達はどっちもヤベェやつということを認識した。
それはそれとして、この後すぐ、今の戦いが脚色されたものが演劇にて人気になる。
既に巷では微笑ましい親子の絵が売られている。
ここの住民は、大概たくましいのであった。