姿を表した魔獣は形は確かに巨大な鼠だが、あまりに醜悪だった。
大きさも場所も不規則な多数の目、てらてらと液体に塗れた身体、体中にある大小様々なイボのようなもの。
イボは時折脈動するように蠢いている。
「うぇぇ…」
その姿にウルが小さく呻く。劇的な反応を起こすブル。
「ウル、兄ちゃんがあのキモいの一瞬でぶっ潰してやるからな。ほんの少しだけ離れてくれるか?」
「ほんとにすこしだけ?」
「あぁ、ほんの少しだけだ。」
渋々と背中から降りるウル。優しく頭を撫でるブル。
ちょっと時と場合を考えろよ、とハスタは思う。わざわざ距離を置いて隠れてんだぞ、とも。
「さて、と。」
どう攻めるかとハスタはブルの方を見る。ウルしかいない。ギョッとして魔獣の方を見る。
「てめぇウルを怖がらせやがってぶっ潰してやる!!」
凄まじい速さでかっ飛びながら叫ぶブルがいた。
一直線に魔獣へ近づき金棒を振り上げ
「死に晒せクソ害獣がぁ!!」
響き渡る轟音、衝撃。びちゃびちゃぱらぱらと何かが降る音。
とっさにウルを庇うように動いていたハスタは目を疑った。
魔獣、半分くらい吹き飛んでない…?
ウルはキラキラとした目でブルを見ている。
ハスタは遠い空の彼方を見始めた。
確かに城塞くらいなら吹き飛ばしそう、とハスタは目の前の出来事から目を背けていた。
現実逃避中
現実に嫌々帰って来たハスタはノロノロ動き始めた。キャーキャーはしゃぐ非常識兄妹を尻目に。
魔獣に含まれる魔核と呼ばれる玉を探し、倒しましたと証明するために尻尾を切り取り、やっぱり我慢できずにはしゃぐ兄妹、ブルの方に仕事しろと雷を落とした。
男2人、間に少女。3人並んでの帰り道。少女は2人と手を繋ぎ、ぶら下がって遊んでいる。
「こんな常識外れなやつ初めて見たぜ…」
「言っただろ?城塞でも相手になんねぇって。」
「ちょーかっこよかった…!」
ウルの兄ちゃんはすげぇだろ?ちょーすごい!きゃいきゃいと騒ぐ兄妹。
“とりあえずウルちゃんを味方につけよう、そうすりゃこの猛獣も害はないだろ、物理的な”と考えるハスタ。大体合ってる。
「おいブル。」
「あぁ。ウル、離れんなよ?」
「ん」
ゾロリと森から出てくる人影、3人を取り囲む。
おもむろに1人進み出る。包帯だらけの顔面。
「よう、クソ野郎。昨日のお高い一発のお礼に来たぜ。」
「こんにちは、あんたのお陰で運命に会えたんだ。心から感謝させてくれ。」
ブルの澄みきった瞳を見て、ハスタは慄いた。
このイカレ野郎、本気で感謝してやがる。意図せず高度な煽り方をしている、と。
ウルはなんとなくブルの背中によじ登った。多分、ここが安全だと。
「てんめぇ…訳の分からんことを…!」
人攫いは憤っている。そして
「てめぇを半殺しにして、目の前でその糞ガキ犯して殺してやる!」
言ってしまった。ハスタはそろりとブルを見る。無表情。
先程の澄みきった瞳は濁りきり、何も映してないように見える。
ハスタは天を仰いだ。
あぁ神よ、俺はそんなに悪いことをしましたか…?
ハスタが神に問いかけていると、ブルが話しだした。
「ウル、しっかり抱きついて、いいって言うまで目ぇ閉じとけ。音は…我慢してくれ。」
「ん」
「ハスタ、出来ればここからちょっと離れてくれ。」
あぁ、あんな表情でも、あんなに優しい声が出るんだな、とハスタは思った。思いつつ全力で駆け出す。
ウルの心配はしていない。アレの背中は何よりも安全だから。
「了解!」
ハスタはするりと風のように囲みの間を抜けて行った。一瞬呆然とした人攫い達は直ぐに気を取り直し、ニヤニヤと笑い出す。
「おい包帯。」
「あ?なんだぁ?今更命乞いかぁ?」
「お前、今から俺の武器な。」
ハスタはある程度離れたところから様子を見ていた。流石に砂粒程度には心配があったのだ。
が、瞬きのうちに心配は消え去った。
ハスタは震える体でどうにか見ていた。
包帯の男がまるで武器のように振り回される様を。盾のように扱われる様を。
悲鳴と断末魔が重なり、数回呼吸する間に減っていく。
絶対にウルちゃんを味方につけよう。
そう決意を固めているうちに、残りは1人になっていた。
残された最後の一人は恐怖のあまりへたり込んでいる。声も出ないほどに。
ブルがゆっくり近づいていく。一歩、一歩と。
その手には変わり果てた包帯の男。
男は弾かれたように悲鳴をあげ、駆け出す。
もう絶対にこんなことしない!泥水啜ってでも!
そう考えた男が駆けながら振り返ると、もはや原型を留めていない包帯の男を振りかぶる男が見え、瞬きの間にぐちゃぐちゃになった包帯の男が目の前にいた。
お互いが砕けるほどの熱烈な抱擁を見届け、ブルはウルに声をかける。
「ウル、ちょっと周りがばっちぃからまだ目ぇ閉じといてくれな?」
「ねぇ、にぃ」
「どうした?」
「ありがと」
「あぁ、どういたしまして。」