「さて、落ち着いたところでアレについて話しましょう」
「あの黒いのは初めて見たな」
「おばけ?」
「お化けって言っていいのかしら…?」
諸々の処理も終わり、一息ついたところでルサルナが切り出す。
クレアはよほど怖かったのか、それとも恥ずかしいのか、ルサルナにひっつくように毛布にくるまっている。
「アレ殴れなかったぞ?」
「殴れなくてもおかしくないわ。だってアレ、魔力の塊みたいなものだから」
「魔法は散らせるんだが」
「それは魔力を他のものに変換しているからよ。純粋な魔力そのものだと流石に出来ないはず…」
ルサルナは言いながら思った。
このお馬鹿にそんな常識が通じるのかと。
「じゃあお前はどうやったんだ?」
「私も偶然というか、普通に魔法を使っただけなんだけど…アレの近くで魔法を使うと、アレの魔力ごと魔法に変換されたのよね」
「つまり、魔法か?」
「魔法ね」
魔法使えねぇ…と落ち込むブル。天敵現る。
ブルが倒せないらしい敵にウルの目が輝く。
「にぃ、わたしがにぃのかわりにたおしてあげる!」
「うぉっ、ウルが眩しい…これが、後光か…!」
「恐らく魔法が使えれば倒せるからね。それにウルなら感知も出来るだろうし」
どやっとブルの膝の上で胸を張るウル。ブルが尊さに目をやられている。
ルサルナの言葉にもそもそと反応するクレア。
「魔法で倒せる…?」
「多分ね。感知は…頑張って練習なさい」
「お゛ぁ゛ぁ゛…」
クレアは魔力の操作が甘かった。
ある程度出来てしまっていたために、今更地味な魔力操作の訓練などやる気がなかった。
目の前に暴力の化身とも言える男がいたため、そちらに憧れたということもある。
しかしそんなことは言っていられない。
いつあの黒いのに襲われるか分からないのだ。
たまたま一体だけアレが生まれたとしても、既に会ってしまった。
感知できなければ、これからずっとあの黒いのに怯える事になってしまう。
クレアは真面目に訓練することを決意した。
「そういやよ、急におかしくなったって言ったよな?アレがそういうこと出来るのか?」
「それは…分からないわ。精神に関与する魔法なんて知らないから…」
「魔法は専門外だ…皆混乱してたから、一人おかしくなったんじゃなくて皆おかしかったのかもしれん」
獣人が話に入る。
恐怖心が消えないのか顔色は悪く、時折キョロキョロと辺り見回している。
「まぁ気づいたら近くにいて、殴ろうにもすり抜けるんじゃビビるわな」
「にぃもびびった?」
「にぃは最強だからな、あんなんじゃビビらねぇ」
「思いっきりマジかよって言ってビビってたじゃない」
「び、ビビってねぇし」
「にぃ…」
ちょっと見栄を張ったブルにルサルナが突っ込む。
毛布にくるまったクレアもビクリと体を震わせている。
ウルがちょっとだけ呆れた目を向けている。
「にぃがびびってても、わたしががんばるね」
「ふぐぅ…」
ウルの慈愛に満ちた眼差しと言葉に、ブルの目から汁が零れそうになる。
何よりも痛手となるのは無垢な言葉。
たまらずウルを抱きしめ誤魔化すブル。
それらを横目にルサルナが続ける。
「まぁ私かウルなら感知できるし、倒すのならブル以外でどうにか出来るし、とりあえず次の都市まで急ぎましょう。あなたはどうする?」
「すまないが連れて行ってほしい…金は払える分払う」
「そう、じゃあそうしましょ。一応、働いてももらうけど」
「助かる…」
獣人も少しホッとした様子。
ブルの身のこなしとルサルナの魔法は実際に見たので実力は疑うまでもない。
何とか安全を確保し少しだけ恐怖が和らぐ。
強そうな男は目の前で幼子に泣かされ、女の子は毛布にくるまったまま丸くなっているが、やるときはやるんだろうと。
とりあえず動かない二人に変わって馬車を引っ張らされ、野営の準備も大半やらされた獣人である。
翌日、ルサルナはげっそりしていた。
夜の見張りをウルに任せるわけにもいかず、一晩中見張りを続けていた。
魔力感知を用いた見張りのため、疲労度は増している。
黒いのに対して役立たずのブルは干した果物やらを渡し、少しでも機嫌を取ろうとしている。
ウルは日中であればと張り切っている。
「明るいとこなら目立つはず…明るければ…」
ブツブツ言っているクレアの後ろに忍び寄るウル。
「ウルちゃん!バレてるよ!」
「わぁ!」
バッと振り返るクレア、驚くウル。
ワチャワチャとはしゃぎ始める二人。
「…お願いね、本当に。そっちのあなたも」
「任せろ」
「あ、あぁ…」
大丈夫かちょっと不安なルサルナだが、やるときはやるだろうと少し休むことにした。
にこにことウルとクレアを眺めるブルにも不安を抱きながら。
獣人もキャッキャとはしゃぐ子供二人と、強いのだろうがなんか頼りない姿ばかり見せるブルに不安が湧き上がる。
一部不安を抱えながら、また進み始める。
「あはっ!やっぱり触れるっていいよね!」
「殴れることに感動するなんてな」
「えぇ…」
獣人の物理的な不安は案外すぐに解消した。
震えていた女の子もなかなかの実力で、男に至っては人か疑わしいほど。
素早い動きで敵を仕留める動きは感心するもので、もう少し年を重ねればかなりの実力者になるだろう。
男の方は…ちょっとよく分からない。
轟音が響けば魔獣は潰れ、地面に割れ目が走る。
速度と攻撃力に全ツッパしたその姿に、獣人は考えるのを止めた。
とりあえず、安全が保証されたことは理解できた。