なんかよくある話   作:天和

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何が安全かという話

 

「んで、例えば魔獣の動きがこうだったとしてな」

「ふむむ」

 

馬車の後ろ側にいる獣人の男、その名をカニス。

暇潰しの会話からクレアが伸び悩んでいることを知り、お節介を焼いている。

 

馬車を何食わぬ顔で引く男にはもう慣れた。

 

実は戦闘において魔法も交えればクレアの方が一枚上手なのだが、近接のみとなるとカニスに分がある。

 

伸びしろがある美少女に、今のうちから恩を売っておこうとは少しだけしか考えていない。

 

そうして教え教わりながら、周囲の警戒も怠らずにいた二人は馬車が止まったことに気づく。

 

「どしたのー?」

「何かあったのか?」

 

魔獣などが襲撃してくる様子もなく、ウルが警戒しているために黒いのが近づいても分かる。

馬車に何かあったわけでもないのに止まったことに訝しむ二人。

 

「静かにしろ…緊急事態だ」

 

ブルから発せられた小さな声に緊張感が高まる。

身構え、周囲をより警戒する二人に続けてかけられる声。

 

 

「ウルがおねむだ」

「…マジ?」

「大マジだ」

 

冷や汗をかきながらクレアが聞き返す。

同じく冷や汗をかくカニス。

 

そろそろと警戒しながら前に回り込む二人。

その視界に、ブルに抱かれながらすやすやと眠るウル。

 

張り切って魔力での警戒をした結果、早々に疲れて眠ってしまったのである。

 

「お、おいおい…その嬢ちゃんと休んでる姉ちゃんだけだよな?アレに気づけるの」

「そうだな」

「寝かせてる場合じゃねぇ!起こさねぇとむぐっ」

 

たまらず声が大きくなるカニスの顔面を鷲掴みにするブル。

その表情はまるで鬼。

 

「声がでけぇ。ウルが起きたらどうすんだ」

「んん!」

「いいか?子供はよく食べ、よく遊び、よく寝るもんだ。寝る子は育つのに邪魔すんじゃねぇ。暫くは目視で、死に物狂いになって警戒しろ」

「お兄さん、それじゃ返事も出来ないよ」

「あ?あぁそうだな」

「かはっ、なんなんだよぉ…」

 

開放されたカニスは困惑している。さもあらん。

クレアはいつも通りウル最優先の姿に慣れたもの。

 

 

ここの序列はいつも、雲の上にウルがいるのだ。

 

 

 

「なんだってんだよ、あいつおかしくねぇか?」

「おかしいよねー。まーウルちゃんが一番だから」

 

後ろに戻り、小声でクレアに話しかけるカニス。

それにおざなりに対応するクレア。

 

クレアはふと思う。

 

ブルは猪の渾名を付けられていて、猪といえば相当にヤバいやつで有名である。

大体有名な人物はある程度の容姿も語られるものである。

 

クレアはそういうのに興味がないため知らなかったが。

 

とにかく、狩りや戦いに身を置く者であれば気づく人も多そうなのだが、ブルはあまり気づかれない。

少し不思議に思ったクレアはカニスに聞いてみる。

 

「ねぇ、話変わるけどさ…お兄さんのこと知ってる?」

「はぁ?知らねぇよ。ヤバいやつなのは分かるが」

「じゃあ猪は?」

「そいつは知ってる。ぶっちぎりのイカれ野郎だろ。なんでも味方だろうが女子供だろうが血祭りにあげて、町だろうが森だろうが全て荒野に仕立て上げる野郎だとか…」

「噂があんまり間違って無い…!」

 

クレアは戦慄する。

噂とは往々にして誇張されて伝わるもののはずなのに、あながち間違っていないことに。

 

実際に大きな闘技場の大半を瓦礫の山にしたのを見ているし、聞いた話ではクレアがついていく前にも町の一部を更地にしている。

老人の話では広大な森も半分ほど耕したとも。

 

女子供まで血祭りにはしていないが、邪教の村では男女平等にぶん投げぶっ叩いていた。微塵の容赦もなく。

 

恐らくウルに会う前であれば、とりあえず皆殺しにすっかと軽い感じでやっていたのだろうとは思う。

 

後、クレアは忘れていない。

顔面すれすれで投げられた石を。

もしかしたらクレアの頭を吹き飛ばしていた投石を、クレアは忘れていなかった。

 

「後はまぁ…見上げるほどの大男だとか、どんな赤子も泣き止む悪鬼のような見た目だとか…そんな感じか」

「い、いやまぁ、大きいけどね…赤子は下手したら泣き止むかも…」

 

もにょもにょとクレアは口籠る。

様子のおかしいクレアを訝しむカニス。

 

「というか急になんだよ。急に猪のはな、し…」

 

カニスは気づく。

猪の武器は主に鈍器であり、そして韋駄天の如き速さと鬼のような怪力を持っているという話がある。

 

ブルは目にも止まらぬ速さで駆け、片手に幼子を抱えながらもう片手で馬車を引っ張っている。

先程は魔獣を金棒で殴り殺しており、それも地面を裂くほどの一撃である。

 

そして先程自分の顔面を鷲掴みにしていた時の表情。

あの表情であれば、泣き叫ぶ赤子も身の程を知って泣き止むだろう。

 

つまり、前で馬車を引っ張る男が、あの噂のヤバいやつなのだろうと。

 

 

 

 

「あわ、あわわわ…」

「あぁ!大丈夫だから!」

 

 

途端に震え始めるカニス。

青くなり、ガチガチと歯の根が合わない。

 

慌てて宥めるクレア。

優しさというより、役立たずにしてしまうと自分の負担が増えるためである。

 

「いい?とりあえずあんたはウルちゃんの機嫌を取っておけば大丈夫だから。ウルちゃんに媚び売っとけば何とかなるから」

「は、はい…分かりました…」

 

カニスが借りてきた猫のように大人しくなり、何故かクレア相手にも下手に出始める。

 

「あ、でもウザがられたら、最悪コレかも」

 

ちょっと面白くなってきたクレアが首を斬るような動作をする。

さぁ…っと、また血の気が引くカニス。

 

「おい」

 

いつの間にか馬車が止まり、ブルが後ろ側にきていた。

腕に抱くウルは、いつの間にか毛布に包まれている。

 

「ひえっ…」

「はい!」

 

クレアから悲鳴が、カニスから良い返事が飛び出す。

 

「静かにしろようるせぇな。…もし、ウルの機嫌を損ねたら、こうなる」

 

おもむろに手に持っていた小石を握るブル。

形容し難い音がなった後、開いた手から粉々になった小石がさらさらと零れる。

 

「喋るにしても小声で、後は死に物狂いで警戒だ…いいな?」

「はぁい」

「はぃ…」

 

満足そうに頷いたブルが前に戻っていく。

 

「とりあえず、警戒しよっか」

「はぃ…」

 

クレアはまぁ死にはしないだろうと警戒に戻る。

カニスは恐らく本当に己の頭がそうなるのだろうと、冷や汗が止まらないままに警戒に戻った。

 

 

 

一人で何とか最寄りの都市まで行くか、一緒についていくか。

 

どちらの方が安全なのか、カニスには分からなくなっていた。

 


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