誤字報告感謝です。
翌朝、ルサルナは起きぬけに酒の臭いが部屋に充満していることに気づいた。
臭いのせいか酷く寝苦しそうなウルが目に付き、慌てて窓を開ける。
少し冷たい空気が流れ込み、換気されるとともにウルとクレアが仲良く毛布の下に消えていく。
「さて…とりあえずこれをなんとかしなきゃ」
ルサルナの視線の先には、生気をまるで感じないブル。
呼吸していなければ生きているのか疑わしくなるほど。
閉じたはずの目が開き、再び白目を露わにしていることが怖気を誘う。
ため息を吐き、大きく体を伸ばしてから、ルサルナは動き出した。
「俺の全てに…命より大事なものに…酒のせいで…」
「はいはい、一時的なものだから落ち込まない。それに次からお酒を飲まないだけで済む話でしょ」
「酒なんぞを生み出した愚かな人類にあらん限りの絶望を与えて根絶やしにしてくれる…」
「ボソボソと怖い事言わないでよ。自業自得でしょ」
ルサルナに手を引かれるがままに歩くブル。
この世の何もかもを呪っている。
呆れ顔のルサルナは洒落にならないと思いつつ、町の外にグイグイと引っ張っている。
「はい、じゃあ環境を壊さない程度に動き回って汗をかきなさい。それからしっかり体を洗えば臭いはずっとマシになるはずだから。水もしっかり飲むのよ?」
「はぃ…」
「よろしい。じゃあ頑張って。私はウルとクレアの面倒見ておくから、早めに戻ってきてね」
「はぃ…」
言うだけ言ってゆっくりと去っていくルサルナを見送るブル。
しばしルサルナの後ろ姿を眺め、
「汗…とりあえず汗をかけばいいのか……狩るか」
先の発言からして不穏な言葉を呟くブル。
汗をかくだけならば町の周りを走らせれば良かった。
何も魔獣相手に暴れさせる必要はない。
ルサルナはひと暴れすればスッキリするだろうと考えたが、それがどう出るか。
金棒を引きずり、猫背で、まるで輝きのない瞳で辺りを見渡し動き出したブル。
魔獣など可愛く見えるほどに恐ろしいものが、解き放たれた。
そんなものを解き放った
チラホラと商売の準備だろうか、品物を並べる人が出始めている。
何か良いものはないかと、宿に戻るついでに見て回ることにしたルサルナ。
その視界の端に乱雑に酒場から放り出された人達が映る。
「何してるのよ…」
その中に土やら何やらで汚れたカニス。
ルサルナはその存在を今やっと思い出した。
どうするか思索するも、ものの数秒で見なかったことにした。
自分では引き摺れないし、何よりちょっと汚かったから。
そうしてルサルナが見て見ぬふりをしている頃。
がりがりと金棒を引きずる幽鬼のような男、ブルは獲物を感知した。
ゆっくりとその方向に向き直ったブルは、これまたゆっくりと歩き始めた。
その歩みは迷いなく、真っ直ぐに魔獣へ向かう。
木があればへし折り、茂みを引き裂き、岩を粉砕し、その度に速度が増していくのはもはや悪夢か。
魔獣すらもあまりのヤバさに正反対へ駆け出そうとするも、既に遅い。
魔獣の半身を叩き潰すように振り下ろされた金棒は、抵抗などないように地面ごと割り裂いた。
ふしゅぅ…と息を吐いたブルは返り血などをそのままに、また歩き出す。
がりがりと金棒を引きずりながら。
「にぃかえってこない…」
「まぁ…もう少しかしらね」
ウルのお腹の鳴き声が昼飯時を告げている。
今日も今日とて可愛らしい鳴き声である。
昨日の発言は夢とともに忘却しているウルは、ルサルナの膝の上でブルがいつ返ってくるのかそわそわとしている。
ルサルナもクレアもウルが臭いと言ったからだ、とは言えない。
寝ぼけていたとして、それを馬鹿正直に伝えれば泣き出しそうなために。
それに恐らくブルが戻ってくれば謝るだろうことは容易に想像できる。
それは多分、ブルの傷を抉ることになってしまう。
言わないほうが良いこともある、そう二人して思っていた。
「ほら、とりあえず何か食べましょう?」
「じゃーお肉かな!」
「却下よ」
「わたしも」
「えぇー!?いいじゃん食べようよー!」
ウルと手を繋ぎ、クレアに纏わりつかれている姿は見た目も相まって非常に華やか。
周囲の人の目を引き寄せながら、三人は町を歩く。
ずちゃ…っと粘りっぽい音をたて、金棒が引き上げられる。
周囲には小動物の一匹も存在しない。
あまりに悍ましい存在感に、全ての動物が接触すればこの世から送りされてしまうと感じた結果だった。
風すらも恐れ慄いたか、そよりとも吹かない。
既に体は燃えるような熱量を発している。
汗か返り血か…もはやよく分からないが、そろそろ良いかもしれない。
が、帰るにも軽く流しておいたほうが良いかもしれない。
ブルはそう思い、金棒を肩に担ぎ上げ、水場を探して歩き始めた。
ぽた、ぽた、と金棒から血を滴らせながら。
ブルが去って少しして、近くの茂みががさりと揺れる。
出てきたのはシャルとジェロ。
二人とも雨に振られたかのように濡れている。
全て冷や汗と脂汗である。
「ぷはぁ…ちょっとあれヤバい。魔獣よりヤバイよ、あれ。あんなのと対峙して良く生きてたね」
「うむ…吾輩、命あることに感謝しておる…」
ブル一行が移動したことを知り、追いかけるように動いた二人はちょっと後悔していた。
「どうする?あれに娘が欲しくば俺を倒してみろ、とか言われたら」
「…吾輩はその程度で怯まぬ。そういうシャルこそどうなのだ?」
「声震えてるよ。まぁ…私もウルちゃんのためなら、余裕でいけるけど?」
「膝が震えておるぞ」
取っ組み合いを始める二人。恐怖の余韻か、二人とも上手く体が動いていない。
「とりあえず、町に行くか?吾輩は足が進まぬ…」
「いや、僕もだよ。でもしっかり休みたい。鉢合わせしないようにしようよ」
「そうであるな」
不毛すぎると互いに手を止めた二人は、震える体に鞭打ち歩き出す。
これからどうするか、悩み時である。
ちなみにブルは誰かが隠れていることは勿論分かっていた。
一応、人を襲わない程度の理性は残っていたために何もしなかっただけである。
もし敵意や害意があればその限りではないが。
日が暮れ始めた頃、宿屋。
「あ!にぃ!」
「やっと帰ってきたね」
「おかえりなさい」
飛び付くウル、感極まり声も出ないブル。
まるで生き別れた家族との再会のよう。
少しして、洗ったとはいえ汚れているためにウルを引き離された。
ブルの慟哭は町中に響き渡り、新種の魔獣やら、恋人を殺された亡霊の叫びだといった噂話が広がることになった。