噂であれこれ言われていようとも、結局は噂。
噂というのは、大抵元となった出来事に尾鰭が付いたものである。
しかし稀に、尾鰭も何もないものや、尾鰭を付けてやっと元の出来事に追い付く噂もある。
人は往々にして、聞いただけで分かったつもりになるが、時には自ら体験することも重要なことである。
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青い空、爽やかな風。
きゃっきゃと笑い合う二人のお子様。
穏やかな笑顔で眺める男と、顔まですっぽり隠した人物。
はしゃぐお子様はウルとクレア。
眺める不審者気味の二人はブルとルサルナである。
聞いたことがない甘味品が売っており、それを買うためにウルとクレアが売り場の列に並んでいる。
ブルはウルに、買ってきてあげると言われて喜々として待っていた。
日々成長するウルに、感涙にむせんでいる。晴れやかな天気にも関わらず、穏やかな笑顔に雨が降っていた。
ルサルナは単に目立ちたくないからである。甘味品には興味津々。
そうして待っている二人に近づいてくる小柄な姿。
「やっぱり、あの人だよ。ほら、これそっくり」
「そうね!片方は顔が分からないけど、きっとそう!」
ルサルナは聞き覚えのある声に今すぐ逃げ出したくなった。
逃げ出したいが、ブル達を置いていくわけにもいかない。
「すいません、魔王の懐刀で合ってますか?」
「魔王の守護者ですよね!」
ずいっと近づいてきた二人。
金髪と紫石英のような瞳がそっくりな少年少女である。
魔王と聞いて何となく察したブルだが、懐刀と言われていることは知らない。守護者も。
「いや、知らねぇ。初めて聞いたんだが」
「え…でもこの絵そっくりなのに…」
少女は否定されて急激に勢いを失うも、手に持っていた額縁をブルに見せる。
そこにはルサルナが誰かを踏みつけ、その脇にブルが控える姿が描かれている。
「へぇ…見事なもんだな、そっくりだ」
「で、ですよね!」
「ぅ゛っ゛」
そっくりどころか本人なのだが、ブルは素知らぬ顔。
横ではまさかの絵画登場に精神の傷が開いたルサルナ。
「横の方は魔王ですよね!顔は隠しててもあなたがいるし!」
「ルナ、お前魔王だってよ」
「そそそうなん、なんだしし、知らなかったわぁ!」
「めっちゃ動揺してますね」
昨日は素知らぬ顔で対応していたルサルナ。
致命の一撃を受けて動揺を隠せない。
あまりの動揺っぷりに少年が思わず突っ込む。
「嬢ちゃん、良いこと教えてやろうか?」
「良いこと!?なんですか!?」
「話逸らされるよ?いいの?」
半端ではない動揺っぷりに、ブルが時間稼ぎを図る。
良いことと聞いて、とてもわくわくしている素直な少女。
少年はあまりの容易さに呆れている。
「知っていた方がいい、だが怖い話だ…それでも聞きたいか?」
「っ、し、知っていた方が良いなら…」
「はぁ…」
脅すような言葉に、ごくりと喉を鳴らす少女。チョロさが溢れている。
その姿にため息しか出ない少年。
「この世にはな、嬢ちゃん。自分を含めそっくりな人が三人いるんだ」
「さ、三人?三人もいるの?…でもそれが何なの…?」
どきどきしている少女。
おちょくりがいがあるなと思っているブル。
「そのそっくりさんは本物を探しているんだ」
「探す…?どうして?」
「自分が本物になるためだ」
「本物に…」
既に何となく先が読めている少年。
やたらとビビる少女を冷めた目で見ている。
「本物になるためには何が必要か、分かるか?」
「な、何が必要なの…?」
純にすぎる少女。
「それはな…お前を喰らうことだぁ!!」
「ひぅ!?」
驚きすぎて、ぺたんと尻もちをつく少女。
大きな声で脅かす古典的な方法に、それはもう見事に引っ掛かっていた。
あまりにもチョロすぎる姿に天を仰ぐ少年。
「こんなに驚くとは…ウルには話せんな」
「ふぇぇ…こしがぬけちゃった…」
「大丈夫?その、悪いけど頭の方ね」
ウルに話そうと思っていたが、反応が良すぎて止めようと考えるブル。
もし話していたら冷めた目で見られるだろう、これは英断である。
涙目で立てない少女を心配する少年。ただし頭の方。
「まぁ脅かしたが何が言いたいかというとだな…教えてくれたお陰で、俺はそいつを警戒出来るわけだ。お前は命の恩人だ。これをやるから宿に戻って食べな」
「え?あれ?えっと…どう、いたしまして…?」
「僕は君が生きていけるのか心配になるよ」
焼き菓子を手渡され、よく分からないまま帰らされそうになっている少女。
頭の上には疑問符が飛び交っている。
本気で心配している少年。頭の方であるが。
「じゃあな嬢ちゃん。また今度」
「ちょっと!わざとこの子にぶつかったでしょ!」
「ああ!?知らねぇよ!小せぇのにウロチョロしてっからだろうが!」
少女が理解する前に帰らせようとしたブルだが、売り場の列の奥からいざこざの声が聞こえてきた。
クレアと男の声である。
ブルは一瞬で状況を把握した。
クレアがこの子と言っているのはウルのことだろう。
息苦しくなるような圧とともに立ち上がるブル。
少年少女は驚きの変化に顔が引き攣っている。
「悪いな、用事が出来た。ルナ、行くぞ」
「…えぇ」
背景と同化することに努めていたルサルナも、非常事態に気持ちを入れ替える。
ウルとクレアの身の危険というより、都市存続の危機である。
鬼の出現に人の波が割れる。
誰であろうと、バチクソにキレている奴には関わりを持ちたくないものである。
「誠心誠意真心込めて謝罪しないと、赤ん坊からやり直すことになるよ…!」
「誰がチョロチョロしてるガキに謝るってんだ?チビはチビなりに気をつけて…」
「ぁ…にぃ…」
「ぅ…鬼ぃ、さん」
赤い血が通っているのか心配になるほど青い顔になるクレア。
言葉の意味が違うように聞こえてしまう。
異変に気づいた男の声が止まる。
「どうした?続けてみろ」
「ぉ、あ…」
男は空間が歪んで見えるほどの圧迫感を感じていた。
立っているのか、倒れているのか分からなくなっていくほど。
よろめき、尻もちをついた男をブルが見下ろす。
「おいおい、随分とまぁ…小さくなったなぁ。小さすぎて踏み潰しても分かんねぇぞ?」
「あがっ…!」
胸元を軽く踏みつけ、地面に押し付けるブル。軽くの基準はブル本人である。
つまり、半端ではない。
「うちの子が世話になるなぁ。それで?チビはチビなりに…なんなんだ?」
痛みと恐ろしさで声も出せない男。
みしみしと軋む音が響き始める。
「ちっ…
「かはっ、やめ…」
一度足を上げるブル。足を下ろす位置は胸元から、頭へ。
「にぃやめて!」
「待ってー!!」
足を下ろす寸前、二つの小さい塊が勢い良くブルにぶつかりにくる。
ウルと先程の少女である。
少女はどうでも良いとして、ウルを避ける訳にはいかない。
ウルをしっかり抱きとめた結果、赤い花は咲くことなく、舗装された地面を砕くだけに留まった。
少女は片足のくせに根でも張ったようなブルに跳ね返されていた。
「にぃ、わたしだいじょうぶだから」
「ウル、でもな…いや、大丈夫なら良い」
ぎゅっと抱きしめる姿は感動的にすら思える光景だろう。
足元の泡を吹く男と砕けた地面がなければ。
目を回している少女は少年に介抱されている。
巻き込まれないように遠巻きに眺めていた傭兵達は、やはりヤバい奴であることを再認識した。
ウルを見るときの穏やかな笑顔は本心からのものであるため、実際に見ても判断が付かないところであった。
死にかけた奴は不幸だが、そのお陰でヤバいままだと確信を得れたのだ。
百聞は一見にしかず。
百回話を聞いたところで、一目見ることには及ばない。
大事なことは、やはり実体験である。