「あのー、感動的?なところ申し訳ないんですけど…」
ウルをしっかり抱きしめるブルに声がかかる。
そちらに視線をやると、目を回した少女を介抱する少年。
「おう、気をつけて帰れよ。俺は今、愛が溢れて仕方ないんだ」
「常日頃よね」
「入れ物がお猪口じゃん」
「いやあの…」
「はっ…あれ?」
都市壊滅には至らないと分かった途端、余裕を取り戻したルサルナとクレア。
ため息を吐くように突っ込みを入れている。
お子様厳禁な場面になりかけたにも関わらず、平然とした様子に困惑している少年。
少女が混乱から抜け出し、きょろきょろと辺りを見渡し、その視線がブルに向く。
「…あ!そうよ!やっぱりあなた魔王の仲間じゃない!」
「ん?あぁまだいたのか。帰ってからゆっくり食べるんだぞ」
「あ、うん、ありがとう…じゃなくて!直ぐに手を出す暴力性!いとも簡単に手にかけようする残虐性!やっぱり魔王の仲間でしょ!」
「出したのは足だが」
「へ?…う、うるさーい!!」
雑にあしらうブルに、顔を真っ赤にして喚く少女。
止めとけ!そいつは女子供でも容赦はしないぞ!
息するように蹂躙する奴だ!止めときな嬢ちゃん!
女の子だろ!犯されるぞ!
わーわーと遠巻きに静止する傭兵達。
いつの間にか町民も傭兵もかなり距離を取っている。
ウルは以前のことを思い出したのか、むっとした顔。
じたばたと動き始め、ブルの手から逃れる。
「おお?ウル?」
「どうしたの?あいったぁ!」
突然のウルの行動に困惑するブルと少女。
少女が思わず手を伸ばすが、バチっという音とともに弾かれる。
ウルの体から漏れ出るように流れた電気が原因である。
その様子を見て、以前も似たことがあったことをブル達は思い出した。
都市リロイでのことである。
色々あって都市にブルの悪い噂が広まり、ウルが激高し暴れかけたことがあった。
その時にはウルに触れるものがどんどんと凍っていき、爆発すれば氷の彫像がたくさん出来上がっていたことだろう。
ブルの燃え盛るような愛の前に抑え込まれたが。
今回は触れるのにも苦労するような状況になっている。
涙目で手を抱える少女が良い例である。
バチバチと音が激しくなってきた。
土の壁で隔離しようとしたルサルナだが、ブルと少女の位置が近すぎる。
薄い壁を作ったところで、暴走したウルに粉砕される未来しか見えない。
ルサルナもクレアも、多少の痛みは覚悟で飛びつこうと身構えたが、その前にブルが後ろから優しく抱きしめようとする。
「っ!…っ…!」
しかしウルの半端ではない出力に、ブルは筋肉が硬直し抱きしめることもままならない。
それでもなお、全てを受け入れるような穏やかな顔を維持している。
溢れる愛は電気をよく通すらしい。
が、同時に苦痛を我慢できるようにもなるらしい。
「と…止まった…?」
「快挙だわ…」
ブルですら止まる状況に、ルサルナとクレアはいっそ感動すら覚えている。
周囲の野次馬は怒れる幼子より、脳を殴りつけるような狂気じみた愛に目を奪われている。
今、この広場に動くものはいない。
激高したウルを除いて。
「ばかにするな…」
俯いた顔を上げるウル。
感情が高まり、目に涙を湛えている。
弾けるような音が最高潮に達する。
「にぃをばかにするなー!」
耳をつんざくような音とともに、溜まりに溜まった怒りが解放される。
雷が無差別に周辺を蹂躙し、ウルを中心に徐々に地面が凍りついていく。
「嘘っ!二種同時の魔法発動なんて…!」
「そんなこと、ひあっ!?言ってる場合じゃないって!!」
反射的に距離を取ったルサルナとクレア。
目にした光景にルサルナが驚嘆している横で、不格好な踊りを披露しているクレア。
うおぁあぁぁ!?
やめろ!盾にしないでくれ!?
あばば…
周囲は雷と悲鳴に満ちた阿鼻叫喚である。
本日の天気は快晴だが、ところにより大嵐であった。
数十秒の大嵐が過ぎ去り、雷の音が消える。
広場には代わりにうめき声が満ちている。
「…収まった?」
「とんだ天気雨ね」
「降ったのは雷だけど」
「あなたも、もう大丈夫よ」
ルサルナとクレアが軽口を叩く。
直ぐに土の壁を作り出し、あまり被害を受けなかったからこそである。
目ざとくそれを発見し、避難してきた少年にルサルナが声をかける。
「た、助かった…?本当にありがとうございました…」
「あなたの運が良かっただけよ」
「る、ルナ姉…あれ…」
「なに?あれって、うわっ…」
クレアが信じられないものを見たかのようにルサルナを呼ぶ。
クレアの視線を辿り、土の壁から覗いた先の光景にルサルナもドン引きする。
視線の先には、ところどころ焦げたようなブルがいた。
焦げ跡の他に服などの一部も凍っていた。
少女はそのすぐ後ろに倒れている。
こちらは遠目には焦げていたりする様子はない。
ブルは先程と変わらぬ姿勢、変わらぬ顔のまま、目を閉じていた。
おろおろして泣きそうなウルが向かい合っている。
まるで物語の一幕のような光景だ。
少し見なかった間に、ウルは恐ろしい怪物を打倒した勇者になっていたらしい。
「あれ、動かないけど…多分生きてるよね?」
「大丈夫でしょ。それに…死んでも愛に生きているわ」
「愛はそこまで万能じゃないよ…」
「アメリア…馬鹿で阿呆だけど良い子…いやただの馬鹿だったな」
死という概念があるか疑わしき男、ブル。
どんな状況においても死にそうにないという、厚い信頼を寄せられている。
隣では倒れ込む少女の冥福を祈るふりして罵倒する少年。なんだか開放されたような表情。
「るぅねぇぇ!くぅねぇぇ!たすけてぇぇ!」
限界に達したウルからの救援要請に、ルサルナとクレアが動く。
ついでに少年もついていってる。
ルサルナがウルを抱きしめ、あやす。まだちょっとびりびりしてる。
その間に、生存確認を行うクレア。
まず確認したのは、当然のように倒れ込む少女である。
少年も少女に近づく。
「おぉ…なんか気を失ってるけど、傷一つない」
「ちっ……無事で良かった」
「にぃは…?ねぇにぃはだいじょうぶ…?」
「お兄さんの修理はいらないかな」
「しゅうり…?」
傷一つない少女に舌打ちが漏れる少年。いい性格をしている。
ウルはブルを心配しない様子に、おずおずとクレアへ問いかけるも、帰ってきた言葉に首をかしげている。
ついつい口から本心が飛び出したクレア。
日頃からどう思っているかよく分かる発言である。
「…聞こえてんぞクレアァ」
「ひぇ!」
「にぃ!」
ぎぎぎ…と錆び付いた道具のように動き始めるブル。
聞かれていたことと、地獄から這い出てきたような様に悲鳴が漏れる。
ウルが飛びついてくるのを、ぎこちない動きで受け止めるブル。
流石のブルもボロボロである。
「ごめんなさい…いたかった…?」
「いい子守唄になったくらいだ。今度から気をつけてな」
「…っ!うん…ごめんなさい…」
広場は大惨事になっており、その原因にほぼ密着している状態で受けきった男、ブル。
意識を失う程の攻撃を受け、その影響で膝をついたまま動けない状態ではある。
しかし愛に生き、愛を以て大抵のことを実現させる男である。
愛する幼子の前で強がる程度、なんということはない。
「お兄さんって、意識が飛ぶこともあるんだ…」
「今なら勝てるんじゃない?」
「なんか理不尽に復活しそうだから嫌」
「それは…そうね」