気持ち長めです。
「ウル、俺のことはいい…俺の屍を超えて強くなれ…!」
「そんな…にぃ…!」
「何してるの?これ」
「昔話ごっこじゃない?」
なんやかんや落ち着いた後、一行は宿屋に向かっていた。
荒れた光景やうめき声をないことにして。
ウルの手前、どうにか自分の足で歩いていたブルだったが、子鹿のような歩みは宿屋の少し前で終わりを見せた。
膝をついたブルだが、ウルを心配させまいとなんとか冗談のように済ませようとしている。
勿論ウルは気づいているが、口に出したりしない。
気遣いを無駄にはしまいとブルに付き合っている。
どちらが大人か分かったものではない。
「いいから…行くんだ…!」
「ほんとうにいくよ…?」
「…ぐぅぅ!行きなさい…!」
一瞬ものすごい葛藤があったが、なんとか飲み込みぽてりと倒れ込むブル。
心配しつつ、しっかりとブルを踏み付けて超えていくウル。
しかも一旦ブルの後ろに戻ってから踏み越える、悪魔的行為である。
「ぉふ…ちょっと違うんだよなぁ…」
「あちゃぁ…踏み越えちゃったのね」
「ウル…ちょっと惜しいわ…」
「…え?ちがうの…?」
がっつり踏んでいくウルに止めを刺されたブルが力尽きる。
基本的に全肯定の男の、最後の言葉である。
確実に止めを刺しにいくウルに、クレアとルサルナが天を仰ぐ。
口元は誤魔化しようのない笑み。
遠巻きにそれを見た人達からも笑い声が上がる。
屍にしてから超えていくウル。
悪魔的側面を併せ持つ、純粋無垢な幼子である。
本格的に力尽きたブルを二人がかりで引きずり、宿屋ヘ戻った一行。
「にぃのかんびょーするぅ…」
「じゃあ添い寝を頼んでもいいかしら?」
「流石に疲れてるよねー」
看病すると言い張るウルだが、戻ってきた安心感もあるのか、言葉と裏腹に目がとろんとしている。
ルサルナが言いながらウルをベッドへ乗せると、瞬く間に夢の中。
「こんなにキツイのは生まれて初めてだ…」
「見栄張らないで、ほら魔法薬」
「ウルちゃんも寝たしもういいでしょ」
すやすやなウルを見ながら、ブルがぼやく。
ルサルナは鞄の肥やしになっていたお高い魔法薬を取り出している。
飲めばたちまち…ということはないが、骨が折れたり、内臓がどうにかなったりしない限り、そこそこ効果のあるものである。
いつかの老人も愛飲している。腰痛で。
一息で飲み干すブル。ものすごく渋い顔。
「不味い。かつてないほど」
「そうなの?」
「良い薬は苦いものよ。とりあえず寝なさい。寝かせられたいの?」
「いいえ…」
なんやかんや心配しているルサルナの圧。
逆らえないブルはウルを抱き枕に、素直に眠ることにした。
たちまち聞こえてくる寝息。
「ウルちゃんって抱えてるとなんかすごく眠れるよねー」
「そうねぇ、なんでかしらね?温かいのかしら?」
最高級の寝具にも勝るウル枕。
欠点は時折寝ぼけて噛み付いてくること。
ブルとウルを休ませ、さてどうするかといったところ。
出歩く気になれないクレアは、わらわらと武器を取り出し整備し始めた。
ルサルナもそれを見て、杖やら外套やらを点検し始めた。
そうしてある程度の時間が経った頃、どたどたと騒がしい足音が近づいてくる。
「たの」
ばんっと勢い良く扉が開き、先程の少女が何か言いかけた瞬間、頬を掠めるように過ぎ去る投げナイフ。
後ろの壁に突き刺さり、惜しいとでも言うように音の余韻が聞こえてくる。
口を開いたまま固まる少女。
はらりと舞い落ちる少量の髪。
「んー良い感じ。あ、そうそうそのまま静かにしててね」
「忘れてた…暴力に抵抗のない子だった」
問答無用の投げナイフに頭を抱えるルサルナ。
都市リロイで誰彼構わず噛みつく娘で有名だったことを思い出していた。
ブルにもルサルナにもボコボコにされるため、鳴りを潜めていた暴力性である。
「た、たたた…たのもぅ…」
「すいません…本当に」
突然すぎる投げナイフに、膝も声も震わせながらやり直す少女。
少年もおずおずと顔を出している。
「何か用かしら?」
とりあえず要件を尋ねるルサルナ。
顔も杖も隠し忘れている。
「あのときの!ひぇ…!ごめんなさい静かに喋りますぅ…」
ルサルナの顔を見て勢いづく少女。
クレアが満面の笑みで構えたナイフを見て急減速している。
「あぁぁ…しまった…」
「話すのは良いけど、二人寝てるから静かにしてね?」
「はぃぃ…」
「ありがとうございます」
少女の反応を見て頭を抱えるルサルナを尻目に、ナイフをちらつかせながら話すクレア。
少女はすっかり怯えているが、少年は気を遣いながらも怯える様子はない。
「あんたの方が話し通じそうだねー。で、何の用?」
ナイフを手で弄びながら少年を問いただすクレア。
少女はナイフが気になり、それどころではなさそうなためである。
「あ、僕はヒースと言います。こっちはアメリア。僕としては要件はないんですけど…アメリアが」
「え?ヒースも同じゃないの?」
「…ふぅん?」
そう言って少女を売る少年、ヒース。
売られたことを理解してない少女、アメリア。
新しい玩具を見つけたように口角が上がるクレア。
「ねぇねぇ、なんで来たのか教えてよぅ」
「ひぇぇ…」
席を立ち、少女にしなだれかかるクレア。
ねっとりとした言葉に、ぺちぺちと頬にナイフを当てるおまけ付き。
がたがたと震えるアメリアはそれどころではない。
ヒースは空気になるよう努めている。
「ほらぁ、早くいたっ」
「いい加減にしなさい、全く」
すこんっと振り下ろされた杖が音をたてる。
頭を抱えていたルサルナだったが、悪ふざけがすぎるクレアを見ていられなかった。
「それで?何の用で来たの?」
「ま、まま、魔王かど、どうか…確認に…」
視線がやたら彷徨う青い顔で、どもりつつなんとか伝えるアメリア。
ルサルナの後ろで意味深にナイフを撫でるクレアをちらちら見ている。
優しげな顔から一転、魔王という言葉に顔が引き攣るルサルナ。
「ええそうよ私が魔王だなんだ言われてる女よ文句ある!?」
「ひっ」
「ルナ姉、声声」
清々しいほどの開き直りと八つ当たりである。
急激な変化に怯えが加速するアメリア。
「こほん、失礼したわ。で…私が、魔王だったら、なんなの?」
机に肘を付き、口元を隠すように手を組んだルサルナ。圧がすごい。
怯えに怯えていたアメリアだが、覚悟を決めたように真っ直ぐルサルナを見つめ返す。
「残虐非道にゃ」
「にゃ?」
「アメリア…大事なとこだよ…」
クレアとヒースに突っ込まれ、かぁっと顔を赤く染めるアメリア。
やり直し。
「残虐非道な魔王を、打倒するために来ました」
「僕は止めたんですけどね」
「…へぇ?私を倒すつもり?」
「残虐非道にゃルニャ姉を倒せるつもりかにゃ?」
「クレア」
「ごめんなさい」
ますます顔が赤くなる少女。
話が進まなくなるため釘を刺すルサルニャ。
「芸術の都と、その近くの名前もない村で話を聞きました」
「最悪だわ…」
「うっわ…よりにもよってそこなの?」
顔は赤いままだが、落ち着いたのかしっかりと話す少女。
名前もない村とは神様で焼肉を作り、ウルを信仰させた村だろう。
殺ったのもやったのも全部ブルだが、美味しかったのは間違いない。
「祀っている神を破壊し冒涜し、芸術の都で行った、決闘という名の辱め…その他の噂も非道なものばかり!強さにものを言わせて他人を貶めるなんてこと、私は我慢できません!!」
話す言葉に熱が灯り、ついには机を叩いて立ち上がるアメリア。
「私は!この、アメリアは!魔王に決闘を挑みます!!」
「うるせぇ」
ずばっとルサルナを指差し、高らかに宣言する少女、アメリア。
鼻息荒く宣言した途端、鷲掴みにされる頭。
ダルそうに立っているブルである。
ルサルナとクレアはブルが起きたのに気を取られて、アメリアの話を半分程度しか聞いていなかった。
とりあえず決闘らしいが、その前に命の危機である。
「ウルが気持ちよく寝てるときに、ピーピー囀りやがって。安眠してんのがそんなに羨ましいか?安眠させてやろうか?」
「はわ、はわわ…」
「…お墓は僕が作るから安心してね、アメリア」
「てめぇも同罪だクソガキが」
「あわわ…」
「無理しない。寝てなさい」
ごっ、と鈍い音。
ルサルナが容赦なく杖をブルの頭に振り下ろした音。
普段であれば問題ないが、今は話が違う。
少年少女から手を離し、ふらふらとベッドへ倒れ込むブル。
ルサルナ、初めての有効打である。
「な、仲間を…殺した…?」
「悪い魔女だ…」
「永眠しかねない一撃だったね」
アメリアとヒースが青い顔で呟く。
うんうんと追従するクレア。
青筋を浮かべるルサルナ。
「今ここで夢の国に行きたくないなら…今日は帰りなさい」
「ひぇ…」
「は、はぃぃ…」
ルサルナの言葉に、青い顔で出ていく二人。
悪い噂がまた増えそう。
「クレアも今日は、特別に寝かしつけてあげるわ」
「ひぇ…」
「逃さない…!」
部屋から飛び出すクレア。
猛追するルサルナ。
部屋を出たばかりの二人も巻き込まれ、訳の分からないまま一緒に逃げ始める。
子供を攫う魔王の話が噂に追加される日も近い、かもしれない。