ルサルナは一頻り少女達の土下座を見下ろし高笑いし、気が済んだのか、それとも虚しさや悲しさに耐えられなくなったのか、空虚な笑い声を響かせながら去っていった。
歩く先では野次馬達が訳も分からず涙を流しながら、道を開け平伏し、たった一人の大名行列を作り上げている。
そしてルサルナの姿が見えなくなっても、少女達と野次馬達は顔を上げようとしない。
もぞもぞと動き、ブルの目隠しから逃れたウルが杖を振るう。
そうすると、見る間に先程ルサルナが座っていたような玉座が出来上がる。
よくよく見なくとも作りは甘く、拙い感じが全面に出ているが、作ったウルは非常に満足気。
ぴょんと飛び乗り、得意満面の顔でちょこんと座る。
足がつかずにぷらぷらしているのはご愛嬌。
「えと…そう!…つらをみせろ!」
記憶を探り、こういう場面で言う言葉を思い出すウル。
思い出したのか、手をばっと前に突き出し、威勢よく言い放つ。
どうだと言わんばかりの顔だが、感想を強請るようにちらりちらりとブルを見ている。
「素晴ら…んん!意味は合ってるけどな…
これ以上ない微笑ましさに、いつも通り褒めかけるブルだったが、ウルの成長のためにも訂正は必要である。
ギリギリで踏み止まり、正しいものを教えている。
「……おもてをあげよ!」
ウルは作りの甘い玉座の脇に控えたブルにこそこそと耳打ちされ、ちょっと恥ずかしそうに言い直している。
うろ覚えの物語の、偉い人の言葉を思い出したはずのウル。
その言葉の間違い方は、恐らく身近な人物に問題がある。
ウルの目の前の二人は体を震わせる以外、微動だにしない。
直ぐに顔を上げると、反省の色がないとか言われて処されると思っているから。
「…あれ?にぃどうしよ…?くぅねぇもあのひともかおあげない」
「大丈夫、何度でも言えばいい。ウルの言葉を無視できねぇように、顔を上げたくてしょうがないようにしてやるからな」
「う、うん」
微動だにしない二人に首を傾げるウル。
二人が考えているようなことは思いつかない、優しい子。
なんとなく理解したが、ウルを無視したように見える二人に、これでもかと圧をかけながら、ウルには優しく言うブル。
体の戦慄きが一層激しくなるクレアとアメリア。
「おもてをあげよ!」
弾かれたように顔を上げる二人。
上げすぎると処されるとでも思っているのか、視線は伏せたまま。
その素晴らしい反応速度に、ブルも及第点を与えている。
採点基準は非常に厳しい。
「えと、その…にぃ…なんていえばいいの…?」
「え?あーそうだな…汝らの罪を全て許そう…とか言えばいいな。多分」
「か、かっこいい…!」
場を和ませたいのもあるが、概ねとりあえず言ってみたかっただけのウル。
言ってみたかったことは既に終わったため、続きは何も考えていなかった。
困ったときのにぃ頼みとばかりにブルに聞き、その返答が琴線を掻き鳴らすものであったことに顔を輝かせている。
「なんじらのつみをすべてゆるそう!」
「ありがたきお言葉…!」
「無上の喜び…!」
「にへへ…」
ばばん、とでも聞こえてきそうなドヤ顔で言い切るウル。
ウルの発言を受け、再び頭を下げ感謝を述べるクレアとアメリア。
ウルはクレアとアメリアの返しもまた琴線に触れ、顔がゆるゆるになっている。
ブルはウルの緩みきった笑顔を脳に焼き付けている。
女神、いや幼すぎる…天使だ…
申し子だろ、広場見たか?大嵐だってあそこまで破壊できねぇよ
雷神様の申し子か…
あのヤバい奴らの子だぞ?暴威に決まってんだろ
馬鹿言え、あの小さくも愛らしい、無垢な姿。天使以外ねぇだろ
平伏したものも、そうでないものもウルの方を見て好き勝手に言っている。
時折聞こえるウルへの褒め言葉に、抑えようにもつい口角が上がるブル。にちゃり。
当然、見たものによって意味合いの理解は異なった。
ブルは分かってるじゃねぇかと思っているが、クレアとアメリアには死刑宣告にしか思えない。
不幸にも見てしまった野次馬は、夜道に気をつけろとでも言われたように感じている。
土下座から顔を上げたまま、発火しそうな程に体を震わせる二人。
瞳からきらきらとしたものが伝い落ちている。
「あ、え…な、なかないで…?わたしはこわくないから…」
あわあわと玉座から飛び降り、よしよしと二人の頭を撫でるウル。
無意識か意識的にか、私は、というところに力が入っているような言い方。
「ごめんね…ウルちゃんじゃないの…ウルちゃんは大好きだから…」
「…ぁ、お母ちゃん…?」
あまりにも温かく、思いやりの塊のようなウルにクレアは涙が止まらない。
アメリアも見たことのない母親の姿をウルに見つけ、止めどなく涙が溢れている。
二人は縋りつくようにして、小さな体に安心を求めた。
あまりに尊い光景にブルは召されかけ、空を仰ぎ一粒の涙を零している。
よく分からないままに感動した野次馬が一人、また一人と拍手を始める。
音の津波は緩やかに広がり、やがてウル達を包み込む大喝采となった。
止め役不在の混沌は暫く続き、最後はお腹を鳴らしたウルによってようやく幕を閉じた。
縋りついて離れない二人を引き剥がそうとしたブルだが、ウルにめっ、とされて忠犬のごとく言う事を聞いている。
ウルごと二人を背負ったブルは静かに歩き去る。
その後ろをわらわらと野次馬達が追いかけ、ルサルナとはまた違った行列を作り上げている。
皆が去り、静寂が訪れた郊外。
ウル達が小芝居をしていた位置から離れた場所に、取り残される生首。
ルサルナに埋められたヒースである。
ヒースは命を握り締められた恐怖に抗えず、意識を飛ばしたまま放置されていた。
そんな泡を拭き、白目を向いた哀れな生首に近づく三人。
「うんうん、良いんじゃないかな。弓は中々、魔法もこんな距離で針を通すような精確さ。決まりだね」
「うぅむ…どうにも誘拐だとか、拉致のように思えるのだが…」
「違う違う、これは心に傷を負った少年の保護だよ。決してヤバい奴らに対する戦力としてではないから。もしかすると手伝ってくれるかもしれないけど、飽くまで保護だから」
「これはもう先祖に顔向けできねぇ…帰りてぇ…」
「煩いよ。ほら、早く掘り返して」
気の進まない男二人の尻を蹴飛ばし、少年を掘り返させる女。
渋々少年を掘り返し始める男達。
皆が去っていった郊外では、土を掘り返す音と、時折混じる悪態だけが響いていた。
「お母ちゃん…」
「えへ、わたしおかーさんだよー」
「いつかウルにも……試さねば…」