「うわぁ…!立派な馬車に、立派な馬ね!とっても賢そう!」
「名前はバサシだよー」
「へぇー!ばさっ……え?馬刺し?」
「おいしくそだててる。じゅるり…」
「そういう目的!?」
によによと笑うクレア、ついよだれを垂らすウル。
勿論冗談、のはずである。
バサシは食べないでと懇願するように嘶いている。
予想だにしない目的にアメリアは戦いていた。
「だ、駄目よそんなの!こんな立派な子を食用だなんて…」
「馬がいなくてもいけちゃうからねー」
「さばきかたもばっちりだよ?」
「なんか、どんどん増えるな…」
「いいじゃない。私はあの娘が付いてくるのは賛成よ?」
ウルの面倒しか見ないくせに面倒臭そうな男、ブル。
お子様兼危険物達の取り扱いを一手に引き受ける、自身も危険物になり得る女、ルサルナ。
今日も今日とて姦しい三人娘を見守る、保護者のような二人である。
「いやまぁ俺も文句はないが…賛成なのか?」
「そうね、あの娘はそう…私達が何処かに置き忘れた…大切なものを持っているわ」
一つ一つの出来事に驚き、感心し、コロコロと表情が変化する感情豊かな少女。
素直で優しく、簡単に壺でも買わされそうな少女である。
また正義感も強く、汚れた大人にはその善性が眩しいほど。
昔を懐かしむような顔でルサルナは話している。
汚れてしまった悲しみに瞳を濁らせながら。
他の理由としてはここ数日、ウル共々献身的にお世話され絆されたことが挙げられるだろう。
「そうか…ところで置き忘れたものってなんだ?」
「ごめんなさい、貴方はそもそも持っていなかったわ。私が置き忘れたの間違いね」
「そうか…」
その生き方からか、置き忘れに心当たりがないブル。
優しさや正義感など、物心つく頃には何かの肉片とともに大地へ返していた。
優しさはウルと出会い、また生えてきているが。非常に限定的なものではあるが。
なお、抱えるものは置き忘れた方がいいものがたくさん。暴力性とか。
ルサルナに真顔で否定され、少しだけ悲しい。
「あぁ別に悪いことじゃないのよ?普通とか常識を守ってくれればそれで…」
まともな人ぶっているルサルナ。
ヤベェ奴らの中で最も勢いのあるヤベェ女である。
本人はそのことから必死に目を背けている。
「最近俺よりその常識ってやつ」
「さぁ出発しましょう!」
「おい聞けよ」
痛い腹を探られるどころか、ぶん殴られそうなルサルナは迅速に避難した。
精神的に持ち直して間もないのだ。
直ぐに殴られては簡単に崩れてしまう。
お前にだけは言われたくないという気持ちも、勿論ある。
「しゅっぱつ?」
「出発だー!」
「出発ね!」
ルサルナの声を聞いた三人娘がきゃっきゃとはしゃぎだす。
ウルとクレアはバサシに乗って、いけー!と笑っている。
アメリアは御者台にて華麗に手綱を捌いている。
村の爺ちゃん婆ちゃん直伝の手綱捌きは見事なもの。
何食わぬ顔でその隣に腰掛けるルサルナ。
「…まぁいいか。楽しそうだし」
思考を放棄したブルの目に映るのは、はしゃぐウル。
ウルが楽しそうならそれで良しと、ブルも歩き始めた。
かんかん、かんかんと鐘が鳴り響いている。
そろそろ都市を出るというところでにわかに騒がしくなり、直ぐに見張り台の鐘が打ち鳴らされていた。
「またなってる」
「だねー」
「あー、寝てたときにも鳴ってたな」
一行は非常に呑気なものである。
恐らく魔獣の襲撃なのだろうが、都市にいる傭兵が片を付けると考えていた。
なんせここは傭兵都市。
質はピンキリだが、数は掃いて捨てるほど存在する。
「でもこれ、私達が進む方向じゃないです?待ちますか?」
「そうね。概ね収まってから出ましょう。都市の中なら大丈夫だろうし」
「ルナ姉、そういうこと言ったら」
クレアが言いかけた言葉を飲み込むように、どぉん、と凄まじい轟音が響く。
「きゃあ!」
「うわぁほんとに起きたー!?」
口に出せば本当に起こると軽口を言おうとしたクレア。
言い切る前に起きてしまい、ひっくり返りそうになっている。
音のした方角では砂煙が立ち昇り、少し遅れてばらばらと外壁の欠片などが降る音も聞こえてくる。
「すごいおと…いたっ」
「ウル!?」
「ウルちゃん!」
音の方角に顔を向けていたウルの頭に、小さな外壁の欠片が降ってくる。
それはこつんと軽い音を立てて当たり、急に走った痛みにウルが思わず声を上げた。
ブルがどえらい速さでウルをバサシから降ろし、怪我がないか確認している。
同じように反応したアメリアもくまなく確認している。
飛んできた欠片は大きい訳でもなく、また帽子の上に落ちたためか出血など見られない。
もしかすれば後から少し腫れるかもしれないが。
涙目になったウルを、ブルとアメリアがホッとした様子で撫でている。
それを青褪めた顔で見るルサルナ。
「不味い、不味いわ…この状況、どこまで都市が破壊されるか分からない…」
「いっそ暴れちゃお?不慮の事故だよ?どうせ壊れるなら壊しちゃおうよぉ」
どうすべきか悩むルサルナ。
これまでの経験上、ウルに何らかの危害を与えた者とその周辺が壊れることは不可避である。
いつの間に移動したのか、隣には悪い顔のクレア。
ルサルナの耳元にねっとりとした声をお届け中。
「いっそ、暴れる…?不慮の事故…ん?」
魔王に堕ちかけるルサルナの膝に軽い重み。
ブルによるウルのお届けである。
「あ、ウル大丈夫?」
「ちょっといたい…」
「そのくらいで済んで良かった…え?ウル?…あ!」
ハッとして顔を上げたルサルナの周りには、既に涙目のウルしかいない。
ちょっと危ないお祭りは既に始まったらしい。
「ふ、ふふ…」
「るぅねぇ?」
ウルを撫でながら笑いを堪えきれないルサルナ。
得体の知れない圧が吹き出ている。
「ウル、あの馬鹿どもを追うわよ!女は座して待つだけじゃないのよ!バサシ!走りなさい!」
「おお…!これがおとなのおんな…!」
気炎を上げるルサルナと、その勢いに涙も引っ込むウル。
高らかに嘶いたバサシが二人を乗せた馬車を引き、走り始める。
速度はそこまで速くない。
そこまで遠い距離ではないが、着いた頃には文字通り後の祭りになっている可能性が高いことにルサルナは気づいていない。
勢いそのままに後の祭りごと吹き飛ばしそうなことに突っ込む者も、いなかった。