人と魔獣の大乱闘は続いている。
生死を賭けた戦いの緊張感が一帯に蔓延しているが、一部はまた違った何かが蔓延している。
「んー…んふふっ…無様だねぇ、あはっ」
その一角、磔のように手足を刺し抜かれ、身動きの取れない魔獣の前で嗤う少女。
血の滴るメイスがなんともいい味を出している。
その後ろには、また別の返り血に汚れた少女が剣を振りかぶっている。
「せいやぁ!」
磔にされた魔獣に気合一閃、首を跳ね飛ばすアメリア。
そろそろクレアの悪い趣味に我慢が出来なくなっている。
「あー!?なにすんのよ馬鹿アメリア!!」
「馬鹿クレア!真面目にしなさいって言ったでしょ!それにいくらなんでも悪趣味よ!」
「じゃーお兄さんにも言いなよ!馬鹿リア!」
「あれはちょっと…馬鹿リアって言った!?」
ぎゃあぎゃあと言い合いながらも連携は非常によろしい。
互いの隙を上手く埋め合い、巫山戯ているように見えて隙がない。
クレアが遊ぶ以外、手早く処理していく姿は見た目によらず頼もしいのだが、なんとも言い難い空気はこの二人を中心に生み出されていた。
また別の一角。
人も魔獣も一定の距離を置いている、その場所。
仰向けに倒れた瀕死の巨獣の周りをウロウロしている男がいる。
「うん、うん…これ以上潰すところはねぇな…頭も胴体も潰せば死ぬだろうし…よし」
所々折れた骨が肉を突き破り、じわじわと血の海に沈んでいく巨獣を前にブルは頷いている。
至極当たり前のことを言っているが、目の前の光景を見てしまうと誰もが首を傾げざるを得ない。
四肢を切断もせずにここまで壊すとなると、途中で痛みに堪えきれずに死んでしまうか、出血によって死ぬことになるだろう。
まだ生きている巨獣の生命力が凄まじいのか、殺さずに壊しきったブルの執念がおかしいのか。
どちらにせよヤバい事には変わりない。
「生まれたことを後悔しながら、余生を過ごすんだな」
余生を過ごす、という言葉を深く考えさせる使い方をしたブルは、視線を移す。
その先に見えるものは、大乱闘の会場である。
血の滴る金棒を肩に担ぎ、散歩でもするかのように歩き始めた。
「さて…ウルの安全のためにも、掃除でもするかぁ」
倫理や道徳といったものの大半を捨て去っている男、ブル。
ゴミとしてその目に映っているのは、何なのか。
ヤベェ奴が本格的に、大乱闘へと参戦する。
「あ、あ…あれ見てアメリア。時間切れかも」
「もう!クレア、また何か悪いことを…あ」
くるくると、互いの位置を入れ替えながら巧みに戦うクレアとアメリア。
入れ替わった際に、ふとクレアの目に入ったそれは、お祭りの終わりが近いことを知らせる合図であった。
魔獣を盾でぶん殴り怯ませながら返答したアメリアも、位置を入れ替えた際に見てしまった。
暇だから来たとでも言うような、つまらなさそうな表情で歩くブル。
後ろに見える血の海に沈む巨獣と、少しだけ付いている返り血や血の滴る金棒があまりにもそぐわない。
そんなブルは悠々とクレアとアメリアに近づいてきている。非常に怖い。
「く、クレア…?’処理が遅い、死ね’とか言われたりしない、よね…?」
「あはは、流石にそんなこと言わないよー…言わないよね?」
「や、やめてよ…ほんとにやめて…」
そんなことはないだろうと思いつつ、バチクソに怒っていることを思い出すクレア。
唐突に魔獣への対処に、遊ぶような動きがなくなる。
クレアの豹変に悪いことをしていないにも関わらず、悪いことをしている感覚に陥るアメリア。
そんな中視界の端で、一匹を金棒で千切り飛ばし、もう一匹の頭を素手で握り潰すブルが見えてしまう。
二人とも鬼気迫る表情で無駄口すら全くなくなり、処理速度は非常に高まっていた。
「はぁ、はぁ…片付いた…」
「私…限界…超えちゃった」
一気に片付けた二人の前までブルが来る。
血塗れの手から、血やら何やらが滴り落ちている。
「あ、あはっ…どうしたのお兄さん?わざわざこっち来て…」
「そ、そうそう…こっちは終わっちゃいましたよ…?」
「いや…きんきらは知らねぇが、クレアはいつもよりなんか真面目に戦ってんなと思ってな。俺が歩き始めたくらいから」
「全部見られてた…!?」
「はい!私ちゃんとやってました!それにちゃんとやるように注意してました!」
「あ、あ、待って待って…それ卑怯じゃん…ねぇぇ!」
「…はあ?」
愕然とするクレアを迷いなく裏切るアメリア。
親友?言っていることが分かりかねます。
戸惑いなく売るアメリアに、悪い子クレアも動揺を隠せない。
駄々っ子のようにアメリアへ縋りついている。
そんな二人を前に、ブルは困惑していた。
ほんのちょっと、僅かながら、少しくらいは褒めようかと、思いつきではあるが考えていたのだ。
遊んでいても動きは良くなっているし、攻撃の引き出しも増えている。
イタズラ娘だがまぁ、いいお姉ちゃんのようにウルも懐いている。
あまりない機会に思いつきだが褒めようとしたら、何なのだろうか。
軽く撫でて褒めようとした自分を、まるで恐ろしい化け物のように扱うではないか。
などと思っているブル。
これまでどのような立ち振舞をしてきたか、それは考えていない。
ウルを愛でるため以外、あんまり過去を振り返らないブルの行き場を失った手が宙を彷徨う。
しっかりと血に塗れていない方の手であるが、両の手を赤く染めてやろうという意思表示にしか思われていない。
ブルの手がゆっくりと下に降りる。
「そうかそうか…偶には褒めようかと思ったんだが…そういうふうに思えるんだな…ははっ、そうかそうか…」
「えっ」
「えっ」
手を降ろし、ついでに少し俯いたブルから乾いた笑いが漏れる。
クレアもアメリアも、信じられないような目を向けている。
「そんなに怖い俺がお望みなら、お望み通りにしてやろうか…」
「あ、アメリアが!必要以上に怖がるから!」
「え、ちょ!?怖がらせるようなこと言ったのクレアでしょ!?」
「私最初は否定したもん!」
「あやふやだったじゃない!」
再度始まる見苦しいなすりつけ。
ぎゃいぎゃい喚きあう二人にため息しか出ないブル。
おもむろに手を伸ばす。
「ぴっ!」
「ひぃっ…!」
わしりと掴んだのはクレアの頭。
掴まれたクレアも掴まれていないアメリアも悲鳴を漏らす。
アメリアは儚く散る命を見たくないのか、顔を手で隠すおまけ付き。
もう一度ため息を吐きつつ、とりあえず雑にではあるが、わしゃわしゃと撫でるブル。
クレアの頭は人形のように揺さぶられている。
「よくやってる」
「う゛ぉ゛、お゛、ぉ゛ぉ゛……世界が…回るぅ…」
開放されたクレアはふらふらになっている。
せっかくの褒め言葉は回る世界とともに飛び立っていった。
ブルにとっては若干の照れ隠しである。
せっかくだしと、勢いでアメリアの頭も鷲掴みにするブル。
「ひぐっ…」
「きんきらも…まぁよく知らねぇが…頑張ったんじゃねぇか?」
「あわ、あうぉ、う、なが、な、ながいぃぃ」
言葉に詰まったせいで時間が五割増ほどの揺れ。
開放されたままにふらつき、地に伏せるアメリア。
「うし、行くぞお前ら」
「ちょ、ちょっと待って…」
「記憶が…記憶が飛ぶ…」
照れからか早々に歩き始めたブル。
後ろの二人は立つこともやっとである。
二人がなんとか立ち直ったのは、足早に歩いていったブルが血で彩られた道を作り上げた後であった。