朝、ひっつく少女からそろっと離れ、窓を開ける。良い風が入ってくる。少女は小さく唸りながら毛布の下に消えていく。男は少女を見ながら小さく笑う。今日も良い日になるように、と。
半分寝ている少女を男はわしゃわしゃと拭き上げる。
辞めてと言わんばかりに唸りながら手を叩いている少女はウル。瞬く間に男を陥落させた猛者。
叩かれやや苦戦している男はブル。瞬く間に陥落したちょろい男。
二人は今日も、わちゃわちゃとじゃれ合っている。
暫くして、依頼屋に来た二人。誰か受けてくれただろうか。ウルは少しそわそわとしている。男はちらりとウルを見る。
“誰も受けてなかったら受けてもらえるよう、少しお話をしようか。そうだ、ハスタ辺りに。”
ブルは物騒なことを考えながら受付へ向かう。
「昨日の依頼だね?貼り付けて直ぐに受けた子がいるよ。そろそろ来るはずだよ。」
そっちで待ってな、と併設された食事処を指さされる。
ウルにミルクを注文し、席につく。ウルは美味しそうに飲んでいる。ニッコリとブル。
「あなた達が魔法を教えてほしいって人?」
声が掛かる。年若い女性に見える。いかにもなローブと大きな杖を背負っている。耳が長い。自然の民か。
「おねぇちゃんがおしえてくれるの?」
ウルが言う。口元に白いヒゲがついている。
「ふふっ、そうよ。私達は魔法が得意なの。安心してね。」
手拭いで優しくウルの口元を拭う女性。堪らず笑みを溢している。
長い耳と、透き通るような白い肌が特徴の自然の民は、確かに獣人や人間より魔法が上手いと聞く。
魔法の素養が高いが身体能力はあまり伸びない自然の民。
身体のどこかに獣の特徴を持った獣人は、自然の民とは逆に身体能力は高くなりやすいが、魔法の素養は低いと聞く。
特徴なく、能力も二種の中間程度の人間は、まさに人の‘間’になる。
ただし人間は他に比べ、突然変異のような者が多く生まれる傾向がある。ブルはこれであった。
拭き終わった手拭いをしまうと、女性は言った。
「私はルサルナよ。あなた達は?」
「俺がブル、この子はウルだ。よろしく頼む。」
「ブルに、ウルちゃんね。分かったわ、しっかりと教えてあげる。」
街の外、やや拓けた場所。三人は立っていた。
「じゃあまずは、軽くお手本を見せるわね。」
ウルはそわそわしている。ルサルナはそれを見て微笑んでる。
おもむろに地面に手をつけるルサルナ。
“土よ”と言葉を発した直後、十歩ほど離れた位置が勢いよく盛り上がる。棘のような形。大人ほど大きさ。
「おー…!」
「…」
ウルもブルも感心している。しかしまだ序の口。
“炎よ”の言葉とともに伸ばした腕の先に、小さな火が現れ、瞬く間に頭ほどの大きさに膨れ上がる。ルサルナが“飛べ”と言葉を発すれば先の土棘に勢いよく飛んでいく。どんっと破裂した後には半ばから折れた土棘。ウルの目が輝きを増している。
“水よ”の言葉。続けて“槍のように凍れ”と。
炎と同じように現れた水の玉が細長くなりながら凍っていく。
同じく“飛べ”と発しながら振った腕に連動し、勢いよく飛び土棘に突き刺さる。
「すごい…!かっこいい…!」
「マジですげぇな…」
二人は感心しきっている。
「ふふっ、これでも加減はしてるのよ?分かりやすく発声もしてね。習熟すれば例えば…こんなこともね。」
ルサルナは言いつつ、軽く足を上げ、振り下ろした。足が地面に付いた直後、先程と同じように土棘が生える。
「ふぁ〜…!」
ウルはあまりの感心にため息のような声が漏れ出る。
ブルと繋いだ手がぶんぶんと振られる。
「ここまで出来るやつはそんなにいねぇよ…」
ブルがため息を吐く。魔法を放つまでが速すぎる。今まで見た連中の大半は、同じ規模でも放つまでに十秒は掛かっていた。ルサルナは発生から放つまで数秒、土棘など一呼吸ほどしか掛かってない。
「あんた程のが何だってこんな依頼を?」
「ふふっ、だって面白そうじゃない?あの猪が子供の面倒見ているなんて。」
「あんたそれ」
「ね、ね!はやくおしえて!」
ブルとルサルナが意味深に会話しかけると、興奮したウルが割り込む。今までで一番の声量、それでも普通くらいの声量だが。
「あらっ、待ちきれないのかしら?ふふっ、じゃあ始めましょうか。」
ウルの様子が微笑ましく、頭を撫でながらルサルナは言う。
“それじゃあまずはね”とルサルナが教えるのを聞きながら、ブルは思った。
魔法に関しては間違いなさそうだし、運がいいな、と。
なんだが的外れなような気がする。