巨木の足元に広がる、素朴で長閑な町。
象徴でもある、ただただ巨大な樹木にあやかり“巨木の町”と呼ばれている。
巨木のうねる根っこを上手く活用し上へ下へと展開する町並みは、自然という超越的で神秘的なものを感じることが出来るだろう。
また、根本に相応に大きな樹洞のような穴があり、その中に広がる町並みは静かで、洞窟のようでいて木の温かみがある不思議な空間となっている。
その他、巨木が関係しているのか不明だが、この町にはほとんど魔獣が寄り付かない。
この場所に好んで近づくのは、人と小動物、それから虫くらいのものである。
安全で神秘的で不思議な町。
疲れた心身を癒やすなら、この町で過ごすのも良いかもしれない。
と、言うのは建前である。
建前だけ聞けば大きな樹木を中心とした長閑な田園風景や、巨大な木のうろに作られた童話のような町を思い起こされそうなものであるが、実際は少し違う。
その建前は疲れた人やのんびりとしたい人を呼び、あわよくば定住しないかと考えた住民達が流布しているものである。
規格外に巨大な樹木は、幹を太く成長させるついでに背を伸ばしたという感じで、さらについでに天を隠せと言うように枝葉を広げている。
その足元は薄暗く、薄暗くなった場所をまるで征服したと言わんばかりにお太い根っこが這い回る。
這い回るお太い根っこのせいでより薄暗く感じ、陽の光が当たらないためかじめりと湿気ている。
自生する植物は陽の光がなくても問題ない、湿気を好む植物。
集まる虫は湿気や暗闇を好むものばかり。
それらを食べる小動物も潜んでいるが、どこか小汚いものが多い。
そして根っこがそこら中に這い回るおかげで、虫も小動物も隠れる隙間に事欠かない。
湿気や暗い場所を好む生き物の天国である。
樹洞の中は確かに静かで木の温かみのある不思議な町になっている。
なっているがやはり暗く、外と地続きとなっているためか虫も多く湿気もある。
灯りはしっかりと設置されているものの、その明かりが生み出す陰影は良く言えば神秘的、悪く言えば不気味である。
良いことといえば魔獣以外では、木材に困らないことと、大規模な火災が起きないことだろうか。
時折落下してくる枝葉は大小様々であるが、全て質は非常に良い。
建材から薪まで大活躍である。
大規模な火災が起きないことについてだが、巨木自体は油をかけても何故か燃え広がることはない。
精々焦げる程度だが、その焦げ跡もあっという間に再生しなくなってしまう。
自然と落下してきた枝葉は燃えるのだが。
生命力に溢れすぎる巨木は、自然と落ちてくる枝葉以外折れず燃えず、多少の損傷は僅かな間に再生してしまう。
巨木の町の不思議の一つである。
因みに、魔獣に関連して“魔樹”と呼ぶ者もいたりする。
あまり良い呼び名ではないそれは、住民からは良い顔をされない。
不思議とそう呼ぶ者はすぐに姿を消すのだが、また現れると巨木を讃えるようになる。
それも町の不思議の一つである。
建前の話に戻るが、この町にも経済はある。
少しでも多く人を呼び、金を使わせ、町の発展に寄与させたいのだ。
呼び込むことである程度賑わいが出るのは仕方ない。
陰気な雰囲気を好むものが集まるとはいえ、人が来なければ町は発展しにくいし、経済も回らない。
それぞれが自分の世界に籠もるだけで生きていけるほど、世の中は甘くないのだ。
∇
いよいよ町の入り口までやってきたブル一行。
巨木の堂々たる姿を間近に、それでいて何だか陰気な雰囲気にクレアとアメリアの口数が少なくなり、ため息を吐いている。
都市の裏側と言えるような場所にいたクレアは慣れていそうなものだが、この場所と都市の裏は違う。
裏でも日は当たるし、そこら中に虫がいることはない。
確かにゴミみたいなものや怪我人や偶に死体が落ちているが、そういったものは気づけば掃除されているのだ。
ゴミのようなものでも僅かなりとも金に変えたりできるし、汚れていない方が獲物が迷い込みやすくなるために。
アメリアは単に性質的なもの。
対人関係こそ少ないが、根っこは陽の者なのだ。
陰気な雰囲気はちょっと肌に合わない。
ルサルナはその雰囲気が肌に合うのか、中々に上機嫌である。
虫も気にせず、何もなくともにこにことしている。
ウルはブルの背中から肩へと移っていた。
薄暗い中をかさかさと蠢く虫から離れるよう動いた結果である。
「おーきなきーのーねーもとーにー」
虫の蠢く音を消すように、自分を奮い立たせるために。
どこかで聞いたものを変えているのか、自分で考えたのか、歌を歌っているウル。
時折びくつき声が震えるのはご愛嬌。
目を閉じ、頭に手をやり耳を塞ぐ徹底っぷりである。
それを聞きながら、ブルは何も話さず黙って歩いている。
ブルはウルの歌声に全神経を集中させていた。
どれだけ神秘的だろうが、陰気な雰囲気であろうが、ウルの一挙手一投足から溢れる素晴らしい何かには劣る。
ブルの中では、それは真理である。
他の面々は慣れたものだ。
歩いていなければ置物と間違う程に静かでも、特に気にすることはない。
ルサルナは良い感じの歌を聞きながら色濃く残る自然を楽しんでいる。
クレアとアメリアは虫の蠢く音を聞きたくないために、ウルの歌へ耳を傾けている。
「っ…足元に何か…」
「…いちいち気にしちゃ疲れちゃうよー」
「ふーしぎなーまーちーがあるー」
ブルとルサルナ以外、前途多難であった。
そうして歩く一行に近づく小柄な人影。
ぼさぼさに伸びた髪で目元が隠れ、見える口元はにやにやと嫌らしく笑っている。
ぶかぶかの衣服を重ねて着ており、体格も分からず何を隠し持っているのかも分からない。
周りが気になってしょうがないアメリアがいち早く気づき、それを見たクレアが一旦止まろうとブルの手を引く。
気づいていないように歩き続けるブル。
ルサルナも止めようと声をかけている。
「何か御用ですか?」
「いひひっ…旅人さんならねぇ…この町のことを教えてあげようかと…」
「え!?ありがたいです!出来れば虫除けが売ってるお店とかも教えて頂ければ…」
「あるよぉ?ひひっ…良い
にやにやと口元を歪め、高くもなく低くもない声でぼそぼそと話す怪しげな人物。
虫除けという名の怪しい薬を売っていそうな雰囲気。
買い物のはずがいつの間にか売り物にされそうなアメリアだが、そんなアメリアを尻目に悪戦苦闘しているルサルナとクレア。
「ちょちょ!?嘘じゃん止まらない!?」
「ブル!ブル!?どれだけ集中してるの!?ウルも聞いて!?」
「むーしさんーがぁたーくさーんー」
ルサルナとクレアは無心で歩くブルを止めようとして引きづられている。
ブルは歩くことと歌を聞くことだけに集中しきっている。
ウルは視覚聴覚を遮断し歌っているため、まだ気づいていない。
「あっ、あっ…聞きたいけど…」
置いて行かれそうであわあわとしながら、でも虫除けとか注意事項も聞きたいアメリア。
怪しげな人物の嫌らしい笑みが深まる。
「いひひ…仕方ないから僕も憑いて行ってあげようかぁ?勿論なぁんにも要らない…
「そんな…悪いです」
「いいんだよぉ暇だから、ねぇ。それにぃ…案内役がいた方がいい…知らない町でしょぉ…?」
「それは、確かに…」
遠ざかるブルとウルに、引きづられるルサルナとクレア。
アメリアよりも、より上位者に静静と付いていくバサシ。
あわあわするアメリアにかけられる都合の良い言葉。
怪し気な言葉遣いであるが、アメリアは分からないし、分かっても気にしない。
アメリアは性善説を信じている。
そして快適に過ごしたいと思う気持ちに、そこまでしてもらうのは悪いと思う気持ちが負けた。
「お願いできますか…?」
「ふひっ、いひひっ!…お任せあれお嬢さん…ひひっ」
「ありがとうございます!じゃあ行きましょう!」
アメリアの言葉に怪しげな人物が耐えきれないように笑う。
その姿はいたいけな少女を騙す売人のよう。
売り物にされそうなアメリアは感謝を述べてブル達を追いかける。
その背をにやにやとしながら追う小柄な怪しい人物。
町に入って早々に不安になることばかりであった。