なんかよくある話   作:天和

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連鎖する話

 

ウルは今、暗闇の中にいる。

そこら中で蠢く虫が怖くて目を閉じ、耳を塞いで、ブルの頭にぺったりくっついている。

それでもちょっと怖くて歌も歌って気を紛らわしていた。

 

そうしているうちにルサルナとクレアの声が聞こえた気がして、もしかしてそろそろ大丈夫なのかと思ったとき、それは起こった。

 

ウルの頭に、ブルの手のひらほどの大きさの何かが降ってきたのだ。

降ってきた何かはもぞもぞと動いている。

それに耳を塞ぐ手に当たる感覚は、なんだか毛が生えたようにもっさりしている。

 

ウルは帽子の上から耳を抑えたことを後悔し始めた。

せめて帽子の下に手を入れればよかったと。

 

頭の上で動くそれは、撫でられ慣れているウルでなくとも分かる。

 

 

これは誰かの手なんかじゃない、と。

 

 

 

 

ウルがびくりと動き、歌声が止まる。

ブルはその瞬間、現世に戻ってきた。

 

戻ってまず疑問に思ったのは、胴体にしがみつくようにして息を荒げるルサルナとクレアの存在だった。

 

「とま…止まった…やっと…」

「ようやく…ようやくなのね…」

「なんだ…?どうしてそんなに疲れているんだ…?」

 

ウルが歌い始めてからの記憶はウルの温もりと歌声がほぼ全てを占めているブル。

それ以外の記憶は何処かに捨て去っていた。

 

呆けたようなブルの問いかけに、疲れ切って怒りも湧かないルサルナとクレア。

 

「いや…うん…なんでもないよ…」

「止まったからもういいわ…」

「?…そうか」

 

よく分からないが、何でもないなら良しとブルは現状を受け入れた。

そんなことよりウルである。

 

「ウル、良い歌だったぞ。…ウル?どうした?」

 

声をかけてもぴくりとも動かないウル。

ブルは一瞬寝てしまったのかと思ったが、それにしては寝息も聞こえない。

 

ウルから聞こえる、普段よりやや浅い呼吸音にブルの頭は答えを弾き出した。

 

 

これは怖がっている、と。

 

 

そこら中で蠢く虫を怖がり、少しでも離れようと肩の上へ移動したのは分かっている。

 

ここはいっちょ、頼れるお兄ちゃんとしてどうにかウルを勇気づけようとブルは考えた。

 

 

 

 

ブルがそんなことを考えていたとき、ウルの頭の上の何かはウルの手の上に移っていた。

 

のそのそと手の上に移るそれの感触にウルは総毛立ったが、ふと虫がこんなにもさもさしているはずがないと思いついた。

 

 

大きな虫じゃなくて呑気なねずみとかかもしれない。

 

 

そんなふうに思いついたウルはなんだか急に怖くなくなり、怖がらせてくれた手の上の何かを見てやろうと手を動かした。

 

動かして、しまったのだ。

 

 

ウルは大事なことを見落としていた。

 

虫と呼ばれる生き物の多くは足が四本より多く存在していること。

そして虫にも毛深いものがいることである。

 

ウルの頭の上に乗ったそれは確かに毛深いが、のそりと動いた際の感触では明らかに脚の数が多かった。

残念なことに、恐怖で正常な判断が出来なくなっていたウルは、思いついたことを真実だと思い込んでしまっていた。

 

 

 

 

ウルとばっちり目が合っている真っ黒な毛深い生き物。

 

ウルの真ん丸なお目々に映る、なんかいっぱい生えた脚。

横一線に並ぶ、なんかいっぱいあるくりくりとしたお目々。

ウルのちっちゃな手からはみ出るほどの大きな身体。

 

 

クモである。それもドでかい。

 

 

ウルは思考が完全に停止し、ドでかいクモと見つめ合っていた。

数秒両者ともに静止していたが、クモ側に動きがあった。

 

おもむろに一番前の脚を上げるクモ。

まるで‘やぁ’と挨拶でもしているかのような動き。

 

思い出したように足先から頭の天辺まで鳥肌が立ち上がるウル。

 

ぞわぞわとして力の入らない体と、詰まったように声が出ない喉を必死に動かした。

 

 

 

 

 

ブルが声をかけようとしたその時、ウルが動いた。

 

「ゃ…やぁぁ…!はなれて、はなれてよぅ…!」

「な、なんだ!?どうしたウル!?」

「やぁぁ…!やぁだぁ…!」

 

絞り出したようなか細い声、力無く振られているらしい腕。

ブルはなんとなくウルの動きは分かるが、頭の上で起きているために詳細が分からない。

 

鋭い感知能力も虫相手には上手く働いておらず、泣きながら何かを嫌がっていることしか分からない。

ウルを肩から降ろそうにも、足元には今も虫が蠢いている。

 

八方塞がりであった。

 

 

 

ウルがいきなり泣き出したことにぎょっとしたのはルサルナとクレアも同じであった。

 

ルサルナは遅れてきたアメリアに声をかけに動いており、クレアはバサシに乗って休憩しようかと考えていたところであった。

 

泣き出したウルに向かって、二人が動き出す。

二人が動き出したのは、ウルがなけなしの力を振り絞り、大きく手を振ったのと同時だった。

 

一歩踏み出したクレアにふわりと飛んでくる、そこそこ大きめの何か。

 

反射的に手を差し出し受け止めたクレアの両手の上には、先程までウルの手の上にいたクモ。

 

視界に映る冒涜的なそれに脳の処理が追いつかないクレア。

そんなクレアに、まるで‘よっ’とでも言うように前脚を上げるクモ。

 

あまりにドでかく予想外のものに、クレアの思考は完全に停止した。

 

 

駆け出したルサルナの視界に映る、何かを受け止め動きを止めたクレア。

 

「え!?なに!?どうしたの!?」

 

ウルに向かうついでにクレアに近づきつつ声をかける。

声をかけられたクレアは、錆びついた道具のようなぎこちない動きで振り返る。

 

ルサルナと目が合った瞬間、ぽろりと零れる涙。

そろりと差し出される、手の上の黒いもの。

 

「るなねぇ…これ、とって…おねがい…」

「嘘でしょ…脚とかもいで笑ってそうなのに…」

「むりぃ…おっきすぎるよぅ…」

 

ルサルナは衝撃を受けた。

 

虫の羽や脚をもいで遊びそうなクレアが泣いている。

魔獣は甚振って遊んでいるくせに。

 

うっかり、そうじゃないでしょうと思ったことが漏れ出した。

クレアの目から零れる涙は増量する一方である。

 

ともかく、若干退行しているクレアを前に思考を切り替える。

 

クレアの両手の上で、ルサルナにも挨拶するように脚を上げているクモ。

ルサルナにとって見覚えのある種類のクモであった。

 

 

ルサルナは一瞬で考えた。

 

ブルは泣いているウルをあやそうとしている。

恐らくはそれに手一杯になり、ウルが落ち着くまで暴れることはないだろう。

逆に今近づけばウルを渡され、駆除という名の破壊活動に邁進するかもしれない。

 

クレアに対処してからの方が問題ないのでは?

 

 

ならば、とルサルナは動いた。

まずはクレアへの対処である。

 

 

「はい、こっちおいでー。うんうん、良い子ね」

「ひぃぃ…」

 

ルサルナは知っている。

 

やたらとデカくて危なそうだが、毒もなく人に噛み付くことなど滅多にないクモであることを。

ねずみなどの小動物や虫全般、毒虫でさえも食べ、しかもある程度人を識別出来るために、平気な者は家で飼っていたりするクモであることを。

 

ルサルナが差し出した手にのそのそと乗り込むクモ。

もっさりのそのそとした感触に鳥肌が止まらないクレア。

 

「この子達はね、自分よりずっと大きなものにはほとんど噛みつかないし、他の虫とかねずみくらいなら食べてくれるのよ?だからまぁ…見た目はアレだけど、怖がらないであげて?」

「ちょっといまはむりだよぉ…」

「でしょうね」

 

涙が止まらず、縋りつきたいほど足が震えているが、肝心のルサルナはクモを撫でている。

 

そんなクレアに救いの手。

 

「え、えぇ!?なんでウルちゃんもクレアも泣いてるの!?大丈夫!?」

「りあぁ…」

「え…何この子…可愛すぎ…?」

「リア、申し訳ないけどクレアを頼むわね」

「はぁい…もう大丈夫だからね?うふふ…可愛い…」

 

追いついたアメリアは状況を把握出来ないまま、縋りついてきたクレアをあやし始める。

クレアの弱った姿に、なんかぞくぞくするものを感じていた。

 

ルサルナはそれを見て見ぬふりをし、ブルとウルの方へ向かった。

なんだか危ない感じがしたのだ。

 

とりあえず距離を取ろうと、ブルとウルを抑えに行くルサルナ。

その手に乗っけたクモの存在を忘れて。

 

近づいてくるルサルナの手に乗るクモを見たウルが烈火の如く泣き出す。

 

「やぁ!くもやだぁ!!」

「え、あ!?ごめんねウル!」

「クモ…そうかクモか…ウル、にぃがついてるから…心配ないからな…」

「ごめんね…ごめんなさい…」

 

ブルとウル、クレアとアメリアの両方から少し距離を取り、項垂れるルサルナ。

クモがルサルナに向かって前脚を上げ下げしている。

 

言葉は通じず、意味も違うかもしれない。

しかしながら、やってしまったと落ち込むルサルナにはまるで励まされているように思えた。

 

「…ありがとうね…あなたは怖くなんかないってちゃんと教えるから…」

 

クモを撫でながら語りかけるルサルナの姿は、なんと言えばいいのか、言葉にし難いものだった。

 

 

大泣きする幼子と、それを必死にあやそうとしている男。

 

縋りついて泣く少女を、なんだか恍惚とした様子で抱き締める少女。

 

クモに語りかける落ち込んだ様子の女。

 

 

 

 

この状況を解決出来るものは、それはもう時間しかなかった。

 

 

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