「あなたが最も尊敬している人物はどなたですか?」
「妻ですね」
「よろしければ理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「彼女は素晴らしい人格者でした。人を気遣い、痛みに寄り添い、必要なときに必要な言葉をくれる、まさに天使のような人でした」
「なるほど、では、最も怖れた人物は?」
「妻ですね。彼女があまりにも完璧すぎるあまり、私はいつか見放されるのではないかといつもひやひやしていました。結婚する前も後も、死に別れた今でさえも」
男は質問に淡々と答えていく。
美しい部屋だった。白の壁に囲まれた立体的な空間。白いスーツの面接官は白い椅子に腰かけ、扉、窓枠、窓際に置かれた花瓶から花それ自体にいたるまで、全てが透き通るような白色をしている。
「あなたがこれまでに最も愛した人物は?」
「妻です。妻以外にいるはずがありません」
「では……あなたが最も憎んだ人物は?」
「妻です。何度天地をひっくり返すような大喧嘩をしたことか。別れようと宣言したこともあります。彼女がいま天国で傷だらけの姿でいるのなら、その傷の大半は私によるものです。償っても償いきれない。彼女は私の前以外で感情をあらわにする人ではありませんでしたから」
「なるほど。分かりました。面接は以上になります。結果が出るまでその場で掛けてお待ちください」
面接官はめいめいメモを取り、眼鏡を持ち上げたり考え込んだりしている。
男はそっと目を閉じ、妻と過ごした日々を回想した。思えば実に長い年月を彼女と共に生きてきた。出会ってから九年前に死に別れるまで、五十年以上も。
今彼女は天国の庭で何をしているだろうか? 九年間ずっとそればかりを考えてきた。早く行ったら怒られるかな? だがしかし会いたい、などと思春期の少年のようにいつもそわそわしていた。そしてようやく会える時が来たのだ。天使とやらに大往生を褒められ、妻と会ったら何から話そうかと逡巡したのもつかの間、私はこの部屋に放り込まれ、死後の行き先を決める面接に参加させられている。それにしては内容が曖昧過ぎないか。今の受け答えだけでこれから永遠に妻と暮らせるかどうかが決まるだなんて。
「あの。一つ質問してもよろしいでしょうか。この面接で私が天国に行けるかどうかが決まるんでしょう? これだけの質問ですべてが、永久に決まってしまうというんですか?」
つい焦った口調になってしまった。面接官の不興を買うのは避けなければならないのに。
眼鏡をかけた面接官がにこりと笑う。
「十分です。あなたの人格、そして奥様への愛は十分に伝わりましたよ」
何も言えなくなり、へろへろと気が抜けたように男は椅子に戻った。
すると、もう一人の面接官も相好を崩し、
「実は、この面接はほぼ形式だけでして、あなたの行ける世界はもう決まっているんです」
「えっ」
「この部屋の色はあなたの心の美しさを表しています」
男は部屋を見渡す。壁、家具、調度品。白、白、白だ。透き通るような白。
「おめでとうございます。あなたは天国への入場を許されました」
面接官が一斉に手を叩いた。部屋の壁がほどけるように曖昧になり、天井はまばゆい青空に、床は果てしなく広がる花畑へと姿を変えた。男の頬に涙が伝う。しかしすぐに慌てたように、
「つ、妻は!? 妻は天国にいるんですか!?」
「いらっしゃいます。しかし、奥様は以前から『主人と同じところへ行く』とおっしゃっていましたよ」
そう言うと、眼鏡をかけた面接官は男の背後に視線をやった。
「あちらでお待ちになっています。それでは…末永く、お幸せに」