月に恋したブロントサウルス   作:茶蕎麦

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第四話 無意味な良い日

 酷く背高の女が人の間に割り入れば目立つものだ。

 以前のあたしは、その注目を気にして外出の頻度を下げていたくらいに、見上げられる回数は多かった。

 まるで自分が汚点になっているかのようで、少女は人目を嫌っていたのだ。おしゃれに気をつけていたのも、きっとそのため。

 とはいえ、今の恐竜由来の認識を持ったあたしにとって、見下げることこそ普通である。故に、見上げられることは怖くない。

 彼らの視線にどんな思いが込められていようが、あたしの心にまでは届かないのだから。

 

 さて、開闢の後コンクリートを植樹して人々が大いに営巣している、街の中。

 行き交う人々は、レーンを頼りにねり歩く。決して彼らは邪魔な建造物を打ち払わず、踏みつけず、大人しくも迷路染みた道道を進むのだった。

 あたしは、真っ直ぐ先に向かうために線路を迂回しながら進むその面倒に嫌気を覚えながら、こう零す。

 

「ふむ。これが以前のあたしだったら……乗り越えるか、押しつぶして道にするかしてスムーズだったろうにな」

 

 道は、自分の跡に出来るもの。生痕化石などというものには驚いたが、しかしあたしたちの移動は確かにしばらく後に残るくらいは大げさだった。

 大樹を食んで裸にして、水たまりを皆で呑んで干上がらせてそこを渡り、知らずに小動物達の巣穴を踏んで塞いで回る。

 環境を破壊しているのが人間ばかりと思うなら、それは過ちだ。顧みることすらない、恐竜こそ何よりわがままだった。

 

「暴虐の化身として龍は創造され、また太古の異物がそれにあまりに似通っていたからこそ竜とされた。故に、あたしも禍に似ているのだろう」

 

 発想が、人でなし。ならば、人に倣わねばどこまでも悪になれる。故に、あたしが施設に押し込まれたのは当然だったのかも知れない。

 先日も妹とふらりと寄って見て貰った占い師に、あんたヤバいねと一言で切って捨てられたような、女である。本性は、どこまでもどこまでも、自己愛に満ちていた。

 

「しかし、だからこそ、愛になろうとしたって良い」

 

 しかし、自分も世界の一つであると思えば、この世は愛すべきものへと変貌し得る。

 この世の全てが睥睨すべきあたしのもので、だから好きだ。

 そんな結論を付けたあたしにそれでいいのだと、大地は言っていた。

 

「さて、今日も愛を示とするか」

 

 曲がり角越しに子らの悲鳴のような元気を聞きながら、あたしは呟く。

 そう、ならばこそ、あたしはボランティアなんていうものを好んでいた。

 細々したゴミ掃除のような作業は面倒で行わないが、あたしの無償で配り歩きたくなるくらいの愛は、まあ特に選ばず寂しがり屋の孤児や老人に渡している。

 そして、今日は予定していたあたしのように棄てられた子供達の世話の日。持てあましている有給を使っての孤児院での平日労働の一日だ。

 使えと言われたための休みとは言え、折角だから実りあるものにしたいと意気込んでしまうのは、仕方のないことだろう。

 

 低い塀、門だって似たようなもの。だから、あたしはそこそこ遠くからそれを覗けた。

 街中の猫の額のような狭さの庭にてはしゃぐ男の子等。どうしてか木々にはりつききゃっきゃ言っている彼らの前で、あたしは大きな胸を張って言った。

 

「あたしが来たぞ」

「わっ、デカいのが来たぞー」

「ヨーコだ! 袋で何か変なの持ってるー」

「遊び道具だ」

「どうせならゲーム機もってこいよー。なんだコレー」

「これらは、けん玉に、お手玉というらしい。後は、柔いサッカーボールもあるぞ」

「玉に玉にボールかよ! それに、らしいってどういうことだー?」

「あたしも、昨日はじめてみたものだ。ろくに出来ない」

「なんだそんなん持ってきたんだよー!」

「妹に勧められたからな」

 

 そうこう話している間にもセミのようにして遊んでいた子供に、更にその叫びを聞きつけた施設内の子等があたしの元へと殺到してくる。

 小さい、粒のような輝き。それらが、ひしめいて喜びの高音を奏でる。

 気をつけなければ今のあたしですら踏みつぶしかねない程の幼さの殆どが、偶のあたしの訪問を喜んでいるのは壮観ですらある。

 

 しかし、子供は乱暴だ。

 ゆるりと歩むあたしが先生方に挨拶へ向かうことすら待てなくなった彼らはあたしが右手にぶら下げるビニール袋を競うようにまさぐり始めた。

 

「へっ、これもーらい!」

「む、了承もなしに勝手に取るのは、不作法だぞ」

「サッカーボールちょうだい!」

「二個あるが、こっちのぴかぴかのをやろう」

「わーい!」

「何この玉。じゃらじゃらしてるぞ?」

「あずきが入っているらしい」

「かんちょー!」

「ふ。あたしの尻を侮るな」

「げ、弾かれた!」

 

 そんなこんなで、あっという間に、あたしの用意はすべて持って行かれ、残るは何故か代わりに両の手に小さな手の平を繋いできた子等が二人ばかり。

 あたしは、サヨナラ代わりにあたしの太ももをはたき、蜘蛛の子を散らすように去っていく彼らを尻目に残った彼彼女らの名を呼んだ。

 

「ミキ、礼人。お前等は皆と一緒に遊ばなくて良いのか?」

「いーよ。あんなおもちゃよりお前の方がおもしれーし」

「らいと、そんなこと言っちゃダメでしょ? わたしは、ようこお姉ちゃんが好きだからいっしょしたいの」

「ふむ。君らは格別に愛らしいな」

「へへ」

「でしょー」

 

 正直舐めたくすらある。そしてあまりの愛らしさに撫でつけたくとも両手を彼らに取られてしまっていては、それすら難しい。

 だから、あまり得意でなくとも微笑んで、その手を柔らかに握ってあげることにした。

 

「温かいな」

「うん!」

 

 そしてそのまま二人がぶんぶんと手を振るリズムに合わせて進み、そして孤児院の入り口にてあたしは窮する。

 停まったあたしを見上げる二人を余所に、あたしは眉を下げて呟いた。

 

「しまった」

「どーしたの?」

「いや、お前等への土産ばかりで、先生方へ何か持ってくるのを忘れた」

「そんなん気にしなくて良いだろ?」

「いや、流石に手ぶらは大人として……」

「構いませんよ」

「お」

 

 しかし、そんな程度の低いあたしの窮地を救ってくれたのは、なんとも礼を欠いたその相手だった。宮地友子という、この孤児院ささやき園の園長を行っているロマンスグレーが美しい女性。

 彼女は優しく、案の定あたしを見上げながら続けた。

 

「葉子ちゃん。あの子たちのお世話をしてくれるだけで、私達はとても嬉しいのです。更に何かいただいてしまえばそれは、過分というものですよ」

「む……そう、ですか」

「ええ。そもそも、人気者の葉子ちゃんがいらっしゃるだけで、皆元気になりますから、もう本当にありがたいわ」

「なら、いいのですが……」

 

 あたしは恐縮して縮こまる。それでも、彼女を見る目は高くにあるからこそ、いたたまれない。

 普段から見下ろしていて、更に偉ぶってはそれこそ暴君と思う。故に、恐縮するばかりであったが、そんなことをしているとあたしの脚を礼人が蹴りながらぼやいた。

 

「硬くなりすぎなんだよ、このでけーの」

「失礼ですよ、礼人」

「いや、別にあたしは気にしない。なにせ、あたしはこのサイズ感こそ唯一の得意だからな」

「ようこお姉ちゃん、足とか長くてお顔も綺麗で凄いとおもうけどなあ」

「しかし、そうであったとしても本人に活かす気がなければ無用だ。ミキは、そのかわいらしさ、存分に輝かすことだな」

「かわいいって……えへへー」

「自分が綺麗っての、否定しねえのかよ、こいつ」

 

 あたしが再び胸を張りだすと、今度は礼人が余計な茶々を入れてくる。こいつは、あたしに元気をだしてほしいのか、そうでもないのかよく分からないな。

 だが、まあ子供のからかいには慣れている。おふざけには真面目で返せば面白い反応を見せてくれるというのは、この園で学んだこと。

 あたしは、しゃがみ込んで高い高い頭を下ろして、少年の顔に正対し、言う。

 

「なら、礼人はあたしの綺麗を否定できるか?」

「うっ……」

 

 そう、美観が太古のあたしですら、月野葉子の不細工を見つけるのは困難。ましてや、それを人間の子供が指摘するのは、無理難題というものだ。

 だが、朱く言い淀んだ彼の前で、それでもあたしは、揃いの良い大きな瞳を瞑って首を振った。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。空のきれいと同じもの。無意味な背景だ。こんなもの気にするよりも、努力で伸びるものを育てた方がいい」

「っ!」

「どうした?」

 

 綺麗なんて、偶然でありあたしにとっては幸運ですらない。むしろ、子どもたちの成長こそ楽しいという、そんな本音をあたしは零す。

 だが、それに目の前の男子はそれこそ一気に怒りの表情になった。礼人は、怒髪天を衝いた様子であたしの手を払い、言った。

 

「ブス! 馬鹿! アホヤロー! お前なんて、嫌いだ!」

「あ……」

 

 あたしに悪口をぶつけ、そして子供は地団駄を踏んでから逃げていく。

 よく、分からない。その怒気も悪口の選定理由も。首を傾げるあたしに、苦笑いしながら、ミキがあたしの肩に手を置いてのたまうのだった。

 

「お姉ちゃん、あの言葉はないよ……」

「そうか?」

「うん。お姉ちゃんはね、礼人の大好きなもの全否定したんだよ。それは良くないよね」

「ああ、良くないな」

「なら、一緒に後で謝ろうね」

「わかった」

「ふふ。いいこいいこ」

「む」

 

 あたしが悪いなら、正すのは当たり前。そんな応答をすると、どうしてだか少女が背を伸ばして、しゃがんだあたしの頭を撫でてくる。

 むしろ、それはあたしがしたかったことであるはずなのに、おかしいな。

 さらさらしてるー、と喜ぶミキを不思議に見つめながら、そして、あたしは何が自分の悪いのか改めて考え、それがきっと全部だろうことにぞっとするのだった。

 やはりティラノサウルスの方が子供受けがいいのだろうか。そう思うあたしの隣で、園長先生が零した言葉はあたしの耳に届かなかった。

 

「はぁ、どっちが年長でどっちがお世話しに来たのか……本当に、愉快に抜けた子です」

 

 小言をかき消すは、子どもたちの元気。それらはその内に、あたしを巻き込み、園長先生を怒らせるに至るだろう。

 それを予測して、尚あたしは迎合する。

 

「ふむ。いい日だ」

 

 窓から空を見上げてみると、どこまでもどうでもいい蒼穹が広がり、その下の全ては輝いていてどんな努力も無意味に思える。

 だが、だからこそ良い日に違いなく。

 

『私はね、みんなに笑顔になって欲しい!』

 

 ああ、あたしはこのまま、何時かどこかであの子の夢を叶えられるだろうか。

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