※下ネタ多めです、御注意ください。
「また…やってしまった」
ナザリック地下大墳墓、アインズの自室。そこに自責の念を込めた声が響く。
声の発言主は当然部屋の所有者であるアインズ。だがもしここに他の者、彼のシモベなどがいればその違和感にはすぐに気付いたであろう。
常のものより声が高い。そしてその体躯、豪奢なローブに覆われ分かりづらいが非常に小柄に見える。ざっくりと開いた胸元からは引き締まった筋肉ではなく柔らかそうな双丘がのぞく。その下にはほっそりとした胸郭が現れ、痩せたくびれに続いて腸骨がゆっくりと膨らむ。局所はローブでぎりぎり隠れているだけの状態。腹部には腹筋の生み出す輪郭は見られず臍から下腹へ性的なラインを引いていた。
端的に言って誰がどう見ても女性の体である。
「うう…また戻れないし…」
ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン(女)がそこにいた。
「魔法が暴発したのか…本当に学習しないなぁ俺は」
事の経緯は単純。人になる魔法を応用した性別を変える魔法を研究していた際に誤って魔法が発動。意図せずしてその身は女性のものとなった。
少し前、同様に女性となりシモベ達から愛のセクシャルハラスメントを献上されたばかりだというのにこの醜態。しかしそれには理由があった。
「マーレのためにもできるだけ早く完全なものにしたいんだけどなぁ」
前回女性となり数日後にどうにか男に戻れたアインズはマーレからこっそりと相談を持ち掛けられていた。それは性別を変える魔法を教えて頂けないかという内容。
予想だにしていない相談に面喰らってしまうアインズだったが、普段全く我儘を言ってくれないシモベ代表のマーレが己に頼み事をしてくれたことが嬉しいあまり任せろと安請け合いをしてしまったのだ。アインズ自身、人間になる魔法程には熟知しておらず、前回も女性から戻れなくなって酷い目にあったばかりだというのに。
それからは時間を見つけては性転換の魔法の研究を進めていたのだが、今回は誤って魔法が暴発しアインズは再び女性と相成った。
「そういえばマーレはどうしてこの魔法を覚えたいんだろう?」
今更にアインズはマーレが何を思ってこの魔法を教えてほしいと言ったのかが気になり始める。大きくなってからはスカートを履くことも止め、男らしくとまではいかないが守護者として凛々しい姿を目にすることも多くなった。
「やっぱり創造主の影響かなぁ」
頭の中でピンクの肉棒がニチャアと微笑みかけてくる。彼女の与えた影響が女性への憧れを持たせているのかなと、答えの出ない問答をいったん打ち切ることとした。
問題は現状どうするかである。
「……言わないわけにはいかないよな…」
このまま部屋に籠って男に戻るのを待てればいいのだが、前回数日かかったことを考えると現実的ではない。ならばやはりナザリックの愛するシモベ達へは伝えなくてはいけないだろう。たとえセクハラが加速しようが、謀反レイプがその勢いを増そうが。
マーレとコキュートス、八肢刀の暗殺蟲に多大な苦労をかけると思うと申し訳なく思うが仕方がない。後で何か労いの言葉と褒美を与えると決めることで自身を納得させる。
「それにしても…相変わらず胸以外貧相だなぁ」
鏡に映る己を見て嘆息してしまう。男性の、というより鈴木悟の姿も仕事に疲れた中年サラリーマンといった風貌であったが、女性の姿も残念としか言いようがない。生に疲弊し世の不条理を味わいつくしたためか、眼はどろどろと濁っている。男性の頃にもあった目の下のクマはしっかりと引き継いでおり人相も最悪。髪の毛は手入れがされておらず伸び放題でまとまりがない。どういうわけか女性のシンボルともいえる胸だけは無駄に大きいが、元男としては邪魔でしょうがない。アルベド達はいつもこんなものをぶら下げて働いているのかとどうでもいい関心もしてしまう。
露出の多いローブの為、肌色の面積が非常に多いがそんな残念な容姿であることもあって微塵も欲情しない。そも女になったからといって自身に欲情しては愈々やばい奴だなとほっとするアインズ。
「よし、行くしかないか」
ここでうじうじと悩んでいても解決はしない。無理矢理自身を納得させ玉座の間へ向かう事を決める。
「そうだ、皆かわいい子供のような存在。俺が信頼しなくてどうするんだ!いきなり飛び掛かるような真似はしないさ」
せっせとフラグを建築しつつ、自室の扉を力強く開け目的地へ歩を進めるのであった。
「アインズ様…御っぱい揉ませて下さ~いっ!!」
信頼は速攻で裏切られた。
玉座の間で、招集をかけたシモベ達へ「わけあってまた暫く女として過ごす」と失敗を誤魔化した説明をすると、アインズの話が終わるまで玉座の横で跪いていたアルベドが目を光らせ飛び掛かってきたのだ。
しかしそれを予測していたように即座に飛び出したマーレとコキュートスの拳による強打に吹っ飛ばされる。
「成敗っ!!」
「っあいた!」
凄まじい勢いで壁に激突したとは思えないほど軽い言葉だった。
すぐさますくっと立ち上がり邪魔をした二人へ批難の視線を向ける。
「ちょっと何するのよ!折角アインズ様の御っぱいを揉み吸わせて頂けるところだったのに!!」
「許可してねぇよ」
一連の流れを諦観と共に濁った目で眺めているアインズ。
するとマーレとコキュートスが言葉を発するより早く、臣下の姿勢のまま跪いたシャルティアが反応した。
「まったく、とんだ変態統括でありんす。アインズ様の御前で慎みも持てないとは」
「鼻血を拭いてから言え」
死んだ魚の目でつっこむアインズ。
アルベドへ叱責するような言葉を向けたシャルティアだが、開いた瞳孔からの視線はアインズの胸部へ遠慮なく注がれ鼻血をだらだらと流している。どの口が言うのかとはこのことだろう。
「まったく!アルベドもシャルティアもアインズ様に迷惑ばっかりかけるんだからっ」
「アウラ…」
シャルティアの横に跪くアウラが柳眉を逆立て二人を叱責する。そんなアウラへ極僅か期待を込めた視線を向けてしまう。過去何度も裏切られてきているというのに。
「ところでアインズ様、女性の体はまだ不慣れな御様子。私が二人きりでみっちり隅々までくんずほぐれつ教えさせて頂きますよ♡」
渇きを潤すように唇を舐める様は艶めかしい。獲物を狙う狩人のような眼に思わず身震いしてしまう。
「ちょっとアウラ、その役目は守護者統括である私の役目よ!アインズ様の御体は私が性心性意お世話させて頂くわ!!」
「のぼせんなよ陰毛ゴリラ!アインズ様と女体の神秘を探求するのはわらわの役目でありんす!!」
「君たちは本当に予想は裏切らないな!!」
きっと大丈夫と無理矢理考えるようにしていたが、頭の奥で想定していた通りの事態に事は進む。アインズも片手で額を押さえて肩を落とす。
「ふう…これだから盛った女はいけませんね」
「全くです、我が父…否、母上になんたる無礼なっ」
今迄黙っていたデミウルゴスとパンドラズ・アクターが静かに、だがはっきりとした怒りを乗せ非難の言葉を向けた。
アインズも極極極僅かな期待を抱き二人へ視線を向ける。
「ビッグボイン…いえ、失礼致しましたアインズ様」
「失礼をぶっちぎった言い間違いだからな?」
「我が乳上」
「イントネーションが気になるんだよ」
信頼は再び裏切られた。
「女衆へ御身の御世話を任せてはセクハラ三昧になることは明白。ここはぜひ私奴に」
「いえっ! 母上の御世話は息子である私に!」
昂奮に頬を紅潮させ息を荒らげていなければまだ格好もついただろう。
信じて共に歩んできたシモベ達の性欲が凄い、と悲嘆にくれてしまう。
唯一の救いは露出狂のセバスが大人しいことだろうか。どういうわけかいつもの全裸ではなく執事服をきっちりと身に纏っている。臣下の姿勢のまま真面目な表情を作っているが、どこか覇気がない。
アインズの知らぬことではあるが、セバスとしては男性のアインズの前で服を脱ぎ掘られたいというとち狂った願望を持っていた。そのため今の女性であるアインズの前では静かにしているのだがそれは知らぬが仏だろう。
「アインズ様!男衆とて信用できません!!」
アルベドが男達からの視線を遮るようにアインズの前に立ち片手を上げる。
「なっ、何を根拠にそのようなっ」
心外だとばかりにデミウルゴスが牙をむき反論する。しかしアルベドはせせら笑う様に顎に手の甲を添え軽蔑の眼差しを向けた。
「あら、私が知らないとでも思って?貴方達がこっそりとMONGAを購入していることは知っているのよ」
「なっ⁉」
普段は冷静を絵に描いたようなデミウルゴスが図星を突かれたかのように半身後ろへのけ反った。
MONGA。それは前回アインズが女性になった際に作成されたオナホール、もとい御ナホールである。いと尊き御方であるアインズの御まんこを精巧に再現し発明された、ナザリック男性陣夜の友。果たしてどうやって再現したのかは甚だ不明だが。ちなみに余談ではあるが男性の時のアインズをモチーフにしたディルドや抱き枕、果てはエロ同人まで作成されている。上司への性的搾取が止まらないと恐れ戦いたアインズだがかわいいシモベのため黙認、というよりは見て見ぬふりをしている現状だ。
「アインズ様を思えば所持しているのは当然でしょう!マストバイです!!」
いやそれはどうなんだと思わなくもないアインズだが、藪蛇になりそうだったのでスルーする。
「というよりお嬢様方、貴方達も持っているでしょうが!!」
パンドラズ・アクターが反撃とばかりにポーズを決め女性陣を代表しアルベドを指さす。しかし指摘を受けたアルベドは余裕の表情で言葉を返した。
「持っているけど何か?」
「堂々とすんな」
思わずつっこむアインズ。
そもそも女性がそれを一体何に使っているんだという疑問が湧くがこれも藪蛇だろうと追及はしなかった。
「貴様ラ、イイ加減ニセヌカ!!アインズ様ノ御前ダゾ!!」
突如、今迄事の成り行きを見守っていたコキュートスの怒号が響く。とうとう現れた味方に感激する支配者。
「アインズ様ノ御姿ヲ模シタ性具ナド言語道断!!」
そうだそうだびしっと言ってやれ、と心の中で追従する。
「物ニデハナク、実際ニアインズ様ニ射精シテ差シ上ゲヌカ!!」
コキュートスの言葉にびしりと固まる絶対的支配者。
「サスレバ御子ヲ宿シテ下サリ、オ生マレナサッタ子ハ私奴ヲ爺ト呼ンデ下サルハズ!」
「味方は一人もいねぇや」
やさぐれた支配者はPlease call me G!と冷気を吹き出す蟲王に絶望する。
状況が好転するわけもなく、誰がアインズの世話をするかで場が混沌としていく。
過去の経験からこの状況も想定していたアインズは「静まれ」と一言を発し皆の注目を集めた。
「私の補佐はマーレに頼もう。身の回りの世話はメイド達に任せる」
アインズが取れる最も無難な選択。マーレならばおかしな真似はしないだろうという信頼があってのもの。他の選択肢としてはコキュートスや(現状の)セバスでもいいのだが補佐という点においてはコキュートスでは難しい。セバスは大人しいが逆にそれが怖いので却下とした。
「アインズ様いけませんっ!!」
マーレが驚きに反応するより早くアウラが鬼気迫った表情で言葉を発した。
どうしたのかとアインズが視線で続きの言葉を促すと、アウラは隣のマーレを指差し訴える。
「マーレは御身が思うほど真面目ではありません!」
「んん?そう…か?」
間違いなく現状のナザリックにおいて一番の常識人だと思われるが、姉にとっては違うらしい。
姉の言葉を受けたマーレは「姉さんに言われたくない」と頭を抱えている。
「マーレも以前MONGAを買って——」
「お姉ちゃんっ⁉」
アウラが言い終わるより早くマーレが後ろからその口を塞いだ。顔は真っ赤に染まり口の端は引き攣っている。マーレにとって幸いなことに、一連の行動に目を丸くするアインズには正確に言葉は届いていなかったようだ。
「マ、マーレ…どうしたんだ?それにアウラが言ったMONGAがなんとかとは…?」
「何でも御座いません!!姉は胸に栄養がすべていって頭がパーになっているのです!!」
とんでもない内容を叫ぶように言い訳するマーレ。口を塞がれたアウラは「むー」とどうにか言葉を発しようとするが弟のほうが力は強い。胸に栄養のあたりでシャルティアが深く頷き相槌をうっていた。
そんな姉弟の喧騒を無視しアルベドが悲痛さを乗せた表情でアインズへ近づいてくる。
「アインズ様、マーレとて所詮は男…性欲が暴走し御身に襲い掛かってこないとも限りません」
「さっき飛び掛かった女が言うなや」
思わずジト目をアルベドへ向けてしまう。
「とにかく私の補佐はマーレへ任せることする。後で執務室まで来てくれ」
場が荒れる前にとやや強引に話を締めて玉座の間を後にする。シモベ達から向けられるいつもとは色の違う熱っぽい視線に居心地が悪くなってもいたためだ。
ばたばたと慌ただしく去っていく支配者の背を物欲しげに見送ったのち、皆の視線は冷たいものへと変わり棚ぼた野郎へ向けられた。
棚ぼた野郎は向けられる多数の視線から逃れるように顔を逸らしどことはない地面を見る。
「ふ~ん、良かったねぇマーレ」
弟の拘束から解放されたアウラは非常に刺々しい祝辞を述べた。
変態三人衆の残り二人、アルベドとシャルティアが悔しそうに拳を握っている。
「くぅうう…上手いことやりやがったなこのドむっつりがっ!!」
「誰がむっつりですか!」
「本性を隠し獲物に近づくその手腕…ナザリック一の知恵者はマーレだったでありんすねぇ…」
「そんな真似してません!」
顔を赤くし柳眉を逆立てて反論する。
「アインズ様が御待ちですから、私はもう行きます!」
これ以上ここにいても碌なことにならないだろうと無理矢理会話を切って、不躾にならない程度の早歩きで場を離れるマーレ。
「アインズ様の御着替え覗いちゃダメだよー!」
「…するわけないでしょ!!」
背に掛けられる姉からの忠告に律義に振り向いて答える。
「アインズ様に襲い掛かったりしないようになさい」
「それもう謀反どころじゃないですからね⁉」
統括からの忠告にも律義に答える。
「アインズ様の排泄物を頂戴しようなんて抜け駆けしないようにしんなまし」
「ドン引き」
同僚からの忠告にも遠くなった声で律義に答え、羨望と嫉妬の視線を背に受けマーレは玉座を後にした。
アインズの執務室にペンを走らせる軽快な音が響く。机に向かい積み上げられた書類を読み必要な記入をする。かつては意味が分からず名前を書くだけであったが、現在ではある程度の内容を理解し名前以外の事柄も記入できるほどに成長していた。
アインズの左後ろでは補佐としてマーレが立っており、アインズが必要とするものの手配、確認ごとの調査など適宜動いていた。マーレにも横に座るよう伝えたアインズだが、畏れ多いとやんわりと拒否されている。
「ん~」
手をつけていた書類に一段落付いたためかアインズが軽く伸びをするように両手を上げる。その声に自然と視線を向けてしまうマーレ。
「…っ⁉」
瞬間、咳とも唸りとも取れない声がマーレの口の隙間から漏れた。目を見開き顔は一瞬で真っ赤に染まっている。
主は気付いていないが、両手を上げたため普段はローブに隠れている二の腕からその先の脇、そして前部分がはだけ乳房が露わになっている。辛うじて髪の毛で局所は隠れていたがあと僅かでも動けばそれも危ういだろう。
マーレの漏らした声に気付いたアインズは両手を上げたまま不思議そうにマーレへ顔を向けたが、何かに気付いたようにはっとするとマーレ同様顔を朱に染め両手でローブを合わせて胸元を隠した。
「す、すまない…見苦しいものを見せたな…」
「いえっそのようなことは!」
肯定は当然できず、否定するのも見たがっているように思われるリスクがあるため返答に苦慮する。
アインズははだけたローブを直し羞恥を吐き出すようにふうと一息ついて居住まいを正した。
そして何かを言いたげにちらちらとマーレへ視線を向け始める。上目遣いの御尊顔御可愛いと浮かんだ不埒な考えを無理矢理頭の外へ追いやってアインズの言葉を待つ。
「その…な、マーレ。一つ言っておくことがある…」
「はい…」
改まって言われる言葉に対する緊張はあるが、今はそれ以上に主張の激しい御っぱいへ視線を向けないよう全力を注いでいるためそれどころではない。
「私の今の状態についてだ…」
「…状態…で御座いますか」
「うむ、前回女性となった時とは異なることがある…」
さらに僅か逡巡する様子を見せたアインズだが、決心がついたのかマーレの目を真っ直ぐ見つめた。
高鳴る鼓動、熱くなった頬にどうか気付かないでと祈りながらマーレは真面目な顔で話を聞く。
「前の時は体は女性でも心は男のままだったのだがな…」
マーレは前回の騒動を思い返し納得する。確かにあの時のアインズの行動は見た目に反し男性としてのものであった。露出の多いローブで肌を晒すことにも特に頓着しておらず目の毒であったことは記憶に新しい。その肉体と精神の乖離が大変変態な騒動を起こしていたのだが。
「なんというか…今回はな…その、心も女性に近くなってしまっているようなんだ…」
目線を外して伏し目がちに、片手を胸の上に当て恥ずかしそうに語る主へ芽生えそうになる邪な気持ちを押さえつけて言葉の意味を理解する。先の胸元を隠すような行為は女性としての羞恥心からきているものであったのだ。確かに前回女性となった時とは雰囲気や振る舞いに差異を感じていたが理由がはっきりした。
しかしマーレはその事実を聞き何とも言えない気持ちになる。心は男性であった前回でさえ己はドギマギと無様を晒してしまったのだ。身も心も女性となった敬愛する主の近くで心を律していられるのかと。
主が困っているのだから早く解決してほしい、手伝わせて頂きたいという善性。それと同時に心の奥底で蠢動する背徳的な高揚感を持て余す。
「だからな…もしかしたら何かおかしな行動をとるかもしれないが大目に見てくれると助かる」
恥辱ゆえだろう、後半になるにつれ発言は早口になり言い切るように終える。女性としての羞恥とは別に女性らしい行動を取ってしまうアインズとしての恥ずかしさがあるのだろう。そういったことがあっても気にせず見て見ぬふりをしてほしいという嘆願。
言葉が思いつかず言いあぐねているマーレに何かを感じたのか、眉根を寄せ申し訳なさそうに目を伏せる。
「すまない、恥ずかしがるような容姿でもないという自覚はあるんだがな…」
「そのようなことはありません!!」
突然のマーレの大声にびくりと肩を竦める。その様子に申し訳ありませんと一声添えて、マーレは普段の彼からはあまり想像がつかない熱の籠った様子で語り始めた。
「御身の御姿はまさに美の結晶!引き込まれそうになるほどの深淵を宿した瞳、漆黒に舞い揺れる御髪、そして男性の頃より変わらぬ慈悲深き御心!どれをとってもまさにこのナザリックに舞い降りて下さった女神であらせられます!!」
「マ…マーレ?」
何となく好きなものを語っていた時の彼の創造主を思い浮かべてしまう。それほどに気炎を吐かんばかりの熱弁。
アインズも徐々に羞恥を顔に出し始める。はっきり言ってごく一般的な日本人の、鈴木悟の判断基準からいえば男性の姿もそうだが今の女性の姿もこれ程の賛辞を浴びる容姿ではない。一言で言ってしまえば仕事に疲れ果てたアラサーOLといったところだろう。
無論マーレが本心から言ってくれていることは理解できる、だからこそ余計に恥ずかしいのだが。
「あっあまりそのように褒めてくれるな…」
そっぽを向き両腕で顔を隠すように縮こまる。女性の心故の行動だろう。
「(ぐうかわ)」
思わず心に浮かんだ考えを、頭を振って追い払う。
敬愛する主へこんな邪な気持ちを抱いては姉を含めた変態三羽烏や掘られ三馬鹿トリオと同じになってしまう。
「熱くなってしまい申し訳ありません、ですが本心からの言葉です」
「…う、うむ」
これ以上反論してもマーレは折れることがないだろうと諦めることとする。
いたたまれなくなりマーレから視線を大きく外したところで、マーレとは反対の位置に控えていた本日のアインズ様当番のメイドであるシクススと目が合う。
今更ながらに執務室にはアインズとマーレだけではなく、シクススと八肢刀の暗殺蟲も控えていたことを思い出し気恥ずかしくなってしまう。
シクススはメイドとしてきっちりと不動のまま控えていたが、赤みを帯びた頬でしっとりとした視線をアインズに向けていた。
「あ~…そうだな、そろそろ風呂へ入ろうかと思う」
何か用件があるのかと首を傾げたシクススへ咄嗟に思いついたことを口にする。実際に仕事も一区切りがついており頭をリラックスさせたいと考えてもいた。
「畏まりました、すぐに御用意致します」
アインズの言葉を聞いたシクススは素早く準備に取り掛かる。
八肢刀の暗殺蟲もマーレが付いていたこともあり僅か緩んでいた気持ちを引き締めた。そう、風呂場では偉大なる御方が一糸纏わぬ姿を晒す。ともなれば必然変態が湧いてくる恐れがある。
「マーレも付いてきてくれ、扉の前での警護を頼みたい」
「はっ、勿論で御座います」
マーレもアインズの言いたいことはすぐに理解する。入浴している間に現れるであろう覗き魔達を警戒せよという事だ。
「御身は私がお守り致します」
決意を込めて言葉を発する。そして覗き魔達の中には間違いなく己の姉も含まれるだろうと頭が痛くなるマーレであった。
「そこを退きなさいマーレ!」
案の定現れた変態三人に顔を顰め片手で頭をおさえる。
スパリゾートナザリックへ続く扉の前の廊下、そこで警護をしていたマーレの前に当然のようにアルベド、シャルティア、アウラはやってきた。
なおアインズは男湯に入るか女湯に入るかで暫く逡巡していたが、色々と覚悟を決めて女湯へと消えていった。アインズは最後まで一人で行くと言っていたが、結局押し切られ手伝いとしてシクススを含めた三人のメイドが同伴している。
「そこは女湯、そして私達は女性。入ることに何も問題はないはずでありんす」
論理は間違えていないが、鼻息荒く興奮した様を見せていては目的が明白だ。偉大なる主より任された命令の為通すわけにはいかない。
「女性である前に変態でしょう。アインズ様の貞操のため通すわけにはいきません」
扉の前に立ち腕を組んで不退転の意思を示す。
そんな弟へ優しい微笑を浮かべアウラが話しかける。
「成長したわねマーレ…姉として誇らしいわ」
「そんなこと言っても通さないからね」
「ちっ」
予想以上に逞しく育った弟へ舌打ち一つ。
「マーレ、何も私達はアインズ様にやましいことをしようなんて考えていないわ。今は女同士なのだから、一緒に背中を流させて頂きたいだけよ」
アルベドが正面からの説得を試みるが今迄の犯罪歴からも全く信用できない。マーレも、そして一緒に任に当たっていた八肢刀の暗殺蟲もジト目を向ける。
「そして流しあいっこをしつつも徐々に感情は高まり抑えられなくなったパトスが暴走しくんずほぐれつの性交体験へと導かれて…ああ♡」
問い詰めなくても勝手にぼろを出し始めた。マーレと八肢刀の暗殺蟲はこいつ本当にナザリック最高峰の知能だよなと愕然とする。
「準備は抜かりないでありんす。女性同士でも楽しめるようにアインズ様の御逸物を模した双頭ディルドを始め数多のアダルトグッズを持参していんす」
変態のステージが一段階上がったシャルティアにドン引きする。多量に持っている性具の中に大きな注射器の形をしたものや、ゴム製の丸い球体が連結したものがあるがナニに使うかは考えたくもない。
「どうあっても私達を通さないつもりね、マーレ」
「当然です」
というかよく通してもらえると思いましたねと呆れ果てることしかできない。
「ならこっちにも考えがあるわよ」
戦意を高めたアウラへマーレだけでなく八肢刀の暗殺蟲も身構える。守護者同士の戦闘は禁止されているが、溢れる闘気に思わず反応してしまった。
マーレの様子にアルベドは不敵な笑みを浮かべ腕を組む。
「安心なさい、アインズ様からの御命令は絶対よ。直接危害を加えることはしないわ」
安心などできようはずもない。どんな策を巡らせて来るのかと余計に警戒を強める。
「マーレ、私達と勝負をしましょう。私達が勝ったらそこを通しなさい」
「…勝負、ですか?」
先の言葉から考えれば戦闘行為ではないのだろうが、果たしてどのように勝負するつもりなのか。そもそもマーレにはそんなものを受ける義理もないため断ろうかと思うが、内容如何によっては穏便にこの場を収められるかもしれないと話を聞くこととした。
「勝負は古今東西で決めましょうか」
古今東西ゲーム。お題を決めて、お題に当てはまるものを一人ずつ順番に言っていくパーティーゲーム。
そのゲーム自体は知っていたが予想外の提案に困惑するマーレ。やはり断った方がいいかと彼の思考が動く前にアウラがさらにルールを述べる。
「私達とマーレの四人で順番に答えていくわ。回答がお題に適さなかったら負け、私達は三人の誰か一人でも答えられなかったら負けでいい。大人しくこの場を去る。回答がアウトかどうかの判定はマーレが決めていいわよ」
「なっ…」
あまりにマーレに都合のよすぎる提案。裏があると勘ぐってしまうのは当然だ。だが同時に目の前の変態達を追い払うチャンスでもある。乗るべきか退くべきか、頭の中で高速に議論が行われ、そしてすぐに答えは出た。
「…いいでしょう。再度確認しますがアウトの判定は私でいいんですね?」
「勿論、貴方の判断に文句は言わないわ」
念押しの確認にも余裕のアルベド。
アルベドと一対一であれば不利であっただろうが相手の中には知能指数アンデッドのシャルティア、脳栄養血管胸部方向偏移のアウラがいる。さらにはやや卑怯に感じるが相手の回答が微妙なものであれば難癖をつけてアウトにする権利を使えばいい。
問題はないはずだと頭の中で再度確認を終える。
「その代わりお題はこちらで決めさせて貰うわよ」
「ええ、構いませんよ。さあ始めましょう」
———アインズ様、御身の貞操は私が守ります
気合を込めるマーレを含め四人で円を作りゲーム開始となる。八肢刀の暗殺蟲も緊迫した空気に負けないようマーレの勝利を願う。
「それじゃあ始めるわ。…古今東西アインズ様の魅力~!!」
「っ⁉」
アルベドの高らかな宣言に思わず目を見開くマーレ。
そして同時に理解する。何故マーレに回答の可否の判断を与えたか。アインズの魅力について言われれば、ほぼほぼ否定などできようはずがない。すなわちマーレ側からのアウトの判断は封じられたに等しい。
やられたという思いは否めないが、それでもマーレはまだ心に余裕を持っていた。彼女達も相当なものであろうが、自身とて永い時アインズと共にあったのだ。かの御方の魅力について、その知識で負けるなど在り得ない。しかしそうすると勝負がつかなくなくなるという問題が浮上してくるが、時間が稼げるならばそれも良し。
「じゃあまずはアウラから、時計回りに順番に行くわよ」
「オッケー」
アウラから始まりアルベド、シャルティア、マーレへと続く流れ。
アウラは目を閉じ唇に指先を当て「何がいいかな~」と迷う事数秒、にぱっと表情を変えると指を鳴らし答える。
「慈悲深い御心!」
「…くっ」
マーレが呻きのような声を上げるが、内容に不満があったためではない。
「(それは私が答えたかった!)」
取られた、という悔しそうな表情を僅か滲ませるとそれに気付いた姉は舌を出しウィンクを一つ向けてきた。とてもいらりとしたマーレであったが冷静さを欠いてはいけないと姉から目を逸らし深呼吸をする。
その間にもアルベドが次の回答を述べる。
「そうね…深淵まで見通す叡智!」
また素晴らしい回答であるとマーレも納得せざるを得ない。
次のシャルティアも回答を用意していたようにすぐに答える。
「皆を惑わす罪深き美貌でありんす!」
両頬を押さえうっとりとし始める。果たして彼女はどの姿を思い浮かべているのだろうか。本来の彼女の趣味嗜好であればオーバーロードの姿であるはずだが、最近はアインズであるなら何でもよくなりつつある変態のため判断が付かない。
さて次は自分の番かと気合を入れるマーレ。
「他を圧倒する絶対的な御力です!」
確かにすべてを包み込まれるような慈悲深さも素晴らしい。しかし同時に内包している押し潰されそうになる程の御力。それを感じるたびに、この御方に仕えさせて頂いているという栄誉と喜びを感じるのだ。
三人もマーレの回答に納得したように頷く。当の本人がいれば感情抑制不可避の光景だ。
どうやら長丁場になりそうだとマーレが身構えると同時、二巡目のアウラが回答する。
「ん~、精力絶倫であらせられるところ♡」
「ぶっ…⁉」
流れをぶった切った突然の下ネタに思わず吹き出す。
というか男女の関係も結べていないのに何故知っていると疑問が浮かぶ。
驚愕の視線を向けて声を掛ける前にアルベドがアウラに続いた。
「女体を破壊せんばかりの暴虐的御ティンポ!」
「なっ…」
またしてもド下ネタ。マーレの驚愕を無視して次のシャルティアが答える。
「女性の御姿の時になりんすが…肉棒をいとも容易く射精に誘う名器と呼ばれるに相応しい御マンコ!」
レベルが一段階高い変態が現れた。
三者三様の狂った回答に間抜けに口をあんぐり開けて固まるしかない。だがマーレにはそれを否定することはできない。例えば精力絶倫、直接見聞きしたわけではないがあのいと尊きアインズが一回や二回の行為で疲れてしまうような虚弱体質でないことは明白だからだ。そして御ティンポ、あの圧倒的な御力を持つアインズが短小などと考えることが不敬極まる。最後に御マンコ、こんなものは火を見るより明らか。あの慈悲深きアインズが女性となったのだ、その御マンコが名器でないはずがないのだ。
と、マーレも順調にナザリック脳で当然の結論に至る。故に彼はその証拠の無い回答へ文句をつけることはできなかった。
気の触れた発言に思わず動揺してしまったが問題はないとマーレは熱くなった息を吐く。変態がいつもの変態だっただけだ。己は真面目に粛々と回答していけば負けることは無い。さて次はあの御方のどんな素晴らしい点を言葉にさせて頂こうと思案していると、アルベドが見下ろすように挑発的な笑みを浮かべてきた。
「あらマーレ、この流れなのだからあなたもアインズ様のセクスィーなところを挙げないのかしら?」
「…お題はアインズ様の魅力だったはずです。せ…性的なところに絞る必要はないのでは」
性的というところで思わず羞恥にどもってしまったが、論法に間違いはない。はっきりと答えたマーレへ今度はアウラが揶揄う様に話しかけてきた。
「しょうがないよね。マーレじゃあまだアインズ様のアダルトな魅力を見つけるのは難しいからな~」
「なっ」
「そうでありんすねぇ、おこちゃまなマーレじゃアインズ様のセクシースポットを発掘するのはとてもとても…」
シャルティアも追随しわざとらしいため息までついて見せた。
あからさまな安い挑発。普段のマーレであれば相手にもしなかったであろう。しかし内容がことアインズのこととなれば話が変わる。
「取り消してください……!!!今の言葉……!!!」
拳を握り目の奥に炎を燃やして撤回を欲求する。マーレの後ろでは八肢刀の暗殺蟲が「のるなマーレ様!!!」と叫んでいるが聞こえている様子はない。
「なら勿論言えるわよねぇ」
「当然です!私とてアインズ様を敬愛し仕える守護者の一人。その御方の知識でならどんなジャンルでも負けません!」
まんまと挑発に乗り、変態三人衆の罠に絡めとられる。
「じゃあ次はマーレの番なのだから言ってみなんし」
「っ…す、すぐに答えます」
さて何と答えればとアインズのことを考えるが、先程までそうであったためどうしても女性の時の姿が浮かぶ。その御方の性的な事と考えると思考がやむを得ず男の子な方向へ偏ってしまう。
偉大なる主のいかがわしい所を考えるというのは不敬な気もするが、アインズの為この勝負は負けるわけにはいかない。
ぎゅっと閉じていた目をゆっくり開き、絞り出すように掠れた声で答える。
「た、大変豊満であらせられる…母性に溢れた御胸に…御座います…」
顔は真っ赤に染まりと所々声も裏返っている有様。俯いて肩を震わせる様子は見る人が見れば庇護欲を誘うだろう。
心の中では先のはだけた際に見えた双丘が思い出されてしまっている。アインズ様ごめんなさいと何度も念じて謝罪することしかできない。
「ふ~ん?」
姉がすごくむかつく顔でにっこりと笑っていた。キッと強めた目線を向けるがどこ吹く風。
「次は姉さんの番だよっ!!」
自分の発言の恥ずかしさを誤魔化すように大声で促す。アウラもはいはいと軽く流し次の回答をする。
「言葉だけで孕まされてしまいそうな媚声!」
何か字が違った気がしたがアインズの声が好きなのはマーレも同じ。ターンは次のアルベドへ移る。
「女を秒で昇天させる絶技を繰り出す魔手!!」
だから寵愛も賜ってないのに知らないだろと言いたいが、アインズの御手で触られて気持ちよくないわけがないので答えに反していない。
「肉棒をいとも容易く逝かせる神の如き御アナルでありんす!!」
こいつだけ変態が一歩先を行っているとか、御アナルの語呂が凄まじく悪いとか思うことはあるが気にしないようにする。それどころではなく心を落ち着ける間もなく再び自分の番が回ってきてしまった。
「…透き通るような、瑞々しさを持った…白く美しいおっ御肌ですっ」
「う~ん、エロスが弱いけどまあ良しとしましょう」
そんなことを言われてもマーレには反論する余裕すらなくなりかけていた。頭の中には大きく開いたローブから見えた素肌が映し出される。罪悪感が多分にブレンドされた性的興奮が理性を溶かし正常な判断を奪う。すでにある理由からまっすぐ立っている事も出来ない。
しかしマーレの様子などお構いなしに三人は攻めの手を緩めない。
「嗅いだだけで潮を吹かされる媚香!」
「四十八手を超えし億の体位を網羅した御知識!」
「肉棒をいとも容易く昇天へ導くマンコを超えし御口唇!」
十秒も経たずに己の順番が来てしまった。
まだ次に述べることなど何も思いついていないマーレ。先程から頭の中では敬愛すべき御方のあられもない姿を考えないようにしようとしては、再びピンクの思考に囚われるという負の連鎖を繰り返していた。
「うっ…うう…」
答えに窮しそのまま前のめりに膝をつく。
マーレ本人よりも外から見ていた八肢刀の暗殺蟲の方が現状をよく把握できた。こいつら変態達の狙いはこれだったのだと。
思春期シャイボーイであるマーレに破廉恥な回答を振り答えられなくする。そしてその作戦はまんまと成功しマーレは危機に瀕している。
しかしまだ終わりではない。ハンターが獲物に止めをさそうと銃口を向け始める。
「あらあらどうしたのマーレ?きちんと立ちなさい、そんな前屈みになって」
「まさかとは思うけど違うところは勃っていないでありんしょうね?」
「回答できなければ負けよマーレ」
そんなことは言われずとも分かっているが、今の慌てふためいた頭ではまともな回答など出てこない。
周りでは八肢刀の暗殺蟲が激励をしてくれていたがそれも耳に入らずにただ俯く。
だがそれでは駄目だと最後に僅か生き残った理性を働かせる。このままでは大切なアインズの貞操が目の前のお下劣ズッコケ三人組に脅かされてしまう。それだけはさせるわけにはいかない。
顔を上げ不退転の覚悟で目の前の三人に鋭い視線を向ける。マーレの態度に余裕の顔を見せていた三人にも緊張が走る。マーレはさらに上体を僅か前傾させたままではあったが、ゆっくりと立ち上がった。何故まっすぐ立たないのか、それはある意味真っ直ぐ立っているためなので決して指摘してはいけない。
そしてマーレはアインズの為、必死に頭を振り絞って回答をする。
「僕を…んんっ…男性を虜にする、接吻したい衝動を抑えられない御唇!!」
気合を入れ一際大きく言い放つ。言われた三人は口を大きく開けて驚愕の表情をしている。
その様子に僅かな満足感を得るマーレ。所詮は一巡を乗り切っただけ、すぐにまた自分の番がくる。その時に答える余裕はもうないだろう。だがここでその回答を言えたことは自身のアインズへの忠誠の表れのようで嬉しかったのだ。
改めてやり切った男の顔で三人を見据えるがどこか様子がおかしい。驚愕の表情はそのままマーレの後ろへ視線を向けている。
はてどういうことだと視線を向けるより早く、マーレの後ろから声が掛かった。
「マ…マーレ…?」
瞬間、マーレの体はびしりと固まった。それでも呼ばれているのだから振り返らないわけにはいかない。ぎぎぎと錆びついた機械のような動きで振り向く。身体には一瞬でだらだらと冷や汗が流れ顔は真っ蒼に青褪めている。
マーレは今迄女湯への扉を守るためそちらへ背を向け立っていた。その背後から声が掛かるということが意味するのは実に単純明快。
「アっ…アヒ、アインズひゃ、ま…」
当然にそこには先程まで散々話題に挙がっていたアインズ・ウール・ゴウン(女)が扉を開けた状態で立っていた。
湯上りの為か魔法詠唱者の姿ではなく男性の時も好んで着ている簡易なローブ姿。湯上りに火照った体はナザリックの者にとって非常に目の毒だが、その表情は怪訝に歪んでいる。
アインズのさらに後ろでは湯浴みの手伝いをしていた三人のメイドが、聞いてはいけないことを聞いてしまったと口元に手を当ててきらきらした眼差しを向けてきていた。
その様子からもどこからかは不明だが、少なくともマーレの最後の回答は聞かれてしまったと見て間違いがないだろう。
「…皆で何をしていたんだ?」
言葉に怒気は乗っていなかったが困惑の色は強く出ていた。湯上りの為だけではないだろう、頬は若干の赤身を帯びており眉根を寄せて四人へ順に視線を向ける。そのなかマーレへはちらちらと視線を合わせにくそうにしている。
エロ本を親に見つかった中学生のような心境で凍り付いたままのマーレ。酸欠のように口をパクパクと動かすが何も言い訳が思いつかない。原因となった変態三人も固唾を呑んで成り行きを見守る。
見るからに狼狽するマーレの様子と、共にいる面子を見て何かを納得したように目を閉じ溜息を吐くアインズ。
「…ああ、分かった分かった。大方アルベド達の悪ふざけに付き合わされたのだな。安心しろ、マーレがそのようなことを言うとは思っていない」
徳を積んだ人物にはきちんと運が味方をする。
何もせずとも厳密には誤解ではない誤解が勝手に解けたが、言葉を発することができずマーレは羞恥と罪悪感で溢れた涙を両目に溜めてこくこくと頷くだけ。
しかしそれをただ黙って見ているわけにはいかない者たちもいる。
「アインズ様!前から思っておりましたがアインズ様はマーレに甘すぎます!」
「そうです!マーレとてアインズ様を前にしては性欲旺盛なただの雄!」
「いやいや、マーレに限ってそれはないだろう…」
二人からの指摘にも信じられないというふうに嘆息し困った顔を見せるアインズ。当のマーレは主からの無自覚な言葉責めに良心をグサグサと貫かれている。
「いえ!マーレは御身の双丘の頂きに聳える果実に吸付きねぶりたくて仕様がないのです!!」
「さらには御身の下腹に隠れた柔らかな茂みの先にある秘境を冒険し明らかにしたいはずです!!」
「うん、何故マーレと違って信用されないのか胸に手を当てて考えてみようか?」
「えっ、胸に手を当てて性感帯を弄るでありんすか⁉」
「最近アホと変態のハイブリッドに磨きがかかってるよね」
そろそろセクハラ対策にも全力で取り組まなければならないと真剣に考えるアインズであった。
変態三人を軽く叱責しつつ、どうにか巻いて辿り着いたアインズの自室。
アインズはベッドに腰かけその前にはマーレが跪いている。伏せがちな顔は一目見て分かるほど消沈しており、苦悩に歪んでいた。
「申し訳ありませんでした、アインズ様…」
アインズ視点では、アルベド達に巻き込まれただけなのにひどく落ち込み謝罪する姿に、相変わらず真面目だと明後日の方向の感想を持つ。
「あ~、マーレよ、先も言ったが原因はお前ではないのだから謝る必要はないぞ?」
「…いえ、失礼なことを口走ったことには変わりありませんから」
なおも顔を伏せたままのマーレ。その胸中は先程の失言の申し訳なさだけでない。現在アインズが纏っているローブがバスローブの形状に近いため、足を組んでいる姿勢により太腿のかなり際どい所まで見えてしまっている。そちらへ視線を向けないようにしつつ、謝罪をしている最中にもそんな色ボケしたことを考える己の浅ましさが慙愧に堪えない。これではあの変態達を笑えないと泣きそうになってしまう。
アインズは「まったく…」と一言呟くと、立ち上がりマーレの目の前まで歩を進めた。マーレは思わずびくりと肩を跳ね上げ目をより強くぎゅっと閉じる。
しかしそんな委縮してしまっているマーレの頭に優しい感触が与えられた。恐る恐る目を開けると目の前には敬愛する偉大なる主の顔。その顔は眉を寄せ困ったような表情だが、口元は柔らかな弧を描き慈愛に溢れていた。目を見開いて固まってしまったマーレの頭を優しく撫でながら、アインズはゆっくりと語り掛ける。
「罪なきお前がそのように頭を下げるな。私も心苦しくなってしまうぞ?」
「なっ…⁉」
己のせいで主の御心を苦しめているのならば大問題だと謝罪しようとするマーレだが、そもそもその謝罪が原因のためどうしていいか分からず言葉に詰まる。
「ほら、男の子なんだからしゃんとしろ」
アインズはマーレの両脇に手を差し込み己ごとぐっと立ち上がらせようとしてくる。マーレもアインズの力でというよりは、アインズの行いに抵抗することができず二人揃って立ち上がった。
「アインズ様…」
アインズが女性となった今ではマーレの方が頭一つ背は高い。困惑の表情のまま何と口に出せばいいのかわからずに言葉が続かない。
アインズは笑みを強め、拳を握りマーレの胸元をぽんと叩いてやる。
「お前は栄えあるナザリック地下大墳墓の階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレなのだからな」
あえて声を張りもう気にするなという意思を行動と言葉で示す。
マーレも完全には飲み込めていないだろうが、なんとか口元を不器用に微笑みに変えて頷いた。
「はい。不格好な姿をお見せしました」
「よい。たまにはそういった姿を見せてくれた方が可愛げがあっていいと思うぞ」
片目を閉じて冗談めかして言うアインズにマーレの表情も漸くほどけ始める。そんなマーレの様子に満足したように一度頷くと、何かを思いついたように口の端を意地悪に持ち上げた。
「しかしマーレもそういったことに興味を持つ年頃になったか。子供の成長とは早いものだ」
「なっ…アインズ様⁉」
言葉と共にマーレの唇へとんと指先を当てる。
マーレは本日何度目か分からない羞恥に頬を染め抗議の声を上げる。明らかに揶揄っていると分かる態度に対し彼にしては珍しく非難の色が強く出ていた。
「すまんすまん、だが私は安心したぞ。マーレもちゃんと男の子だ」
「アインズ様っ!」
再びの揶揄いに再度声を上げるマーレ。そこには先の悲痛な表情は見られない。その様子にアインズはこっそりと優しく笑みを深めるのであった。
「そろそろ眠るとするか」
本日の執務も終わっているため何もすることが無ければ後は睡眠となる。アインズは本来人間の状態であってもアイテムの効果で睡眠は必要としていない。しかしそれでも食事や睡眠といった行為は極力行っている。食事は美味しく食べることができ、睡眠も頭がすっきりとした気分になれるからだ。
「では私は外で警護を続けます」
マーレがそう言葉を残し外へ出る扉へ体を向きかけたところでアインズは小さく声を漏らした。
マーレの聴力でも何を言ったかは聞き取れないほどの掠れた声。不思議そうに主へ顔を向けると、片手で頬を押さえ俯いて難しい顔をしている。どうしたのかと再度問いかけようとしたところで主が先に口を開いた。
「…マーレよ、あ~…その、なんだ…ん~」
「アインズ様…?」
唸りを上げ言葉を言いあぐねている様子。シモベとして主の考えがまとまるまで直立で待つ。主は目をきゅっと閉じて腕を組み、頭を軽く動かしている。その頬は薄くピンクに色づいていた。
「(御可愛い…)」
またもや不埒な事を考えてしまう己を自身で叱責して、心を無にして主の言葉を待つ。
やがて考えが纏まったのか、それとも覚悟が決まったのかアインズは恥ずかしそうにしながらもマーレへ顔を向けた。そしてマーレにとって驚愕の一言を放つ。
「マーレよ、今日は一緒に寝るぞ!」
「………………………………………………………………………………ふぇ?」
一人用でありながら十分な広さを持つアインズのベッド。それでもベッドの中で二人が並んで寝れば相手の存在感というものは否応なく感じてしまう。
「(どうして…こうなった⁉)」
マーレはベッドの中で自問する。隣には同じようにアインズが横になっていた。
手には汗が滲み、目と口の端がひくひくと痙攣する。心臓はアインズにすら聞こえてしまいそうな程バクバクと拍動に荒れ狂う。それも無理のないこと、体温を感じるほどのすぐ横には愛する主がいるのだから。さらにはベッドの中でという枕詞が付けば意味は妖しく変容する。
「うむ、こうやって一緒に寝るのは子供の時以来か?」
「はっ…はヒ…」
返答にもいっぱいいっぱいのマーレと違いアインズは特に気にした様子もなく満足そうにしている。アインズにとっては大きくなろうとマーレとアウラは大切な我が子ということだろう。
マーレは極力主のことを意識しないようにしつつ事の経緯を回想する。
アインズから一緒に寝ると言われた際マーレは当然断った。本心を隠し、主と一緒に寝るなど不敬だと全力で言い訳を並べたのだ。その様子に強い拒否を感じたのだろう、主は眉をハの字に変え「…私と一緒は、嫌か?」と無自覚に最上級の殺し文句を放った。当然にそれ以上固辞することはできずに承諾したというわけである。ちなみに男女の関係を理由とした倫理的問題からの説得は行っていない。まるで意識しているようで恥ずかしかったためだ。
そしてアインズと同じく寝巻に着替えたマーレは現在の嬉し恥ずかし生き地獄に至った。
「随分静かだが具合でも悪いのか?」
考え込んだマーレを不審に思ったのだろう、アインズは軽く体を起こし上半身をマーレの方へ向けた。僅か近くなった距離、ふわりとアインズの香りがマーレの鼻孔を擽る。シャンプーのためかそれとも入浴剤のためか、優しく甘いほのかなミルクの香り。親に感じるような安らぎ、それと背徳を孕んだ高揚がぐちゃぐちゃに混ざりあい思考がどろどろに溶け始める。
「なっ、なんでもありましぇん!ぼっ僕…私も久しぶりに御身と床を共にさせて頂き緊張しておりました!!」
「そうか?鯱張らず楽にして休め」
マーレの答えに納得したのかアインズは仰向けへ戻る。
アインズとしてもマーレと一緒に寝るというのは些か問題があるのではとも考えはした。しかし幼い子供時代の記憶が脳裏に焼き付いていたこともありあまり気にしないようにしていた。
いざ一人で寝るとなった時、アインズの心にはうっすらと寂寥感が芽生えた。男の時には何度も一人で眠っていたというのに。生まれたその気持ちは現在の状態によるもの。意図せず女性となってしまい戻れなくなった不安。心も女性となっており、その気持ちの在り様に対する困惑。様々な感情が混じり合い無意識に孤独を恐れた。故に一人で寝ることを忌避し、いうなればマーレに甘えたのだ。
そして巻き込まれたマーレは天国と地獄を同時に味わう事となったのだが。
「………」
このままでは色々といけないと何か話を振ろうと思ったマーレであったが、緊張した状況では思いつかない。そこでふとしばらく前から疑問としていたことが頭に浮かんだ。聞きづらかったが気になっていたこと、会話の為と誤魔化して口を開く。
「アインズ様…」
「ん、なんだ?」
アインズは不思議そうに顔だけマーレの方に動かした。
「今回女性になられてしまわれたのは…私の為ですか?」
「…それは」
一瞬言い淀むアインズ。本当のことを言えばマーレが気にしてしまうため誤魔化そうと思ったが、咄嗟の言い訳が出てこなかったのだ。そしてその僅か空いた間は答えを述べたに等しい。
「やはり…そうだったのですね」
折角立ち直ったのに再び気落ちしそうになるマーレに慌てるアインズ。
そうはさせまいと素早く仰向けからくるりと起き上がり膝立ちになる。そして唐突に両手でマーレを擽り始めた。
「えっ、ちょっ、アインズさ…ヒンッ⁉」
突然の主からの奇行に戸惑うのも一瞬、与えられる擽ったい快楽に嬌声のような悲鳴を上げる。
常より薄い寝巻は防御力も落ちている。アインズの魔手はマーレの脇や腹回りを優しく、しかし時に激しくわしゃわしゃとまさぐった。
「フッ…アハハ、アインズ様…御止めっ…んんっ」
そんな掠れた懇願でもアインズは手を止めない。何時の間にかマーレに馬乗りになっており、淡々と行為を続ける。
擽ったさだけではない、腹部に感じる主の重みと熱を鋭敏な感覚が脳に伝える。
「フフッ…ヒッ、アインズ様…もう…アッ」
マーレの理性が焼き切れそうになる寸前、ようやくアインズはその手を離した。解放されたマーレはくったりとし、熱い吐息を浅く速く繰り返す。そしていきなりの蛮行へ疑問を投げかけるように主へ視線を向けた。
アインズは両腕を組んでマーレを見下ろし少しだけ不満の色を乗せた言葉を発する。
「マーレよ、今回の実験は私がお前の為にしたいと思い、そして私が私の意思でやったことだ。私の失敗まで自分のものとするな」
マーレは思わず目を見開く。
落ち込みそうになったところに外部からの物理的な衝撃。そこに生まれた隙をつくように掛けられた主の言葉はマーレの脳にゆっくりと染み込んだ。
「今のは勝手な思い違いをした罰だ」
言葉と共に鼻先を優しくぴんと指で弾かれる。主の顔は何時の間にか苦笑へと変わっていた。
アインズも、男性の時であったならこういった真似はしなかっただろう。もしかしたら女性となった故の行為だったのかもしれない。
「アインズ様…」
マーレはじんわりと心が温かくなるのを感じた。この御方はいつでも自分の気持ちを理解して下さる。子供の頃よりその慈悲深さは十分に知っていたつもりだが、改めて感じさせられる主の偉大さ。
勿論これで己の我儘が主へ迷惑をかけたという後ろめたさのすべては消えない。だが気持ちは大分軽くなっていた。
マーレに答えるようにアインズも優しく微笑みを浮かべる。
「……っ⁉」
ここで終わっていればいい話だったのかもしれない、だがそうもいかない。マーレはゆっくりと主の顔から視線を下ろすと再び驚愕に目を剥いた。そしてボンッと音が聞こえそうな程瞬時に顔を真っ赤にして横へ視線ごと背ける。
「アインズ様っ‼前…前がっ!!」
「前?……………きゃっ⁉」
マーレの言わんとすることを最初は理解できなかったアインズだが、すぐに知ることとなる。
マーレ同様自身の体へ視線を下ろしたアインズ。その視界には、激しく動いたために腰巻は外れローブの前合わせが開いたあられもない格好が入ってきた。下着を着けていないためローブの下は生まれたままの姿。部屋は薄暗いとはいえマーレの視力なら色々と見えてしまったと考えもおかしくない。
アインズは反射的に前を閉じマーレの上から飛び退いた。そのまま背を向けるように固まってしまう。一方のマーレも色々と衝撃的すぎて仰向けのまま硬直していた。
「(きゃって仰ったきゃって仰ったきゃって仰ったきゃって仰ったきゃって仰ったきゃって仰った)」
主が普段絶対言わないであろう一言に頭が宇宙になるマーレ。ある意味視覚的な刺激より大きかったかもしれない。
しばし両者無言の時間が流れたが、先にどうにか復活したアインズが言葉を発する。
「………もう寝るか」
「………はい」
さすがに主が無かったことにしようとしているのは読み取れる。その意を酌むのが忠臣というものだろう。
先の言葉と映像は生涯忘れられないだろうなと、そんな事を考えながらマーレはゆっくり目を閉じた。
「(眠れるわけがない!!)」
ベッドの中、マーレは天蓋を見つめ一向に訪れない睡魔を当然だと思う。
すぐ横の主は眠ってしまったようで少し前から微かな寝息が聞こえる。できるだけそちらへ視線を向けないようにしても、目の端には上掛け越しにすら分かる胸の膨らみが入ってくる。呼吸に合わせて上下に柔らかく動く様は大変に目の毒だ。時折寝言なのか、「んぅ」と悩ましい言葉が聞こえてくるだけで理性はゴリゴリと削られる。背を向ければ少しはいいのかもしれないが、主に対しその行いは何故か躊躇われた。
最初はマーレも寝る努力はしていた。目をぎゅっと閉じ違う事を考えていればそのうち睡魔は来るだろうと。しかし主の魅力を前に無駄な努力で終わってしまった。
「(そうだ!いつかのペロロンチーノ様の御言葉…あのアインズ様の御胸は姉さんの胸だと思えばいいんだ!)」
偉大なる御方の一人が発したかつての言葉を思い返し現状を打開しようとする。確かにマーレはアウラの胸なら微塵も興奮しない。姉のは使えないのである。しかし問題があった。
「(いや…アインズ様のいと尊き二つの双丘と姉さんの駄肉を一緒にするのは不敬極まる!)」
アウラが聞いていれば折檻不可避の事を考えるマーレ。姉に対してはかなり遠慮がない。
「(そうだ、羊を数えればいいっていうな…)」
所詮は迷信に過ぎないだろうが、今はそんなものにも縋ってしまう。目を固く閉じ頭の中にのどかな牧場をイメージする。
「(羊が一匹、羊が二匹…)」
早速数え始めてみるが当然すぐに睡魔はやってこない。しかし継続が大事だろうと数え続ける。効果がなくともアインズへのやましい気持ちから目を逸らすという点では多少の役には立っていた。
「(…羊が十匹、羊が十一匹…)」
マーレとしても眠くはならないが朝までこれを考え続ければ、何事もなく切り抜けられるのではと希望を抱き始めていた。
「(…羊が三十匹、羊が…うん?)」
次に現れるはずの羊が何故か来ない。と思ったのも束の間、牧場を全裸のセバスが大きい歩幅で走ってきた。
「(何故っ⁉)」
勝手に人の頭の中にまで侵入してきた変態に驚愕するマーレ。そんなマーレにフルティンセバスはぴたりと動きを止め目線を向けると一言。
「セバストライド走法」
その一言を残し去っていった。
「髭ぇええええええっ!!」
羊ではなく執事登場。思わず目を見開き声に出してつっこんでしまったマーレを誰が責められよう。
マーレはすぐにはっとすると恐る恐る横を確認する。
中々の大声であったはずだがアインズは一瞬顔を顰めただけで再び寝息を立て始めた。
主の睡眠を妨げずに済んで良かったと安堵するマーレであったが、すぐに試練は訪れた。アインズが仰向けの状態からマーレの方へ寝返りをうったのだ。
「はい?」
本日何度目か分からない間抜けた声を上げてしまう。
もともとかなり近かった距離が、アインズが寄ったことでぴったりと寄り添う姿勢になった。マーレの右腕は神の如き柔らかき双丘に包まれ、その体温すら感じることができる。右足には主のそれが絡みつき逃れることができない。主の顔はすぐ真横に在り、その吐息で揺れる自身の前髪が異常な程の擽ったさをもたらす。
「あ…あ」
主に対しいかがわしい感情や行為は不敬だろう。しかしマーレは主に顔を向けたまま金縛りにあったように身動ぎ一つできなくなってしまっている。すでに頭の中にはこの状況からの脱出という考えはない。
至近距離にある主の顔。瞳を閉じていると綺麗に流線を描く睫毛がよく分かった。淡いピンク色の唇に性的な艶めきを見つける。
知らず知らず自分の喉が鳴ったことを知る。頬を汗が一滴流れていった。理性的な部分はこのままではいけないと声を上げるが、それも次第に聞こえなくなる。
「……」
ゆっくりと顔を主の方へ近づける。主は起きる気配もない。
吐息が鼻先にあたるこそばゆさにぞくぞくとした何かが目覚めそうになる。おでこ同士が触れ前髪が絡み合う。このまますべてを主と一つとしてしまいたいと欲望が溢れ始める。ゆっくりゆっくりと二人の間の空間が無くなっていった。
主人に対する、というよりは寝ている女性に対しする行いとしては限りなく最悪な行為。常のマーレなら絶対にしなかったであろうが、熱に浮かされた今の頭では抑えが利かない。
「…アインズ様」
小さく掠れた声。しかし興奮に理性を捨て、欲情と愛情の限りを孕んだそれはひどく湿って甘い言葉であった。
浮かんだ汗が全身をしっとりと濡らす。早鐘のようだった鼓動は今はゆっくりと、しかし一拍一拍の拍動を指先に感じるほどに大きく深い。マーレの心にあるのはただ一つ、愛する主と濃く蕩けてしまうような繋がりを結びたいだけ。
いよいよに両者の距離がゼロになる。マーレが主の唇に己のそれを重ねようと最後の詰めをしようとしたその刹那。
「…行かないで…」
アインズの口の隙間から僅かな音が漏れた。ひどく聞き取りづらく掠れて小さな音。しかし間近にいたマーレだから拾うことができた。
その声色は悲痛に濡れており、まるで心をぎりぎりと絞って発したようであった。
同時に、閉じた瞼の隙間から水滴が重力に従ってすっと流れ落ちる。
「………」
アインズがそれ以上の言葉を発することはなかった。だがマーレにはその言葉の意味は十二分に理解できてしまう。何故ならナザリックの者なら誰しもが一度は抱いた想いだろうから。
シモベといる時は泰然とし皆を導く存在としてあった主。今の状況がそうさせたのか、少しだけ零れ落ちた弱さ。マーレは図らずもそれを聞いてしまった。
左手で己の胸元を握りしめていた主の手をそっと包む。自分の想いが僅かでも主に伝わるように。
「私達は……私は、御傍にいます。永遠に…」
慈愛に溢れた優しい囁き。されど言葉には全身全霊で籠められた想いが宿っている。その音は微睡みの中にいる主には届いていないだろう。だが涙に濡れた頬は微かに緩んでいたのだから、きっと無駄ではなかったはずだ。
マーレは主を起こさぬよう静かに起き上がりベッドの縁に座る。そうして右拳をあらん限りの力で握りしめた。
「うぅん………ん?」
ゆっくりとした覚醒。ふわふわとした思考が徐々に現実を捉え始める。
アインズは久々に質のいい睡眠を取れた満足感と共に起きることができた。
見慣れたベッドの天蓋にぼやけていたピントが合い始めるころには、アインズも現状の把握を済ませる。
「(…確か昨日はマーレと一緒に寝て…)」
記憶に追い付き横を見るとマーレの姿がない。はてと思うのも一瞬、すぐにその姿は見つかった。
先に起きていたのだろう、ベッドの縁に腰かけ背中を見せるダークエルフの青年。
まるで同衾した後の男女の朝という感想が浮かんでしまい、頭を振ってその考えと僅かな眠気を追い払う。
「…マーレ」
気恥ずかしさを誤魔化すように言葉に少しの威厳を乗せて呼びかける。だが振り向いたマーレの顔にぎょっとし表情を崩してしまった。
「マーレっ!その顔はどうした⁉」
振り向いたマーレの顔。その片頬には大きな青痣ができており、まるで殴られたかのような有様であった。同時にその表情は晴れ晴れとしており薄く微笑みを湛えていた。そのギャップに余計に混乱するアインズ。彼を殴ってダメージを与えられるものなど守護者クラスのみ。だがシモベ達が守護者同士の争い禁止というアインズの命を破るとも思えない。それ以前に状況的にも考えられない。だとすれば可能性は一つ、自分で自分を害したか。
「おはようございます、アインズ様!」
混乱するアインズをよそにマーレははきはきと元気よく挨拶をする。むしろ普段の彼よりも明るく見えるくらいだ。そんな差異も気にならないほどにおろおろとするアインズ。
「とっとにかくすぐに治療を…ペストーニャに連絡して…」
慌てながらも痛々しいマーレの頬に優しく手を添える。マーレは微笑みながらもそっとその手に己の手を重ねた。
「マーレ…?」
心配と、行動の真意を測りかねる困惑でどうしていいか分からなくなるアインズ。マーレは頬に触れた想い人の手、その温かさを噛み締めるように目を閉じた。
「(決して御一人になどしません)」
心の中だけの宣誓。まだまだ主を支えるには力不足であることも自覚している。だがいつか必ずという不退転の決意。
そして同時に思う。主の中にある心の弱さ。それは決して女性だからというわけではないだろう。今回のたまたまの発露ではない、普段のオーバーロードや男性の姿の時も絶えずに主を苛んでいるはず。ならば自分は主の傍に寄り添いたい。かつて至高の御方が一人また一人とナザリックを去っていったあの時、己も悲痛に塗れていたはずなのに決して自分達を見捨てず今もなお共に在ってくれる尊き存在。その御方に返していきたいのだ。
そしてそれだけではなく、浅ましいと知りつつも抑えられない、これはそんな己の欲。いつかは女性として傍で支えていきたい、異性として愛を献上しその御心を癒して差し上げたいという願望。
「(だから僕は…違う、私は———)」
目を開く、状況が分からず心配そうにおろおろとする愛しき主が映った。そんな主へマーレは笑みを深めベッドの横で臣下の姿勢を取る。
「このあとは玉座の間での集会が御座います。私は部屋の外で待っておりますのでごゆるりと御着替えをなさって下さい。手伝いのメイドにも声を掛けてきます」
「あ…ああ。だがマーレ、怪我が…」
「御心配をおかけして申し訳ありません。ですが大丈夫ですのでどうか御気にされないよう。では失礼致します」
いつもとは違いどこか堂々として凛々しいマーレの姿に、アインズも口が上手く回らずそれ以上の追及はできなかった。
マーレはアインズの前で恭しく一礼すると背を向ける。
「(いつか、必ず…)」
確かな望みを心の奥底にしまい、己の職責を全うするため部屋の扉を開けマーレは力強く一歩を踏み出した。
「昨晩はお楽しみでしたね♪」
「…」
アインズの部屋を出た瞬間、本日のお付きのメイドと八肢刀の暗殺蟲がにっこりとした表情で言葉を向けてきた。
「昨晩はお楽しみでしたね♪」
「…」
玉座の間に着いたマーレに、すでに到着していた全シモベからの生暖かくも刺々しい言葉が贈られた。そんな中でも統括や第一~第三は額に青筋が浮かんでいる。姉もニッコリ笑顔だがその裏にどんな激情が渦巻いているか考えたくもない。
その後アインズと共に誤解を解くため三週間もかかる地獄の日々を、棚ぼた野郎はまだ知らない。
「くぅううう…マーレにアインズ様の初夜がああああ…」
「初めては…初めては私が頂こうと思っていたでありんすのにいいいい…」
「ちょっと弟っていう立場を分からせてあげなくちゃいけないねっ☆」
「私ともあろうものが出し抜かれるとは…くっ、このままでは鬱勃起させられてしまいます!」
「あっそれはそれで興奮するでありんすね」
「死ね」
「マーレ殿…お前がパパになるのかよっ⁉」
「落ち着いてください、パンドラズ・アクター」
「というかセバス、君は何で真面目な顔して普通に服を着ているんだい?」
「?何故と申されましてもデミウルゴス、私奴はアインズ様の家令なれば」
「普段の奇行を思い出せや裸髭」
「シカシマーレメ、避妊ナドシテイナイデアロウナ?」
「君もぶれなくなってきたねぇ」
「とにかく!起きてしまったことは仕方が無いわ…」
「血の涙でてるよ」
「これからのため!マーレからはアインズ様の御体の特徴、御性感帯の位置、フィニッシュの時の御嬌声。あらゆることを確認しましょう!」
「異議なし!!」
「あの…私(本人)のいないとこで話し合ってくれませんか?」
アインズ様は後日男に戻れました。