「……はっ?」
ある日、無個性の幼馴染が行方不明になった。
事の発端は、自分がヴィランに人質にされた通称ヘドロ事件以降の事だった。
無個性の幼馴染、クソナードがいつまで経っても自宅に帰らず、オバさんが俺の家を尋ねて来た。時刻は21時過ぎ。オバさんは、デクと連絡が繋がらず、とても焦燥感に駆られていた。
取り敢えずウチのババアはオバさんを落ち着かせて、ジジイは念の為警察に連絡して捜索願を出した。その際、俺にも質問されたがヘドロ事件後、気が付いたら居なかったら特に気にも留めなかった。
そして、次の日になってもデクは帰らず、その日初めて幼馴染は学校を無断欠席した。
「おいっ、爆豪。緑谷について何か知らない?」
「……はぁっ? 何で、俺がデクの事を知っていると思ったんだよっ……!」
「お前等、幼馴染だろ? 何か聞いていないか? この時間まで、学校には連絡なくてな……」
「……チッ。知らねえよ。昨日、デクのオバさんが、昨日から帰っていないって言ってた位で、俺は知らねえよ」
「もしかして、ワンチャンダイブしたんじゃね?」
「ハッハッハ! 無い無いっ! 緑谷にそんな度胸ある訳無いじゃんっ!」
「だよなー! そう言えば、昨日の事件で緑谷がさ、ヒーローの邪魔をしたのを見たぜ!」
「あの無個性、そんな事をしたのっ!? 同じクラスとして恥ずかしいわ!」
「こらこら、お前等、不謹慎過ぎるぞー。取り敢えず、ホームルームは終わり。気を付けて帰れよー」
クラスメイトが笑う中、俺は背筋がゾッとした。ヘドロ事件後のアイツの表情は、そう言えばいつにも増して陰っていた様な気がした。でも、俺自身も疲労感を感じていた為、そこまで頭が回らず気にも留めなかった。
そして、自宅に帰るとババアは、俺に幼馴染が行方不明であると聞かされ、冒頭の様に思考が停止した。
ーーー
ーー
ー
「……はっ?」
ある日、OFAを継いで欲しいと思った少年が行方不明になった。
その少年、緑谷少年は、心が強い少年だった。
彼は、この個性社会において自分と同じ無個性だった。自分がまだ、少年と同じ歳の頃、社会における無個性者の風当たりはそこまででは無かった。
自身よりも上の世代に、自分と同じ様な無個性者が居たからだ。それでも少なく、中学では一学年に10〜20人で学校平均30〜60人程度は見かけた。
しかし、緑谷少年の世代はどうだろう。
彼と同世代の無個性者は、最早宝くじを当てるよりも難しいほどしか存在しないレベルだ。そんな風当たりが強い中で、彼はヒーローを志した。だからだろう。
彼が、無個性でもヒーローになれるかを聞いてきた時は、例えファンサービスだったとしても嘘を付きたくなかった。
ヒーロー飽和社会と言われる中で、年々若い世代で強い個性持ちが多く生まれる様になった。それは、ヒーローだけでは無く、相対するヴィランもそうだった。
AFOと対峙した今だから分かる。無個性者がヴィランと戦えばどの様な末路を辿るのかを。それは、修羅を越えた地獄への片道切符。
一度ヒーローとして活動すれば、程度はあるが必ずと言ってヴィランに恨まれる。そして、引退しても報復の標的になり周囲の人間や家族、友達などに危害が加わる事もある。
そんな道に、緑谷少年を引き込みたく無かった。彼はまだ中学生だ。将来、どんな職業に就くか、どうなるかはまだ分からない年頃だ。だからこそ、彼には辛いが厳しい言葉を使った。
しかし、そんな彼は誰よりもヒーローとしての素質があった。
ヘドロ事件の時、誰もが尻込みする中で、無個性の彼は友達を助けようとした。その走る背中を見て私は、過去の自分を、敬愛するお師匠の背中を見た。
だからだろう。彼にはどうしても伝えたかった。君はヒーローになれるって。自分の個性を継承して欲しいって。伝えたかった。
あの日、少し焦げたノートを拾った後、警察署に落とし物として届けた。少し中身を拝見したが、素晴らしい程の個性分析力とヒーロー情報収集力でビッシリ書かれていた。
だから、とても大事なものだと思った。きっと今頃落としてしまって困っているだろうと思い、警察署へ来るだろう。そして、その時に塚内くんに頼んで、彼と合わせてもらおう。
その時は、あの時の謝罪とヘドロ事件の感謝、そして伝えたかった言葉を伝えて、弟子になって欲しいと頼もうと思った。
しかし、それは叶わなかった。
警察署から電話が掛かって伝えられたのは、彼が行方不明になった事だった。
ーーー
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ー
「えっ? これって……」
その日、最愛の息子が家に帰らなかった。
息子はヒーローに強く憧れていた。
個性社会においてヒーローは、華やかな一面もあるが怪我や引退が多く危険な仕事だ。私の叔母さんもヒーローだったらしいが、若くして亡くなったと死んだ祖父母が言っていたのを覚えている。
だから、私は息子に危険な事はしてほしく無いと思いつつも、夢のヒーローになって欲しいとも思っていた。そう、あの時までは。
息子が4歳の時、中々個性が発現しない息子の為に、病院で個性判定検査をして貰った。しかし、結果は無個性。最愛の息子は、4歳にして夢を叶えられないと判定を受けた。
息子は酷く悲しんだ。その表情を見て私は、息子に個性を持って産んであげれなかった事を嘆き、同時に安堵してしまった。
私は最低だ。
息子の夢を応援していた筈なのに、息子に個性が無かったなら悲しみに寄り添うのが母親の筈だ。それなのに、息子が危険な目に遭わず、死んだ叔母さんの様になる未来が無くなってホッとしてしまった。
それに気が付いてしまった私は、常にストレスを感じる様になった。息子は聡い子供だ。私の泣き顔を見て、無理に笑おうと努力している。
それがあまりにも痛々しく、私の胸を締め付けた。
そして、最愛の息子:出久は、何処か無理した笑みを浮かべる様になった。
無個性とは、私が思っていた以上に社会の風当たりが強い。出久は、学校でイジメを受けていた。しかし、学校全体で出久へ虐めていると言う感覚は無い。
それほど、無個性と言うのは社会から排除された存在だった。
だから、出久の親である私達があの子を支えようと誓った。夫は、亡くなった従兄弟の会社を引き継ぎ、世界中を飛び回っている。だから、私が側で寄り添うと誓った。
そんなある日、息子が連絡を入れず帰って来なかった。
出久は、自分でも親バカだと自覚しているが、しっかりとした子供だ。帰宅が遅れる時は、私が連絡する前にメールを入れる程マメな性格をしている。
そんな子が、全く連絡しないで20時を過ぎだ。心配になった私は、連絡を入れるが、音信不通な事に嫌な予感を感じた。気が付けば、爆豪家に突撃していて、その後も不眠で連絡を待つが、一向に連絡が来ない。
痺れを切らした私と一緒に着いてきてくれた光己さんが、警察署に赴くと落とし物として息子のノートを受け取った。
そして、それが出久にとってどれだけ大切な物なのかを説明すると、警察は誘拐の可能性を示唆した。
私はあまりのショックと不眠の疲労感で倒れ、病院へ運ばれたらしい。そして、出久は行方不明となった。
爆豪、母をババア呼びならきっと父はジジイに違いない
三次創作は希望があれば好きにやって欲しい。
と言うか自分が読みたいから、書いている節がある