異世界魔導大学のモラトリアムさん 作:トリトリ
大学生活とは、人生における最後にして最大のモラトリアムだ。
遊びに、サークル活動に、勉強に、オタ活に、ゲーム漬けに、ありとあらゆる自由を謳歌する人生におけるもっとも輝かしい時間。
それが終われば労働という長い長い地獄の航海、もしくは後悔へ旅立つのだと知っていながら、一日を享楽に耽るのは正しく愚か者としか言いようがない。
だとしても、人は大学生活に夢を見る。
出会いに、自由に、夢を見る。
それはたとえ――ぼっちであったとしても、だ。
大学生活をぼっちで過ごすことは果たして悪か。開放的で、何でもできる無敵の時間を孤独に費やすことは阿呆のすることか。
俺は胸を張って答える、それは否だと。
いいじゃないか、ぼっち。他人と交流するくらいなら一人でゲームや趣味に時間を費やすことができるのも大学生活のいいところだ。
モラトリアムのいいところは、それが
もちろん、いわゆる陽キャ的な遊びや飲み会、サークル活動が悪とは思わない。
俺が思う大学生活の良さは、そういった陽キャな存在と、陰キャな存在が互いに衝突することなく同居しうることだ。小中高の“教室”という小さい世界では、時にそれが衝突することがあった。
大学にはそれがない。わざわざお互いがお互いを攻撃しようと思わなければ、大学はどこまでも自由に、お互いを許容するのだ。
だから俺は、かつて前世においてその大学生活を大いに満喫した。生活の大半をゲームとオタ活に費やすという陰キャ極まりない方法で。
それこそがモラトリアムだと本気で信じて。
それから数十年。俺は異世界に生まれ変わった。
異世界には前世ほどではないけれど高度な文明があって、そして何より“大学”があった。
マギステリア魔導大学。
そう呼ばれるその場所は、前世と変わらず陽キャと陰キャ、様々な種類の人間を内包しながらも異世界に存在していた。
だから俺は、魔導大学に入学することに決めたのだ。
そこに、かつて愛した俺のモラトリアムがあると信じて――
●
春。出会いの季節。
大学に入学して二年目の春を迎えた俺は今、新入生ガイダンスへやってきていた。いや、正確にはその新入生ガイダンスを案内する在学生の一人として駆り出されていたというのが正しい。
今日はまだ在学生の講義は始まっておらず、特に予定もなかったために惰眠を貪ると心に決めていたのだが、昨日の夜突然、我らが麗しの学生自治会会長から「どうせ暇しているのだろうから、君もこの大学の代表の一人として顔を出したらどうだ」と連絡が来て、こうして「新入生ガイダンスはこちら」の看板をもって眠そうに突っ立っているわけだ。
既に全新入生が一つの講堂に集まって、今後の学生生活に関する案内を受ける時間は終了し、今は事前に配られた資料をもとに、自分が受ける講義を決めたり、在学生の案内で大学を見て回っている最中だ。
んで、俺もその大学を案内する係に任命されたのだが、眠そうにぼけーっと突っ立ってるフツメンの地味男に声をかける新入生などおるわけもなく。
結局家で寝てた方が良いじゃん、みたいな自体に陥っているわけで。
己会長め、飯を奢るなんていうから来てみれば、単純に昼休憩時に弁当が配られるだけだったじゃないか。
で、そんな夢も希望もありゃしない在学生代表の俺とは違い、新入生たちは希望に満ちた顔で、やる気のある在学生の案内を受けて学内を歩き回っている。
マギステリア魔導大学といえば、世界有数の魔術に関する大学である。将来有望な学生たちが、将来に夢を抱いてこの大学にやってきたことは明白だ。
しかし、そんなもの果たして何ヶ月持つものだろう、気がつけば大学という自由極まりない世界に溺れ、いつの間にか単位が危うくなっていたり、授業そっちのけでサークル活動に精を出すことになったりするのだ。
わざわざ新入生ガイダンスで暇そうにしてる奴なんてのは稀有な存在だが、そもそもガイダンスの手伝いをしてない連中は、今も休みを満喫しているはずだ。
とはいえ、別に新入生ガイダンスで新入生と交流を深めることが悪いことかといえばそんなことは決してない。新入生といち早く交流を持てるというのは在学生にとっても大きなメリットで、そういうのをキチンと活用する要領のいいヤツは、就職してもうまくのらりくらりと人生を送っていくんだろう。
どちらが悪いという話ではなく、どちらも大学生活の在るべき姿だという話。
俺としては、新入生の案内には興味はないけれど、そういう新入生の新鮮な顔と、在学生のイキイキとした顔を見るのは嫌いではないのだ。
なんて、若人たちの大学生活に思いを馳せる老人みたいになっていると、ふと一人の少女が目に入った。
何故か? 顔がいいから――というわけではない。いや、実際見ればかなり顔立ちの整った美少女ではあったが、俺が気になったのは彼女が一人だったということだ。
ぼっち、というわけではない。そもそも遠くから進学してきた新入生はだいたいぼっちだ。俺が言いたいのは、講義の説明を受けているにしろ、学内の案内を受けているにしろ、普通ならそばに案内の在学生がついているだろうということ。
新入生は魔術師の正装であるローブを着ていて、傍からはすぐに目に入る。一人でいれば誰かしら声をかけるはずなのだ。
考えられるのは、彼女が人を避けているか。
少し見ていると、どうも誰かを探しているように見える。学校の案内よりも優先することなのか、知り合いと逸れたと言うなら納得だが……どちらにせよ。
「俺が声をかけるしかないよな」
というか、周囲の在学生たちから、お前暇してるなら行けよという視線をひしひしを感じる。解ってますよ、行きますよ!
何より、俺はこういう時のために待機していたんだと、今決めたからな。行かないわけには行かない。
きょろきょろと視線を周囲に向ける彼女へ、つかつかと歩み寄って声をかける。
「あー、君、そこの君、大丈夫か?」
「ぴゅい!?」
ぴゅいって。
いや、別におかしいというわけではないのだが。リアルで言うやつ初めて聞いた。
「ななななんでしょう、何かご迷惑をおかけしてしまったでしょうか!? ごごご、ごめんなさい!」
「いや、落ち着いて、落ち着いて。俺は新入生ガイダンスの案内役だよ」
あわあわと、少女は随分慌てた様子だった。
なんというか、こういう言動が似合う感じの少女だ。背丈は百四十後半、中学生かというくらいの体つきに、細っこいし、小さい。もちろん胸部装甲もだ。セクハラって? いや必要な情報だろ。
大学に通うには不釣り合い――だが、大学だからこそこういうのもありかって感じもする。
長いピンク髪を首のあたりでくくった、同じくピンク色の魔術師ローブが似合う少女だった。
「あ、あうう、そ、そうだったんですね……ごめんなさい」
少女は、俺が手にしている看板を見て謝罪する。この看板、ここに来る前に知り合いに持たされたジョークグッズなんだけど、この子はかなり素直なタイプなんだろうな。
「で、でも大丈夫です! 私、人を探しているので……」
「友人と逸れたのか? それだったら人の手を借りたほうがはやいぞ? 自治会の方に伝えれば、多分そうかからないうちに……」
「あ、いえ、友達じゃなくて……この大学の人なんです」
ふむ、うちの有名人……それこそ会長とかに会って話をしてみたいというタイプだろうか。といっても、会長は忙しいし、他に有名な生徒や教授は、そもそも今日は大学に来ていない可能性が高い。
「あまり期待はできないぞ? 今日はガイダンスがあって講義がないから、学生は殆ど来てないし」
「そ、そうですか……でも、私その人を探すために、この大学に入ったので……」
「そりゃまた。大学生活よりも優先度高いってことか」
大学って、入って勉強をしたりサークルしたり、遊ぶために入るものだろ? 人を探すために大学に進学したって初めて聞いたわ。まぁ、遠くからはるばるやってくるなら、それがある意味一番の近道なのかもしれないが。
「……それは、今すぐにでもどうにかしなきゃ行けないものか?」
「い、いえ……卒業までに何とかできれば、問題はない……んですけど」
少女は、消え入るような顔で視線を落とし、なにやら覚悟を伴う声で言った。
「
どこか悲壮感すら感じられるその決意の籠もった言葉に、俺は――
「よし、なら大学を案内するからついてきてくれ」
完全にスルーを決めてそう言った。
「ええ!? は、話聞いてくれるんじゃなかったんですか!?」
「
「で、でも使命なんですよー!? 私、そのために入学したんですよ!?」
ふええ、と涙目になる少女。
これは弄ると面白いやつ……もとい、うちの変人どもが見つけたら、間違いなく餌として食われること請け合いの、打てば響くような反応をする少女だ。
素直、といえば聞こえはいいが騙されやすそうで見ていて危うい。
「もちろん、案内しながらその人を探す手伝いはする。話せることを話してくれれば、俺で良ければ相談にも乗るよ」
「で、でも……」
「でも、君はこの大学に入学した新入生だろ? だったら今やるべきことは、新入生として大学生活の準備をすることだ」
あ――と、少女は気付いたように、周囲を見渡す。
「大学ってのは、本当にいろんな人がいるんだよ。善いやつも、悪いやつも、人付き合いのうまいやつも、下手なやつも。そういうのが、
「…………」
「普通なら反発しあってしまうような連中が、同じ場所に当たり前に生活してるんだ。それは、大学が
辺りには、新入生たちが案内をうけてぞろぞろと移動している。明らかにパリピな陽キャも、列から少し離れて輪に入れない陰キャも、今は同じ立場で、けれども干渉することなくそこにいる。
これが高校までならこうは行かない。教室という狭い場所で互いに干渉しあうから、衝突も生まれる。
だが、大学ではそうではない。一度お互いに距離を取ってしまえば、干渉する理由もないからだ。
「だから、今はガイダンスを受けよう。……ダメか?」
「…………いえ、その、はい。わかりました」
俺の説明を聞いた少女は、冷静になったのか素直にそう頷いてくれた。
うん、新入生ガイダンスは新しい生活に思いを馳せる場だ。それなのにこれまでの柵、使命とやらに囚われて、素直に学生生活を楽しめないのはよろしくない。
先延ばしにできることなら、先延ばしにしてしまってもいいのだ。
ここは大学、自由なるモラトリアムが許される最後にして唯一の場。単位さえ取れば誰からも干渉されることのない、そんな場所なんだから。
「んじゃ、まずは自己紹介だな。俺はライ、君は?」
「私は――」
少女は、しっかりとこちらの目を見て。
「――ヒビキ。ヒビキ・アストラです」
そう、名乗った。
――これは、いずれ来る未来を前に、ほんの少しだけ足を止め、
モラトリアムいいですよね、働きたくねぇ一生モラトリアムでいてぇ。