レヴィア・テンペスト!!   作:ちりひと

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139. 罪過・オブ・馬鹿

「オラ、おせーぞ。さっさと進め」

「ううっ……」

 

 晴れた平原の中。

 

 レヴィアはふんぞり返りつつも目の前の女を蹴った。

 

 それを見た純花が心配げな顔で言う。

 

「ねえ、もういいんじゃないかな。流石に反省してると思うよ」

「純花。世の中には許される事と許されない事があるんですのよ。オラ、何止まってんだ。歩け」

「ううっ」

 

 レヴィアが座っているのは人力車。それを引くのは褐色肌の戦士……もとい、ネイであった。

 

 魔法都市にて馬鹿極まりない馬鹿をやらかした彼女。如何に馬鹿とて流石に馬鹿すぎだった。故にオシオキとして人力車を引かされているのだ。

 

「テメーのせいで俺は大変な事になるトコだったんだぞ。あの平民落ちにせまられて、部屋に連れ込まれて……」

 

 京子にガチ惚れされてしまったレヴィア。引っ張り込まれ、色々とイケナイ関係になりそうになったのだが、その直前でお嬢様演技を再開する事を思いつく。真正の同性愛ではなく、男と脳内変換してああなったのであれば、女を感じれば正気に戻るのではないかと考えて。

 

 そしてその考えは正しく、ギリギリで京子を正気に戻すことに成功。同性愛者かつ浮気者、しかも相手は娘の同級生というヤバすぎる事態は避けられたのであった。

 

 とはいえ、いつまたああなるかは分からない。まだ聞きたいことはあったが、身の危険には変えられない。ゆえにレヴィアは仲間をせかして急いで魔法都市を出発した……というのがこれまでの経緯である。

 

 以上のように大変な事になってしまった彼女。しかしネイが裏切らなければ元々の作戦が成功していたはず。歌手なんてやりたくない事をする必要はなく、京子が惚れてくる事もなかった。という訳でオシオキをしているのだ。

 

「大体キメーんだよ。何だあのジジババ共は。ロックでオタ芸とか迷惑極まりねーわ。金だけおいてけ」

「ううっ。それは私に関係ない……」

「奴隷が口答えしてんじゃねーよ。歩け。いや走れ。あの丘までダッシュな」

 

 理不尽なイラつきをぶつけられつつも従順に従うネイ。とんでもない過ちを犯したのは本人も理解しているからだ。ちょっとくらい理不尽でも従わざるを得ない。

 

 なお、この人力車に意味があるかといえばあんまりない。何故なら馬があるから。人力車より馬の方が速いのは自明の理。実際、純花とリズは相乗りで馬に乗っている。

 

 

 

 そうして道を進み、丘を越えると。

 

「うわ、すごーい」

「砂漠だ。初めて見た」

 

 リズと純花が声を上げた。

 

 丘から見えた先には黄色い大地……砂漠が広がっていたのだ。

 

 それを見たネイの顔がさあーっと顔を青くなった。

 

 ――砂漠の中で人力車を引く。死にに行くようなものである。ネイは青くなったまま振り向き、慈悲を求めるような視線をレヴィアへと送る。しかしレヴィアは冷たい表情のまま、クイッと顎を動かした。“行け”という感じで。

 

「い、いやいやいやいや! 流石に無いだろう! 死ぬ! 死んでしまう!」

「知るか。オラ、歩け」

「嫌だっ! 死ぬのは嫌だぁっ! まだ結婚どころか彼氏すらいた事ないのにっ! 助けてガウェイン様グラーフ様フレッド様レオ様ぁっ!」

 

 最近いい感じになった(?)男性の名を呼び、助けを求めるネイ。そこに自分の偽名が含まれていたレヴィアは嫌そうな顔をし、「誰が助けるか。死ね。死んで償え」と蹴りまくった。

 

「もう。冗談はそこまで。ほら、砂漠の手前に町があるから、あそこで聞いてみましょ。砂漠を渡る方法」

 

 リズは砂漠の少し手前を指差して言った。あの町が砂漠の入り口であり、カルド王国との中継地点なのは間違いない。

 

 カルド王国。三つ目のルディオスオーブがあるかもしれないその場所は、砂漠の中にあるのだ。

 

「ふう。リズ、すまんな」

「まあ流石にね。寝覚めが悪いし」

 

 ネイは安心のため息を吐いた。このままではマジで殺されると思ったのだろう。事実、レヴィアは「ミイラ一歩手前までコキ使ってやろう」なんて考えていたので間違いではない。

 

「全く、コイツの冗談はタチが悪くて困る。大体、リズや純花に比べて私に厳しくないか? いっつもイジメられてるのは私なような……」

「そう。ところでネイ」

「うん?」

 

 ぐちぐちと愚痴っていると、再びリズが声をかける。ネイがそちらを向くと……

 

 

 

「私、許してないからね」

 

 

 

 リズは厳しい顔で言った。

 

 魔法学園でのやらかし。レヴィアの洗脳うんぬんで酌量の余地は無くもないが、問題はその後。洗脳が解けたと思いきや、ネイは謝罪もせずにライブ通いしていたのだ。基本的に優しいリズとて思うところがあったらしい。

 

 ネイはうっと声を詰まらせる。レヴィアと違い、リズが怒るという事は正当かつ相当な事である。そう考えたのだろう。

 

 ――誰も味方がいない。

 

 その事実に、ネイはしくしくと泣き始めた。いや、純花だけは「えーと、ほら、ネイってアレだし」と微妙なフォローしようとしているが、リズが「甘やかさないの」とぶった切る。身内に甘い傾向がある純花に対し、リズは躾に厳しいのだ。

 

 

 

 そうして砂漠手前の町、デゼニアへと到着。

 

 なんの変哲もない街並みだが、やはり交易の要所らしい。街にはたくさんの行商人たちが行き交っており、活発な雰囲気だ。大通りであるここからはあまり見えないが、流通に使われる倉庫街といった場所もあるようだ。

 

「ふうん。亜竜なんていますのね」

 

 人力車を降りたレヴィア。彼女は周囲を見回しながら言った。

 

 人々が移動用に乗る動物の中に、亜竜という爬虫類めいた魔物がいたのだ。

 

 例えるならその姿は小型の恐竜。ヴェロキラプトルとかその辺に近い姿だろうか。体色は黄色。体長は二、三メートルと馬とさほど変わらないが、その鋭い牙からは本能的な恐ろしさを感じさせる。

 

「へえ。亜竜って言うんだ。竜の一種なの?」

「あ……」

「いいえ。竜とは別ですわね。顔はそっくりですけど、全然違う生態ですし。昔の人間は竜と一緒たくりにしてたみたいですが、後に見直されて“亜竜”なんて不名誉な名前になったらしいですわ」

 

 純花の問いかけにレヴィアは答えた。脅威度で言っても竜はB以上、亜竜はDと聞けばその違いが分かるだろうか。竜と違い亜竜は多数の群れを作るので、そういう意味だとやっかいでもあるのだが。

 

「他にも変な動物がいるわね。あれで砂漠を渡るのかしら?」

「あれは……」

「あれは分かるよ。ラクダだよね」

 

 リズが首をかしげていると、純花は予想を言った。レヴィアはこくりと頷く。

 

 地球のものと比べ少し大型、加えてコブが三つと多少姿は異なるが、ほぼ同じと言っていいだろう。コブに栄養をため込むことが出来る生物で、砂漠など過酷な環境を踏破するのに適した動物だ。

 

「借りるならラクダでしょうね。亜竜の方が早いは早いですが、乗りこなすのに技量が要ると聞きますし。加えて亜竜は借りるのにもかなりのお金が必要だとか」

「そうなの? 何で?」

「それは……」

「飼育が難しいので数を揃えるのが難しく、軍用としての需要が多いので。馬やラクダに比べて怯える事が少ないですし、単体でも強いですしね。価格競争が起きづらいのですわ」

 

 リズの問いかけにレヴィアは答えた。

 

 その答えを聞いた純花が「そっか。早い方がいいけど、仕方ないか」と呟く。

 

「そ、そうなんだ! 亜竜は勇敢だからな! 竜騎士団といって、亜竜に乗った騎士でそろえた部隊を持ってる国もあるんだぞ!」

 

 いきなり話に割入るネイ。さっきから話に入ろうとしていたが、気後れして上手くいかなかったのか。無理矢理気味に話題に入るのであった。

 

 が、

 

「テメー何ご主人様の話題に勝手に入ってきてんだよ。厚かましーぞ。奴隷の分際で」

「ううっ」

 

 レヴィアはゲシゲシとネイの(すね)を蹴った。

 

 いつものネイなら怒るところだが、先ほどまでと同様何も言ってこない。おしおき期間中なのでリズも止めてこない。唯一純花だけはちょっぴりオロオロとしているが。

 

 とにかく、レヴィアを止める者はいない。そのうちレヴィアは調子こきはじめ、「おう、喉が乾いたぞ。ミックスジュース買ってこい。テメーの金で」とネイをパシリにし始める。

 

 さらに買ってきたかと思えば「ちげーよ! 俺が飲みてーのはオレンジ強めのミックスジュースなんだよ! 買いなおしてこい!」と文句を言う。ネイはしくしくと泣きながらも従順に従う。一方、レヴィアはとても楽しそうにゲラゲラ笑っていた。彼女の底意地の悪さが現れつつあった。

 

「うん……? ネイ? ネイじゃないか!」

「え?」

 

 ふと、イジメられているネイへと話しかける者が。

 

 白いフードを被り、同じく白いローブを纏った巡礼者のような姿の女。かなりの長身であり、身長はネイと同じくらい。

 

「やあやあ! 久しぶりだな! 元気だったか?」

 

 女はかぶっていたフードを取る。黒髪のショートヘアに、褐色肌をした女であった。

 

「アリー……? アリーか! 久しぶりだな!」

「ははは! 数年ぶりだね! 息災なようで何よりだ!」

 

 その彼女へと、ネイは嬉しそうな顔を向けた。どうやら知り合いらしい。彼女らは互いの肩や背中をバンバン叩き、再開を喜びあう。

 

「ネイ、誰?」

「おっと。スミカ、紹介しよう。こいつはアリーナ・アドルナート。私の幼馴染にして、昔の同僚なんだ」

「アリーナだ。君たちはネイの仲間か。よろしく」

 

 キラッとした笑みで握手を求めてくるアリーナという女。流されるままに純花が手を出すと、彼女はぎゅっぎゅっと握った。続いてリズとレヴィアにも。

 

 何というか、さわやかな女であった。それも、男性的なさわやかさを感じる。例えるなら女子高で王子様扱いされそうな感じだ。

 

「コイツと私は王の近衛をしていてな。特にコイツは“王剣”という称号を王より頂くほど優れた騎士なんだ」

「フフッ。そういうお前は“王盾”だろ? 悔しいが守りに関してはネイに一歩譲ってしまっていたしな。ま、それ以外は私が勝っていたけどね」

「ハハハ。相変わらず自信満々なヤツめ。王は元気か?」

 

 どうやらお互いに認め合っている感じである。ネイはとても嬉しそうに問いかけた。会話で察せられるように、彼女はカルド王国の元騎士。故郷の事が少なからず気になるらしい。

 

 が、そのテンションに反し、アリーナは目を伏せ……。

 

「いや……残念ながらお亡くなりになった。数年前、流行り病で。今は王の長子、フィアンマ様が即位しておられる」

「っ! ……そうか。素晴らしいお方だったのだがな」

 

 アリーナが残念そうな感じで言うと、ネイは目を閉じ、冥福を祈るように胸に手を当てた。

 

「まあ、フィアンマ様が跡を継がれたのなら大丈夫か。お若くもしっかりしているお方だからな。しかしアリー。何でここにいる。近衛たるお前が。もしかしてお前も国を出たのか?」

「いや、少し所用がね……。それに、ここはもうカルド王国との国境沿いだ。私が居てもそこまでおかしくはないだろ?」

「!? 嘘っ!?」

 

 ネイは驚きに目を見開いた。どうやらどこに向かっているのかも把握していなかったらしい。

 

「も、もしかしてカルド王国に行くのか!? 聞いてないぞ!」

「や、言ってなかったかもしれないけど……普通は聞くでしょ。アンタの方から」

 

 リズは呆れたように言った。どうやら目的地も知らずついてきていたらしい。

 

 これはひどい。確かに奴隷扱いしていたのでマトモに喋っていないが、リズの言う通り普通は聞く。レヴィアは馬鹿をみる目線を向けた。

 

「フフッ。どうやら全く変わっていないようだ。しかし、きちんとやれているようで何よりだよ。少し心配していたんだ。ちょっぴりアレなところがあるお前が外でやっていけるのか」

「う、うるさい。子供じゃないんだぞ? やっていけるに決まっているだろう」

 

 ネイは見栄を張った。ジト目になるレヴィアたち三人。確かにやっていけるはいけるだろうが、間違いなく痛い目にあっているだろうからだ。具体的には男関係で。

 

「そ、それよりお前こそどうなんだ。フィガロ様を射止めたはいいが、プレイガール気取って何度も痛い目見てるお前だからな。刺されたりしないか心配してたんだぞ」

「む……」

「ははーん。その反応。フィアンマ様かフィガロ様に叱られたか。全く、だから愛が無いのはいけないと何度も……」

 

 仕返しとばかりにアリーナをいじり始めるネイ。

 

 そしてその予想に心当たりがあるのか、アリーナは顔をしかめた。察するにかなりの遊び人なのだろうか? さわやかな外見からはあまり想像できないが。

 

 仕返しが成功したと思ったのだろう。ネイはドヤ顔のまま愛を語り続ける。愛など恋愛小説(にじげん)でしか知らないクセに。レヴィアは呆れた顔をする。

 

「で、あるからだな……」

「ネイ」

「ん?」

 

 しばし黙っていたアリーナだが、そのうちぼそりとネイの名を呟く。見れば、彼女は真剣な顔でネイを見つめていた。

 

 そしてくるりと振り返り、再びフードを被った彼女。

 

 もしや怒ったのか? そう考えたらしいネイは少し焦り始め……。

 

「お、おいアリー……」

 

 アリーの名を呼ぶ。しかしアリーは彼女の方を向かず、歩き始めた。

 

「ネイ。お前は……正しかった」

 

 一つの言葉を残して。

 


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