森羅万象破壊勇者ちゃん@魔王討伐RTAクリア後攻略 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「はい、目ぇ閉じてー。いいー? ざぶーん!」
「わぷ」
心地よい湯が裸体を流れ落ちる。
これまで感じたことのない感覚にユーマは長く息を吐いた。
「…………なるほど。これは悪くないね、お姉ちゃん」
「でしょ? お風呂は良い物だよー。私も久しぶりだけどね」
少年の背後、バスタオルを体に巻き付けただけのロータスは笑みを浮かべながら再び浴槽から桶でお湯を掬っている。
山を吹っ飛ばした後―――即ち、十二天魔将イサナ・シューベラ・イザミを倒した後、グラハの家の風呂に入ってた。
広い浴室だった。
石造りの風呂場でユーマはロータスに背中を預けている。
「本でお風呂、というものは知ってたけど入るのは初めてだよ。これまでは桶に水を張って布で洗うくらいだったし。魔族にはお風呂を入る習慣がないんだ。基本、沐浴さ」
「らしいね。グラハも言ってた。この家建てる時に一緒に作らせたんだけど。王都じゃ結構普通にあるんだよ。こういう個人のじゃなくて大衆浴場、って感じだけど」
石鹸で泡立てたタオルでユーマの背中をゆっくりと洗っていく。
「ふむ……細いねぇ」
ユーマは小さく、本当に華奢だ。
肌は女の自分がびっくりするほどに青白く、子供特有のぷにぷにとした弾力はほとんどない。栄養状態が悪かったのだろう、そもそもの線が細い上に痩せこけていると言っていいほどだ。
それでも濡れた斑髪や首筋は少年というよりも少女に近い。
可愛らしい服を着せれば見分けがつかないだろう。
「ご飯とか食べさせてもらえたの?」
「飢え死にしない程度にはね」
「そっかぁ。……後でご飯沢山作るから、いっぱい食べてねユーマ」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「…………ちなみに、なんでお姉ちゃん?」
「年上の女性のことをそう呼ぶこともある、みたいなことを本で読んだけど。もしかして気分を害してしまったかな」
「あぁ、いやいや、良いんだよ。好きに呼んで! みんな私のことを勇者って呼ぶからちょっと新鮮だっただけ」
お姉ちゃん、かと彼女は苦笑する。
自分に弟も妹もいないので少し変な気分。
いたのは――――前の人生で、兄が1人だ。
「それじゃあ、お姉ちゃんが腕を振るっちゃうからね。まずは痩せすぎから抜けて、標準にならないと。君はまだ小さいんだから少しは太ったほうがいいよ」
「どのくらい?」
「え?」
「太ったほうがいいって、どれくらいかな」
「えぇ……?」
頭を捻りつつ、ユーマの体の泡を流して行く。
少し考え、お湯が流れる細い腕を見て、
「…………こう……掴んだらぷにっとするくらい?」
「へぇ」
彼は頷いて。
突然振り向いた。
「わっ」
「お姉ちゃんのこのくらいってことかな」
当然向き合うこととなり、いきなりの行動に驚いて両手を上げてしまった。
その勢いではらりと、バスタオルが解かれ床に落ちる。
そしてユーマは表情を変えずに――――ロータスの右胸を鷲掴みにしていた。
「…………ふむ」
「………………」
「これは……ぷにっていうよりふに? って感じだね。こんな感じになるまで太ればいいのかい?」
「………………」
ユーマの小さい手には余る、けれど大きすぎず小さすぎもしない、170センチ近い身長にバランス取れた美乳である。
「お姉ちゃん?」
「…………」
数秒、ロータスは固まり、そして顔が真っ赤に染まっていた。
17にもなり、普通の村娘ならとっくに嫁に行って子供ができている年頃だが、彼女は男に胸を触らせたことなんてない。
だから羞恥心―――というよりも。
唐突なセクハラをかましていた子供に対する怒りが沸き上がり、沸騰しかけ、
「………………ふぅぅぅ……!」
息を吐き、心を落ち着かせる。
ユーマはまだ子供であり、性差にも疎いだろう。
これは脱衣所で着替えた時、意識していなかった様子からもうかがえる。今だって自分の乳房を握っているが、表情は変わらず無表情。
「掴んだらぷにっと」という言葉が悪かったのだ。
振り返ったらまさに掴んだらぷにっとしていそうなものがあるのだから。
「……ユーマ」
彼の手を引きはがしつつ、ゆっくりと言葉を吐く。
「何かな?」
「女の子の胸……というか体を気軽に触ったらダメだよ。こういうことは……そう、好きな人だけにしてあげて」
「へぇ。お姉ちゃんはそういう経験があるのかな」
「……………………そういうことも、聴いちゃだめ」
「そっか。解った、覚えておくよ」
「よろしい」
ざばーん、と。
会話を打ち切る様にお湯が彼の体を流れ落ちた。
●
風呂上り、ロータス、ユーマ、グラハで食卓を囲む。
料理はさっき言った通り、ロータスが腕を振るったものであり、同時にこれまでまともな食事をしていなかったユーマの為に消化のしやすいスープを主としたものだ。
そんな中、ロータスはグラハの言葉に眉をひそめた。
「…………ユーマを私の旅に? どうして?」
「そりゃあここに置いて行かれても困るしなぁ。かと言ってこの子やとどっかに預けるのも難しいやろ?」
「それは……そうだけど。だからあなたに預けようと思ったんだけど」
「あかんあかん。僕に子育てなんてできまへん」
へらへらと細目の男は笑う。
十二天魔将を倒す旅を始めてすぐ、向こうから現れて降伏宣言をした男。
魔族としての力も封印して、こうして僻地でただ暮らししつつ、ロータスに十二天魔将の居場所や知識を教えてくれる魔族の裏切り者。
情操教育に良くないのは間違いない。
「私と一緒だと危ないよ」
「わはは。冗談きついなァ、この世で一番安全言うたら、勇者はんの後ろちゃうん」
笑みは崩さず、細目はユーマに向けられた。
「それにこの子、わりと頭は良いし旅の助けになると思うけどなぁ。魔法も使えるんやろ」
「うん」
「へぇ。……うーん」
煮込んだ野菜をスプーンで崩しながらロータスは考える。
唐突な話。
別に、困りはしない。
家の外で寝ているであろう愛竜に乗せれば移動も問題はないし、十二天魔将との戦いは別の場所で置いておけばいいという話でもある。
「ユーマはどう思う? 私と来るの」
「……お姉ちゃんが良いのなら、僕も望むかな」
ゆっくりと、彼は答えた。
「ほかにすることもないし、お姉ちゃんに助けられたのなら恩返しをしたいと思うよ。……僕にできることなんて、さほど多くはないし……というか、この目のせいで迷惑を掛ける方が多いだろうけど」
「あぁ、それなら問題あらへん。前の職場から色々魔法具やらちょろまかしてるから、眼帯くらいあるで。反転瞳は見た目だけやから、それこそ普通のでも十分やし」
「へぇ」
流石、魔族軍の参謀だっただけはある。
だったら、
「いいよ。一緒に行こうか」
「………………」
「ん? どうしたの?」
「……いや。僕も望んでいたけれど、そんな簡単に頷いていいのかい? 明確に足手まといの僕がいて」
「問題ないよ」
「………………どうして?」
何故と、彼は問う。
白黒の二つの目で。
僅かに不思議そうな表情は、頼んでいる彼自身困惑している様でもあった。
けれど、ロータスからすれば大した理由もない。
「だって、
それは彼女の二つある信念の一つ。
一つは理不尽を許さないこと。
もう一つは、
「頼まれ、任されたらやり遂げるっていうのが私のモットーだから」
ただ、それだけの理由だ。
頼まれたことはやる。
任されたこともやる。
人界の王に頼まれたから魔王を倒した。
異世界のある人に頼まれたから別世界でも戦う。
もう一度人界の王に頼まれて十二天魔将を全滅させようとしている。
ロータスからすれば、そのどれともこの話は変わらない。
ただ、それだけの話だ。
●
「おー、いい感じだね。魔法使い見習いって感じ」
次の日、視界から一つ山が消えた家の前。
ユーマは襤褸切れではなく、如何にも魔法使いといった服装に着替えていた。
全身黒のシャツとズボン、それにローブ。左目には反転瞳を隠す眼帯が。
「よくこんな子供服あったね。なんで?」
「これ、一応魔法具ねんな。着る人に大きさ合わせるちゅーだけのもんやけど」
「へえ、便利。着心地はどうかな、ユーマ」
「良いよ。動きやすい。お姉ちゃんはどう?」
「ん。私も悪くないね」
ユーマと共にロータスも服を着替えていた。
魔王討伐の旅から使っていた防具は昨日、イサナに穴を空けられてしまったからである。
元々、彼女の防具は人界でも最高峰の職人が彼女の為に作り出した防具ではあるが、
「勇者はん、あほみたいに再生するし防御力とか意味ないしなぁ。僕がちょっと前に買い貯めした男もんやけど、ほんとによかったん?」
「動きやすいしいいよ。どこでも似たようなの買えそうだし。実際鎧意味ないしね」
肩を竦める彼女の新たな恰好はどこにでもいそうな村人の恰好だ。
白のシャツに濃い茶色のジャケットとズボン。申し訳程度に腰布をスカートのように巻いて聖剣を指しているが、
「顔がええから何来ても様になるなぁ。少年もそう思うやろ?」
「確かに似合っているよ、お姉ちゃん」
「ありがと。これくらいの方が実際動きやすいな。さてと、それじゃあ行こうか、ユーマ」
「うん。歩いていくの?」
「それもいいけど、とりあえずシュリで飛んでいこうかな」
「くるぅ」
「ん、良い子良い子」
控えていた白竜が鼻をロータスの頬に擦りつける。
「ほなら―――少年、勇者はんを頼むで?」
「うん、わかった」
「ちょっと? そこは逆じゃない?」
「冷静に考えたら普通の旅じゃあ少年の方が頼りになりそうやん? 勇者はん、何でもかんでもごり押しでなんとかしがちやろ」
「ぬっ……」
「確かに。お姉ちゃんが暴走しないように頑張るよ」
「ちょっと、ユーマ? ……もう、私をなんだと思ってるんだか」
「なんでもかんでもぶっ壊せば何んとなかる勇者はんやろ」
「うるっさいなー」
「大丈夫だよ。なるべく壊さなくてもいい方法を考えるよ」
「そう……うん……」
まぁ確かに。
何でもできるけれど、破壊特権で何でも通しがちなのがロータス・ストラトスフィアという勇者である。
それで大体の敵がなんとかなるから仕方ない。
「はぁ。……じゃあね、グラハ。ちゃんと大人しくしてなよ」
「勿論。勇者はんも少年もお元気で」
「ありがとう、グラハ。いつか君にも恩返しをしたいな」
「ええてええて。勇者はんの敵にならんことが、今の僕には一番の宝ものや」
へらへらと変わらず笑い、グラハは一歩下がった。
「ようし、ユーマ。シュリに乗って」
「うん。向かう先は決まってる?」
「とりあえず南! せっかく普通に飛んでいくんだから、何か問題や事件が起きてないか確かめながら行こう」
「……なるほど、勇者らしいね」
「あはは。ならユーマは記念すべき勇者パーティーの一人目だよ」
またがった白竜が翼を広げる。
ふわりと浮き上がり、高度を上げ、空に飛び込んでいった。
眼下、手を振りながら小さくなっていくグラハと湖があり、正面を向けば不自然に空いた山の空白。その向こうに森や平原が広がっていた。
それは、ユーマにとって初めて自らの目で見る世界の広さだった。
「ユーマ! 君はこれから何かしたいことがある?」
「……思いつかないけれど。ただ、この世界をもっと見てみたいな」
「いいね! とってもいいよ! それじゃあ私はもう一度世界を救うために、ユーマは世界を見る為に、これからよろしくね!」
「うん。一緒に見てくれると嬉しいな」
「―――それをユーマが望むなら!」