森羅万象破壊勇者ちゃん@魔王討伐RTAクリア後攻略 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「はっ……はっ……はっ……!」
1人の少女が森を走っていた。
それはただ走るのではなく、必死に、逃げるようにだ。
轟音が森に轟き、木々が跳ね回る。
「ひっ……!」
少女が振り返った先、巨大な何かが森を蹴散らしながら迫ってくる。
それは五メートルはあるであろう、巨大な猪だった。
口元から生える二つの牙だけ二メートル近くあり、それが狂乱するように暴れまわっている。
「ひぃぃ……!」
少女は逃げることしかできない。
暴れまわっている故に巨猪が直接的に少女を狙っていないのが不幸中の幸いだったのかもしれない。
「っ……!」
その様子なら逃げ切れるのではないかと思い、
「――――ぁ」
巨猪が吹き飛ばした大木が彼女に直撃した。
「っ……ぁああああ!」
上がる悲鳴。
数メートル吹き飛び、そのまま右足からぐしゃりという音がした。
骨まで激しく砕けたのか右足がひしゃげ、血が溢れ出す。
「ぅっ……ぐっ……ぅうぅ……!」
『―――ぐるぅ!』
「ひっ!」
その血の匂いか、嗚咽か、或いはどちらにも引き寄せられたのか巨猪が少女を向いた。
『ブルグアアアア』
「ぁ―――」
大気が震え、巨体が躍動する。
少女の下へ。真っすぐに。
目に見えた、分かりやすい死と破壊が少女に迫り、
「だっらあああああああああああああああ!!!!」
横合いから飛び出してきた少女の剣閃が巨大な猪を吹き飛ばした。
●
「………………へぇ?」
一瞬前まで森を荒らしていた猪がぶっ飛ぶという冗談みたいな光景に思わず少女は痛みを忘れた。
「動かない方がいいよ、そこの貴方」
「ひゃい!?」
いつの間にか、性別も分らない子供が隣にいた。
全身黒ずくめのローブ、左目に眼帯まで付けたあからさまに魔法使い見習いといった恰好だ。
フードから零れる白と黒の斑髪にキレイな中世的な顔が印象的だった。
少年が小さな右手を掲げ、光が灯り、
「……あっ、痛みが……?」
「一時的に痛覚を麻痺させただけだよ。これから木を浮かして引っ張りだすけど、無理に動かないでね。無理に動いたら大変なことになっちゃうから」
「た、大変なこと……?」
「砕けた骨が血管や肉を傷つけちゃって大量に出血したりして、体が驚いてひきつけを起こして死んじゃったり、足を治すけれど変に動くと動きがズレておかしな形にくっついたら妙な向きに曲がっちゃうかも……」
「ひ、ひぇぇぇ」
「こら、ユーマ! 怪我人にそんな怖いこと言ったらだめだよ!」
「お姉ちゃん。あの猪は?」
「頭切り落としたから運ぶよ。魔法で血抜きするのにちょっと時間かかるけどね」
「そう。それで、こういう時どうしたらいいのかな」
「決まってるよ」
青い瞳と金髪の少女はにっこりとほほ笑み、
「もう大丈夫だよ!」
●
「ありがとうございます……ありがとうございます……勇者様……! よく私の妹を……!」
「ありがとうございます、勇者さん! 小さな魔法使い君も!」
「いえいえ、間に合ってよかったです!」
「どうも」
「暴れまわっていた山のヌシまで……この子には村を出ないように言いつけてたんですけど……」
「へぇ、ヌシだったんですか。……どうします、あれ?」
「せっかくですので―――頂いちゃいましょう」
「………………ヌシを?」
「ヌシですし、きっと美味しいです! 勇者様も魔法使いさんもご一緒に!」
「是非!!」
「ヌシなのに良いんだ……」
「ヌシって言っても所詮動物だしね、魔法使い君!」
「ヌシなのに……」
●
そんなこんなで。
助けた少女―――サリアを、彼女の村まで送り届ければ彼女の姉であるエレーナや村民に出迎えられて、日が落ちる頃にはちょっとした祭りに発展していた。
村の中央の広場に切り分けられたヌシだったものが火に掛けられ、数十人程度の村人が総出で笑い、踊り、楽しんでいた。
「……ヌシってさ、お姉ちゃん」
「うん」
そんな光景を少し離れた所で、ユーマとロータスは並んで、ヌシの肉を食べながら眺めていた。シュリは二人の後ろで生の塊を上品に飲み込んでいた。
「こう……本で読んだ限りではその土地では大いなるものとして恐れられたり、崇められてたりするものだったんだけれど。こんなノリでいいのかなぁ」
「いいんじゃないかな。サリアちゃんも言ってたけど、動物は動物だし、魔界だとそうじゃないのかな」
「……かもね。そういえばあっちの本が多かったし。あっちじゃあ、それこそ神様扱いらしいよ」
「へぇ。そんなもんなんだ。でも、美味しいからいいんじゃない?」
「……それもそうだ」
こんがりと焼かれた猪肉をかみしめる。
野性味あふれる、というのだろうか。
独特の匂いがあるが、それでも味は良い。
「お姉ちゃんのことだから、十二天魔将の所に直行するのかと思ったけどそうでもなかったんだね」
「それでもよかったけどね」
彼女は小さく苦笑する。
「直行するって言っても、遠い所にいるのは遠いし、シュリで飛ぶのも限界があるからね。魔王のとこ行ったときは村に立ち寄ったのは最低限だったけれど……ユーマだって世界を見たいって言ったでしょ? だったら、ちょっとのんびりくらいがちょうどいい」
「十二天魔将の討伐は急がないんだ」
「グラハが言うには、魔王が倒されて私が何人か倒して逃げるなり大人しくしたり隠れたりしてるらしいしね。魔王倒されても人々を傷つけてるのは最初に倒しちゃったから」
「ふぅん……そんなもんか」
「そんなもんだよ」
それにと、ロータスは笑い合っている人々を遠く見つめる。
「困ってる人はいっぱいいるからね。私は勇者に選ばれたし、できるならそういう人を助けていこうかなって。最初の旅じゃそういうことしなかったからね」
「そっか」
「そうそう」
二人は並んで肉に舌鼓を打ち、
「お姉ちゃん」
「うん?」
「人助けって何のためにするの?」
「……むぅ。深い質問だね」
「深いのかな?」
「深いんじゃないかな。別に見返りの為でもないし」
ただ、
「私は、求められるから、かな」
「それ、前も似たようなことを言ってたね。頼まれたからって」
「うん」
ユーマを旅に同行する時、それを受け入れた理由はそれだった。
それは彼女の信念だ。
「私はほら、強いじゃん?」
「………………うん、そうだね。言われて答えるとちょっと滑稽だけど」
「あはは。自分で言うのもアレだねぇ」
彼女は苦笑し、
「私は強いし、大体なんでもできちゃうんだよ。戦いは……≪
「うん」
酷い固有魔法らしき名前にユーマは突っ込まなかった。
「戦闘以外もできないことあんまりないし。できなくても一度見本を見せてもらえばいいし。だから、困ることもあんまりないんだよね。だから―――」
彼女は笑う。
「なんでもできる私は、みんなを助けて求められる私じゃないといけない――――そう思うんだよ」
「……なるほど。お姉ちゃんはそう思うんだね」
「うん、そう。だから勇者をやってるわけだよー」
彼女の言葉をユーマはその通りに受け止めた。
ロータス・ストラトスフィアが勇者を務める理由に対して、或いはそこに秘められたものに対して何か想像できるほど彼の情緒はまだ育ってはいなかったのだ。
知識はあるけれどユーマはそういう点においてはまだ幼かった。
「勇者さん! 魔法使いくん!」
「ん。サリアちゃん。どうしたの? 足は大丈夫?」
「問題なく治したと思うけど」
「大丈夫だよ!」
駆け寄ってきたサリアの表情は明るい。
数時間前には片足が潰れていたことを感じさせないものだ。
三つ編みの赤髪にそばかすの村娘は二人に向き合い、
「改めて、ありがとうございました!」
頭を深く下げる。
「わっ、いいんだよ。顔を上げて。私たちも話にくいかあら、ね? ユーマ」
「そうなの?」
「もうっ、そうなんだよ」
「あはは、おもしろいね、二人は」
「へぇ。僕たちは面白いらしいよお姉ちゃん」
「そうかなぁ」
「あはは!」
ひとしきり笑ったあと、サリアは胸に手を当てる。
「……お姉ちゃんからは森に行ったらダメって言われてたんだけどね。まさかあんなことになるなんて」
「そういえばどうして森に?」
「あ、うん。実はお姉ちゃん、もうすぐ結婚式なんだ」
「へぇ!」
言われてエレーナを探せばすぐに見つかった。
サリアと同じ赤髪を下ろした彼女は広場の中央で、年頃の近そうな青年とゆっくりと踊っていた。
あれが結婚相手だろう。
「だから、お祝いに森の奥にだけ咲く綺麗な赤い花を取りに行こうと思ったんだけど……あはは、結果はお姉ちゃんたちの知ってる通りだね」
「そっか……気持ちはすっごく良いと思うけれど、もう無茶したらダメだよ?」
「うん、解ってる! 何か別のこと考えるね!」
「よし! それじゃ、そのこともう一回お姉ちゃんに伝えておいで」
「分かった! ありがとう、お姉ちゃん!」
元気良く彼女は駆けだしていく。
その背中を眺めながら彼女は口を開いた。
「見返りの為でもないって言ったけどさ」
「うん」
「あぁして、笑顔でありがとうって言われたら。それで私は十分なんだよね」
「……そっか」
そんなことを、にっこりと笑いながら彼女は言う。
それをやっぱりユーマは解らなかったけれど、それでも彼女の笑みは綺麗だなと、それだけを彼は思った。
「さて……それじゃ行こうか」
「うん? どこにだいお姉ちゃん。まだ食べ足りないのかな」
「違うよ、もう」
くすりと、一瞬前とは違う笑みを浮かべながら、片目を閉じた。
そして、
「今言ってた赤い花を取りに行こう――――私たちなら、簡単でしょ?」