森羅万象破壊勇者ちゃん@魔王討伐RTAクリア後攻略 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「まずは今いるアーカム領を抜けて、トリーニ領に向かうかな。もうちょっとで領境だしね」
草原の街道を歩きながらロータスは地図を広げ、シュリの上に乗るユーマに語り掛けた。
街道、と言っても整備された道ではない。
ただ人や馬、馬車に踏まれていくうちに道のようになり、周囲の人々からそう呼ばれるようになっただけの道だった。
地方の田舎では別に珍しい話でもない。
「ふぅん。確か、今人界は国が一つで四つの領があるんだよねお姉ちゃん」
「うん、そうだね」
ただその道を歩くのが勇者と白い竜と眼帯の少年というのはきっと珍しい話なのだろうが。
「魔王軍との戦いで、それまであった国は滅んだり滅ばされたり色々あったけど、70年前の第四次人魔大戦を機に人界は当時の国を四つを統合して統合王国に。その国はそれぞれ四つの領とされた」
北のアーカム。
西のドゥーヴ。
東のトリーニ。
南のシトヴァリ。
「十二天魔将は各地の僻地にいる……ぽい。ちょっと前の情報だからちゃんと情報収集もしないとね」
「なるほど。それは僕は役に立たなさそうだ。お姉ちゃんの前にしていつ役に立つかという話だけれど」
「あはは。私がいない時だってあるよ」
「なるほど。領の境界を超えるのは……教会に寄らないとダメなんだっけ?」
「そうそう、そういうことになってる。勝手に領境抜ける人もいるらしいけど、ごく近い距離を移動する時だけだね。各領の大きな街に行くときは門で教会の通行証確認されるからその時は必須」
「ふぅん。勇者でもそれは変わらないんだ」
「むしろ勇者だからね。『みんな』の作ったルールは守らないと」
歩みを進めていけば、いくつかの合流を繰り返してだんだんと道は太くなっていき道らしくなっていく。
天気は良いが気温が少し低めなのは北部故だろう。
「教会、ラサーサン教か。一々境界を通らないといけないのは面倒な気がするな」
「仕方ないよ。それに教会に行くメリットはあるんだ。お金を払えばある程度の物資も融通してくれる。特に回復用のポーションなんかは教会のは祝福が掛かっていて効果も高いしね」
「お姉ちゃんには要らないんじゃない?」
「まぁね。それでもあるに越したことはないよ。良い奴は傷だけじゃなくて体力も回復してくれるし――――ん、シュリ止まって」
「くぅ」
「?」
ロータスが足を止め、目を細めて見つめるのは街道の先だった。
ユーマも片目を凝らしてみるが、何も見えない。
「……いや、なんだろう?」
街道の先の丘、随分遠いところに動いているようなものが見えている……気がする。
動いている何かと土煙が見えるような。
だけど、勇者は違った。
「馬車がモンスターに襲われてる。ユーマ、シュリ、追いかけてきて」
短く迷いのない言葉。
告げられたと思った瞬間には彼女の姿は消え、遥か視線の先で小さく弾けた。
「……やれやれ。追いかけようか、シュリ」
「くるぅ」
●
「ありがとうございます……ありがとうございます勇者様……!」
「襲われた時、本当にどうしようかと」
「いえいえ、無事でよかったです。怪我人も手当てをするので一か所に集めてもらえますか? ユーマ、お願いできる?」
「……役に立てて何よりだよ、お姉ちゃん」
追い付いた時には既に終わっていた。
壊れた馬車、勇者に群がり感謝の言葉を述べる人々、斃された魔物。
巨大な角を持った大きな牛の魔物が3体転がっている。
かなり強い、捻じれた角は二メートル、体高は五メートルもある魔物だ。本で見たことがある。
竜に乗った隻眼の少年に驚かれつつ、それは受け流した。
壊れた馬車の影に怪我人が数人横にされていた。
壮年の男性が1人、老婆が1人、それに変わった服装の青年が1人。
一番重傷そうな青年を治療しようとしたら、
「俺は後でいい。そっちの2人を頼む」
言われたので、頷いた。
「わかったよ。……おじさん、怪我を見るから動かないで」
「あ、あぁ……ありがとう」
「ありがとう……ありがとうね……」
幸いというべきか二人のけがは大したものではなかった。
男性は腕の骨折、老婆は足首の捻挫。
馬車が壊れた時にけがをしたのだろう。
問題は青年の方だった。
「良く生きてるね、お兄さん」
「わはは、頑丈なのが取り柄でな少年」
「それに変わった服だ」
「東方出身でな。民族衣装というやつだ」
短い黒い髪、薄い緑の目。
黒の長い丈、前開きの上着は右から体の側面にボタンで留めるものなんだろう。東方の一部で、パオと呼ばれるタイプの服であり、あまり見るものではない。
前が開かれ、鍛えられた肉体が露わになっているがしかし傷も大きかった。
脇腹あたりが裂け、周囲も濃い青紫に染まっている。
傷口を布で抑えて止血を試みているが放置しておけば死んでもおかしくない。
そんな傷なのだが、
「流石に、スパイラルホーンバッファロー3体を、馬車に人を守りながら戦うのはつらかったな。良い経験になったが」
男は笑っている。
脂汗も流しているし、間違いなく痛いはずなのに楽しそうだ。
「それにまさか勇者に出会えるとはな。いや凄かった。噂には聞いていたが、ここまでとは。剣の一振りでバッファローを瞬殺していたぞ? 少年は彼女の仲間なのか? 凄いな。どういう経緯なんだろう。眼帯はどうした、かっこいいな」
「お兄さん」
「なんだ?」
「おしゃべりなんだね」
「あぁ、おしゃべりは好きだ」
「……」
放っておくと無限に喋っていそうなので無視をする。
彼の怪我はひどく、通常の回復魔法――というよりユーマの≪共通魔法≫で治すのは難しかった。
故に、彼は自分の固有魔法を使う。
傷口に翳した手から光沢のある黒く、粘性のあるものがにじみ出た。
「ふむ? そのどろっとしたものは?」
「泥だよ」
「どろだけに? ワハハ」
「……」
ユーマは無視をしたが、彼は笑っていた。
二十歳前後だろうが、子供っぽい邪気の無い笑みだ。
泥は傷口にゆっくりと広がり、沁み込んでいく。
「ほう、痛みが引いたな」
「とりあえず血はこれで止まるよ。治癒しているわけじゃなく、これで傷を塞いで肉体の一部を再構成しているだけだから、しばらくは安静にした方がいい。ポーションとかないの?」
「ないな。路銀が尽きてなぁ」
「お姉ちゃんに頼めば貰えるかもね」
「いや、そこまでしてもらうわけにはいかんな。傷を塞いでくれただけで十分だ」
笑みを浮かべ、彼はロータスを見た。
助けた数人に囲まれている勇者の姿を。
「あれが勇者か」
楽しそうに、彼は笑う。
新しい遊び道具を見つけた子供みたいに。
「さっきバッファローに襲われた時は酷い有様だったんだ。この集団はこの先の教会で色々あってな。そこからの魔物のせいでもう絶望という感じだった。俺がいくら話しかけてもろくに返事が返ってこないし」
「ふぅん」
「だが、彼女が姿を現して一変したぞ。いやぁ、凄い。俺が手こずっていた魔物を瞬殺したのだから当然といえば当然だが、壊れた馬車や荷物なんかも忘れて勇者と出会えたことを喜んでいる」
「お姉ちゃんは凄いからね」
「君の治療も大したものだったぞ、少年」
付け加える様に、けれど世辞という感じではなかった。
そう思ったからそう言った、という感じだ。
「ユーマ、終わった? そっちの人は……護衛でしょうか?」
「終わったよ」
「うむ……っと」
「あぁ、無理しないでください。後でポーションを持ってきます」
「なんと、かたじけないな勇者殿。なんて、名乗りも聞かずに呼ぶのは失礼だったかな?」
「いいえ、慣れています」
「そうか、流石だな」
ロータスはにっこりと、花の様にほほ笑み、青年も至極楽しそうに笑い返した。
「センリ・センフと言う。旅の者だ。目的は……ふふん、このような醜態では言えないな」
「お気になさらず。ロータス・ストラトスフィアです」
「ユーマ」
「ロータス、ユーマ。良い名前だ、よろしく頼むぞ!」
「はい。あちらの皆さんは馬車の片づけをしているんですけど、センリさん、話を聞いても?」
「無論、俺に応えられることならば」
「
「ふむ」
問いに対して、センリは一度口を閉じた。
言葉を選びながら、
「なんというか……俺はよそ者だ。そしてあんまり頭も良くないので、見たことをそのまま言おう」
「お願いします」
「
「……?」
シンプルな言葉にロータスは眉をひそめ、ユーマは特に反応を返さなかった。
聞いていなかったわけではないけれど。
「封鎖、とは」
「文字通りだな。中に入れてもらえん。つまり、通行証を手に入れられないわけだ」
「中に入れてもらえない……ということは教会自体は無事なんですか?」
「無事の定義にもよる」
センリは肩を竦めた。
「魔物に襲われたり、教会が壊れたりとかはしていない。だが、教会が教会として機能してないのだから無事とも言えんだろう。近場の者ならいいが俺のような根無し草や彼らのようなトリーニの都市に向かう者は困るだろうな」
「何故?」
短くロータスは聞いた。
必要なことを必要な分だけ。
それにセンリは真面目な顔で、ゆっくりと頷きながら答えた。
「―――解らない」
「…………お兄さん」
「なんだ、少年」
「喋っていたら、人に呆れられたりしない?」
「おっと、よく分ったな。俺は会話を楽しみたいんだが、中々俺と気が合う者が見つからなくてな」
「何かの本で読んだけどそういうのは――」
「こほん、ユーマ。言わなくていい。センリさん、解らないと言いますが、少しくらいわかることはありませんか? 例えば、何がいるのか、とか」
「あぁ、それなら答えらえる。おっと、どういう者かは聞かないでくれ。その場にいた誰かがそう言って、他の連中もそう言っていたし、俺もぱっと見そう感じた」
またセンリは笑っていた。
少し前、ロータスを見たような笑みで。
「アレは
「魔女?」
「……?」
ロータスを怪訝そうな顔をして、ユーマも今度は反応した。
魔女。
魔法使いでも魔導士でも魔術師でもなく、態々魔女。
しかも、教会の話だったのに。
「酷く陰気そうな顔色の悪い、口も性格も悪いシスターだが、聖職者という風には見えなかったな。なにやら呪いのようなものも使うらしい。だから、魔女と言われていた」
「それは……なんというか。陰気そうで顔色が悪い、口も性格も悪いだけのシスターなのでは?」
「人の印象というのは案外大きいものだ」
意外と深いことを言う。
「その人が境界を封鎖しているのかい?」
「うむ。教会も、境界もな」
面白くないことを言うのは最早意外でもなかった。
「近づくとあらん限りの暴言で追い返されるのだ。俺も会話は好きだから話しかけたが、さんざん言われたぞ。変な服とか会話が下手だとか話を聞いてないとかアホだとか脳みそが足りないとか」
「それは……その、酷いですね」
「あぁ、全くだ」
暴言を吐かれていたのに彼は楽しそうだ。
「ともかくいれてもらえず、相手が一応シスターでは力ずくというわけにもいくまい。そもそも金もなかったので、路銀稼ぎに彼らの護衛を任された結果はこの通りだが」
「なるほど」
「どうする、お姉ちゃん。教会の通行証は必要なんだよね」
「うん。まずはそうだね。話を聞こう」
「暴言を沢山言われたら?」
「うむ、結構傷つくぞ?」
「気にしないよ」
「ほう、流石勇者」
「気にしないで……どうするの?」
「うーん」
ロータスは形の良い顎に指を当てて少し考えた。
「理由による、かな」
何か理由があっての行動ならばそれを知らないといけない。
或いは、何かしらの重大な動機があるかもしれない。
だったら、それを聞いて、手伝えるのが勇者の役目だと彼女は考える。
「そのシスターで魔女が、自分勝手な理由で『みんな』を困らせていたら?」
「その時は、実力行使かな」
「おいおい、相手は聖職者だぞ?」
「私は勇者だよ」
「……確かに」
「それに」
彼女は剣に手を当て、丘の先を見据える。
まだ見えないが、教会の方向。
或いは、彼女には見えているのかもしれない。
「聖職者だからって、みんなに迷惑をかけて良い理由にはならない」
「…………うぅむ。ぐうの音も出んな」
「変態の大司祭を捕まえたお姉ちゃんが言うと説得力が違うね」
「まぁね」
「ん……?」
「どうしたの、お兄さん」
「いや、変態の大司祭……」
「あまり言葉にするのも嫌なんですが……」
「確か……その魔女は、叔父の大司祭が変態的な罪で捕まって、王都にいられなくなってこんな田舎に来たとかなんとか聞いたが……ははは、まさかな」
「…………………………あの、センリさん。そのシスターの姓は解りますか?」
「ハートモア。シニカ・ハートモアという」
「…………」
「お姉ちゃん。まさかとは思うけど」
ロータスは目に見えて嫌そうに顔を歪めていた。
そして、
「…………私が監獄に放り込んだ変態の大司祭の姓もハートモアだよ」
「なんと、奇遇だな! こういうこともあるとは、ハハハ!」
センリは笑い、ロータスもユーマは笑えなかった。
良い出会いがあることをロータスは願った。
まぁ、あんまり意味があるとは思えなかったけれど。