時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
それは彼女達が神浜市から見滝原市へ戻る最中のことだった。
「ねえほむら」
「え、あ、はい…なんですか美樹さん?」
「あんたさぁ、まどかと前どこかで会ったことでもあるの?」
思わず強張るほむら。美樹さやかが意外と勘がいいことをほむらは知っていた。正確には周回を繰り返してようやく最近になってから気づいたのだが。
「それは…」
眼鏡の縁に手をあてて特に直す必要性もないのにほむらは少しだけそれを動かして、数秒間隔を置いてから剣先を地面に突き刺している魔法少女に視線を向けた。はあ、とため息をついたのはほむらの反応が遅かったからだろう、剣を得物にしている少女はいささかせっかちな所があった。
「どうなの?会ったことあるの、ないの?」
「……いえ、ありません」
少女―美樹さやかの双眸が一瞬暗く光った、ちょうど数日前、魔法少女の真実を知った彼女がほむらへ剣先を向けた時と同じ様に。
「……そう」
――嘘だと気づかれている
正確には嘘というよりも違和感を覚えているのだろう、だがさやかは小首を二三度傾げてから頭を掻いた。
「いや~…ごめんごめん、なんかあたしってちょっと変なところで疑り深くてさ」
屈託なく笑顔を見せるさやかにほむらは驚いた。その双眸にはもう先ほどの暗い光は無い。
ほむらの肩をぽん、と叩きながらさやかは言葉を続けた。
「あんたいっつもまどかの傍にいてさ、なんというか必死で守ろうって頑張ってるじゃん?まどかと出会ったばっかりなのにさ、だから…もしかしたらずっと前から知っていたんじゃないかなあって」
遠くから二人を呼ぶ声が聞こえた。杏子の声だ。いつの間にかマミ、杏子、まどかはだいぶ先を歩いていて。二人だけまるで内緒話をしている親友の様に寄り添い肩を並べ歩いている。こんな構図ははじめてだった。美樹さやかという人物は一度心を許せばここまで親密になってくれるのだ。ほむらはふと己の右手に視線を移す、つい先ほどまでさやかと握り合っていた手に。眼鏡の奥のアメジストの瞳が揺れて。
「…ち、違うんです」
「え?」
「会った事は無いけど、前から知っていて…」
――私、何を言おうとしているのだろう?
震える唇、更に狭まる距離、さやかの体温が間近にあって。
なにもかも初めてだった、こんな気持ちになるのも、全てを彼女に暴露したくなることも。もしかしたら周回を繰り返すことはもう無いのかもしれない。それはあまりにも唐突であっけない終わり。
だが――
「…夢で」
「夢?」
「は、はい魔女に襲われるところを魔法少女に助けてもらった…そんな夢を見たことがあるんです…その時の魔法少女が鹿目さんにそっくりで、だから…」
「ああ…そういうこと」
さやかの表情がぱあ、と輝く。
「まどかとあんた夢で繋がった運命共同体って所なんだ…いや~こりゃまいった」
――これでいいんだ
快活に笑うさやかを見て、ほむらの表情が少しだけ曇る。が、さやかに肩を再び叩かれて。
「まどかを守ろうとしてくれるなんてさ、幼馴染のあたしからしてもありがたいし、まあ、でもまどかがちょっとうらやましいかな」
「おーい、お前らほんと何してんだ?置いてくぞ」
「あ、やば、杏子が怒ったらめんどくさいぞ、行こう、ほむら」
「あ…」
当たり前のようにさやかはほむらの手を握り引っ張っていく。その手はひどく温かくて。
「あの美樹さん」
「ん?」
「わ、私…鹿目さんだけじゃなくて、美樹さんも…」
「あたし?」
ふと立ち止まり振り返るさやか、見つめ返すほむら。
「守りたいです」
それはとても小さい、けれどしっかりした声で。
「……」
「美樹さん?」
蒼い髪の少女が寡黙になるのをほむらはついぞ見た事が無い、数ある周回でもこれが初めてで。再び歩き出すさやかの背中のマントを眺めながら、ほむらの表情は不安なそれに変わる。
「あ、あの…」
「…と」
「え?」
ちらりと振り向いて、さやかははにかんだ様にほむらに笑いかけた。
「ありがと…ほむら」
そう言ってまた前を向くと、もうさやかは喋らなかった。
「美樹さん…」
だがほむらは嬉しそうに口元を緩める。何故なら顔を赤らめながら再び歩き出したさやかの手はさっきよりも強くほむらの手を握っていて。
「遅くなるよ、急ご」
ぶっきらぼうなその声も今のほむらにとっては――
「はい」
そう言ってほむらはさやかの手を握り返した。
この周回で、全てを終わらせたいとそう思いながら――
******
「記憶ってやっかいね」
「どうしたのさ急に」
振返って不思議そうにこちらを見る蒼い髪の女性を見上げ、黒髪の女性は別に、と囁いた。
「そっか」
特に問い詰めることもなく蒼い髪の女性は肩をすくめ、再び歩き出す。白いコートにデニムのパンツを身に纏った長身のこの女性は当たり前のように黒づくめのスカート姿の黒髪の女性の手を引いて。
「あんたさあ、今でも昔のこと思い出したりするの?」
「昔ってどれくらい?」
「改変の改変の前くらい」
「何それ」
ふ、と黒髪の女性は口元を緩めた。もうそんな「昔」を知っているのは宇宙でこの二人だけなのだ。恐ろしいほど冷たい美貌は花が咲いた様なそれに変わって――はあ、と息を吐きながら黒髪の女性は街を見渡した。
ひんやりとした外はもう夜の帳が降りていて、往来の人々もまた足早にそれぞれの帰り場所へと急いでいる。
「不思議ね」
「何が」
「貴方とこうしていることよ」
「ああ、私も時々それ思うわ、なんでこうなったのかなあって、でもさ」
振返ってニイ、と大人らしくない笑い方をする蒼い髪の女性。
「私はあんたとこうしていられることがすごく嬉しいわ」
「馬鹿ね」
その声色は優しくて、黒髪の女性は目を細め言葉を続ける。
「ねえ、前にも貴方はこんな風に――」
「こんな風に?」
――手を引っ張ってくれたわ
「…もう、だからこんな風になにさ」
「なんでもない」
「ったく」
だが蒼い髪の女性の声色もまた優しい。
「ねえ」
「ん?」
「好きよ」
蒼い髪の女性はただ顔を赤くして、そうして「あの時」のようにはにかんだように笑って―
「私も」
大人になった悪魔と鞄持ちは今でもあの頃のように――
END