時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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悪魔と映画と鞄持ち

悪魔と鞄持ちが一緒に映画を観に行くようになったのはいつの頃からだったか。それは実は本人達も正確には覚えていない。ただ気づけば映画館で肩を並べ大画面に見入る様になっていた。時にはコーラやポップコーンをお供にしたり、時には帰り道映画の結末について延々と語り合ったりと、まるで今までの事が嘘のような平和で幸せな瞬間を満喫している。

 

今日もまたそんな日のはずなのだが――

 

*****

 

大画面でイタリア系女性が何か叫びだす、それはまた情熱的な愛の告白で字幕を読まなくとも感情は伝わってきそうな勢いだった。だがそれなのに――

 

――ま、まずいわ!

 

美樹さやかは眠い目を必死に見開きながら心で叫んだ。

いや、わかってはいたのだ、夜勤明けな上に残業で丸一日半眠っていない。それなのにこうして映画館に来ること自体危険な行為なのだ、爆睡必至という所か。

 

「……」

 

微かな唸り声をあげながら、さやかは右手で顔を一撫でして首を振る。圧倒的眠気に耐えかねてとうとう席のひじ掛けにもたれるようにして頬杖をついた。仕事帰りでどこかしょぼくれた感じのスーツに皺が入る。たれ気味の目をしばたたかせると、ふと右横の席へと視線を移す。そこには姿勢正しく座っている長い黒髪の美しい女性がいて。

 

――こんな顔もするんだ

 

一瞬眠気を忘れて女性の横顔に見惚れる。女性は真剣な表情で食い入るように大画面に見惚れている。美しい横顔はだがしかしどこか子供の様でもあり、ついさやかは口元を緩めてしまう。映画よりも彼女の横顔を見つめている方が幸せだ、とでも言うように。だが実際惚けた表情で女性を見つめたままさやかはゆっくりと目を瞑っていった。

 

――やば!

 

数秒後びくん、と身体を強張らせ目を開くさやか。伺うように女性を見つめる姿はどことなく飼い主を伺う忠犬の様で。

 

「……何」

 

ひどく無愛想な、だが艶のある低い声を発しながら女性がゆっくりとさやかの方を向いた。映画館の青白い闇の中、画面の光で女性の恐ろしいほどの美貌が一瞬照らし出される。

 

「(なんでもないわ…)」

 

惚けた顔のまま、さやかは右手を小さく振りながら口パクでそう言った。通じたのか通じてないのか、ただ女性はやれやれという様に頭を振り再び大画面へと視線を向ける。ほっとさやかは溜息をついて、そうしてよせばいいのにまた彼女の横顔を盗み見る。

 

美しい悪魔――暁美ほむらの横顔を。

 

****

 

 

 

悪魔と鞄持ちが一緒に映画を観に行くようになったのはいつの頃からだったか。それは実は本人達も正確には覚えていない。だが鞄持ちはそうなるようになったことをとても――

 

――夢みたい

 

そう、本当に夢みたいだとさやかは思う。現在進行形で今でも色んなことが続いているが、悪魔と化して世界を改変した彼女と大人になって共に時を過ごしていることが。そしてこんな風にその横顔を見つめていることが。きっとしまいにはこうしていることが当たり前で、彼女が悪魔だったり、自分自身が概念の鞄持ちだったことが夢と思える日が来るのだろうか?

 

――前を向きなさいこの馬鹿犬

 

いきなりさやかの脳内に声が響き渡る。念話だ。

 

――やば!ごめん

 

念話で返すとさやかは神妙な面持ちで画面に目を向け姿勢を正した。大画面ではイタリア系女性が年配の白髪の男性と抱き合っている、そして切ないBGM。もうクライマックスだ。

さやかはちらちらと横を盗み見る。おそらくこういうシーンで悪魔がどんな表情を浮かべているのか非常に気になるのだろう。

 

――殺すわよ

 

ひ、と声を漏らしさやかは今度こそ大画面に集中した。

 

――にしても、どうしてこいつは私と映画を観に行きたがるんだろう?

 

そう、さやかはそれが不思議でたまらなかった。さやかはほむらほど映画が好きというわけでもないし、観たい映画もほむらとは真逆である。しかも仕事の後疲れてしまい眠ることもある。

 

『貴方どれだけ寝てたと思ってるの?映画全然見てなかったじゃない!』

『ほむらは観てたんでしょ?だったら後でストーリー教えてよ』

『嫌よ…それに』

『それに?』

『今度眠ったら殺すわよ』

 

思えば映画館でさやかが爆睡した時の怒りもエスカレートして、今では『殺す』が常套句になっている始末。それなのにこうして頻繁に映画に誘ってくるのだ。

 

大画面で主人公の女性が涙を流す。それは喜びの涙で。眠たさでストーリーの半分も理解していないさやかでもそのシーンには心打たれて。

 

――良かった

――そうね

 

はっ、とさやかが横を見る。ほむらもこちらを見ていて。

 

――ああ、そうか

 

ようやく悪魔の真意に気づき、鞄持ちは微笑んだ。そう、彼女はきっと――

 

「……きなさい」

「あれ…?」

 

さやかは目をぱちくりさせる。いつの間にか映画は終わっていた。観客が席を立ちあがり、それぞれ帰路につく所で。時折観客がこちらを見て微笑んでいることに気づき、さやかは訝しがる。そういえば視界がやけに斜めで――

 

「いつまで私にもたれている気?」

「へ?わ、ごめん」

 

慌てて頭を起こすさやか。悪魔の華奢な肩にずっともたれていたらしい。ふ、とほむらが息を漏らす。

 

「別にいいわ、貴方の頭重たかったけど」

「あ~面目ないわ、また眠っちゃった」

「いつものことね」

 

だがしかし、悪魔の声色が存外優しくて、さやかは不思議そうに首をかしげる。

 

「あんた、怒ってないの?」

「どうして?」

「だっていつも私が眠ると怒るじゃん」

「…そうね、今日はそれほど馬鹿じゃなかったからかしら」

「ひど!あ…でも私と観ると楽しいからとか?」

「自惚れないで」

 

そう囁くとほむらはゆっくりと立ち上あがった。黒のセーターにスカートと黒づくめのその姿は優雅で。右手で長い黒髪を軽く梳くと、さやかを一瞥して忌々し気に呟いた。

 

「…そう言いたかったけど」

「え?」

 

ほんの少しだけ悪魔は目を伏せて。

 

「…そうみたい」

「ほむら」

 

そのまま歩き出す悪魔の背中に鞄持ちは声をかける。

 

「私あんたと映画観るの好きよ、とっても」

「……馬鹿ね」

 

とても小さい声でそう返す悪魔に苦笑しながらさやかはその背中を追いかけた。

 

 

それから数分後、恐ろしいほど美しい黒髪の女性と友人らしき蒼い髪の女性が手を繋ぎながら映画館から出てくる姿が噂になるのはまた別の話――

 

 

 

END

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