時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
飛びぬけて美人、という言葉を昔聞いたことがある。だが実際会ったことがあるかと言われたら答えはNOだ。今、この瞬間までは。男は目の前にいる黒髪の女性を凝視していた。
「何か?」
存外と低い声で囁かれ、男はびくり、と身を固めた。その女性には何か言いようのない威圧感があった。畏怖の念ともいえる思いを抱きながら、男は口を開いた。
「い、いや何も」
女性は小首をかしげる。まるで子供の様に無邪気なその仕草は、その美貌とはアンバランスで、だが魅力的だった。
そう、彼女は恐ろしいほど美しかった。
「ちょっと、あなた恥ずかしいからやめてよ」
「あ、ああ、どうも失礼」
男は横にいる妻に腕をつつかれ、ようやく我に返り女性に会釈すると、カウンターから受け取ったトレイを手に席へと向かった。ちらり、とまた振り返ったのは未練なのか、なんなのか。
「なんなのよ」
思った通りのことを、美しい女性の傍にいた蒼い髪の女性が口走った。だいぶ気に食わなかったのか、口を尖らせて。
「どうしたの、嫉妬?」
面白そうに蒼い髪の女性を見上げる黒髪の女性、先ほどの能面の様な無表情とは打って変わり、人間味のあるそれで。
「ち…違うわよ!」
黒髪の女性は笑う。実はこれはとても珍しいことで。10年前の彼女からは全く想像のつかないことだった。癖なのだろう、長い艶のある黒髪を右手で梳いて、蒼い髪の女性を横目で見つめた。切れ長で睫毛の長い美しい目。アメジスト色に瞳は輝いて。その形のいい唇が微かに動く。「馬鹿ね」と。
「ひっど!――あ、」
いつも通りの声をあげ、ふと我に返った蒼い髪の女性は慌てて周囲を見渡す。数人の「客」は皆こちらに視線を送っていて。目の前のカウンターにいる店員も口元を緩めながら、こちらを見ていた。店員の背後には美味しそうなハンバーガーとポテトのパネル。くすくすと傍で笑う黒髪の女性をジト目で見つめてから、蒼い髪の女性は店員に向き直る。
「あ~、あはは、注文お願いします」
頭を掻きながら、蒼い髪の女性――美樹さやかは照れくさそうに笑った。そうしてくすくすと傍で笑う、美しい黒髪の悪魔――暁美ほむらをジト目で見つめた。
――ったくもう!
ーーーーー
ここは見滝原市の郊外にあるファーストフード店、二人は魔獣との戦いの後、空腹を満たすため訪れていた。平日の昼下がりのため比較的客は少ない。
「ねえ、あんたはどれにする?」
「これとこれがいいわ」
黒髪の女性は、ボリュームのあるセットと、デザートを指さした。げ、とさやかの顔が歪む。
「え、あんたそれ全部食べれるの?」
「食べれるわ」
「嘘」
「嘘じゃないわよ」
カウンターに手を置いて、ほむらがさやかを見上げる。キラリ、と左耳のイヤーカフについた石が光った。
「私は、このハンバーガーの味とデザートを試してみたいの、おわかり?」
「わかったわよ、じゃあこれとこれで――」
トレイを持ち、窓際の広い席に移動する。当たり前の様にさやかの横にほむらが座ると、さやかは照れくさそうに笑った。不思議そうに首をかしげる悪魔。
「何、気持ち悪いわね」
「ひど!…いや、あんたとこうしてるのが夢みたいで」
「もう聞き飽きた台詞よ、それ」
「そう?」
「そうよ、もう何年一緒にいると思っているの?ほら」
アイスティーを鞄持ちに手渡す美しい悪魔。
「ありがと」
「あとこれも」
給食の配膳の様に、さやかの前にハンバーガーとポテトを並べるほむら。一度心を開くと、情がうつってしまうのか、甲斐甲斐しく世話を焼くその姿はどこかいじらしくて。こんな光景が見られることが奇跡なのだ、とさやかは秘かに嬉しく思う。そう、こんな未来はあの頃、全く想像していなかった。けど――
「あれ?」
さやかが素っ頓狂な声をあげる。ほむらの方には飲み物しか置いてない。
「あんたさっき注文したのに、食べないの?」
「貴方にあげるわ、私お腹いっぱいだもの」
「へ、何その天邪鬼」
「いっぱい食べなさいな」
そう言って、ほむらは黙ってストローを咥えた。ほんの少しだけ、彼女の頬が赤い。
「あんたってもう…」
嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな顔でさやかは笑う。
「そんな風に優しくされるなんて、なんだか泣けてくるわ」
「黙って食べなさい」
「へいへい」
ハンバーガーを頬張りはじめたさやかを、隣で見つめるほむら、その口元が緩んだことに鞄持ちは気づかない。
「それにしても人が多いわね」
「ん~…ほんと…平日なのに」
「ちゃんと食べてから喋りなさい、まったく…躾が足りなかったのかしら」
はあ、と大げさに溜息をついて、ほむらは頭を振る。
「ひど!てか、私は犬じゃ」
「食・べ・終・え・てから話しなさい」
「はい」
瞬時にしゅんとした鞄持ちが、脳内で犬に変換されたのだろう、悪魔はくすくすとまた笑い出す。どうにも機嫌が良さそうだ。
「ほんと、手がかかる犬ね、食いしん坊だし、嫉妬深いし」
「〇☆…××」
もごもごと何か言いたそうにしている、鞄持ちの頭をほむらは軽く撫でる。まるで飼い主が愛犬にそうするように。真っ赤になる「愛犬」
「でもそういうところが」
時が止まる。
「――よ」
唇と唇が触れ合い、しばらくそのままに。
閉じられた瞼の長い睫毛に、きめ細やかな肌、彼女はとても美しく、鞄持ちはただただそれに見惚れるだけで――
嫉妬しないってのが、無理なのよ――
そう心で零しながら、そうしてさやかも目を閉じる。
うっかり、時間停止を解除してからも数秒ほど、そのままだった彼女達が珍しく気まずそうに店を出たのはまた別の話――
END