時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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欠けた月の下で

昔は貴方が嫌いだったのだろうか

 

『私…』

『言いたいことは言葉にしないと伝わらないものよ』

 

嘘だった。あの時、震え怯えている貴方の表情を見た瞬間、何が起きたのか私は悟っていた。ディテールではなく、アウトラインの様なものを。だけど、それでもあんな風にぎこちない態度を取ってしまったのは、共に暮らし始めたばかりで、まだくすぶるような怒りをその身に抱えていたから。

 

今なら――今こうして貴方を追いかけている私なら、あの時躊躇うことなく全てを聞き出せたのに。

 

*******

 

白い空間の中二人の少女は対峙していた。いや正確には対峙というよりも一人は椅子に座りうなだれ、もう一人はその傍で立ちすくむという、寄り添うような構図である。二人は見滝原高校の制服を身にまとっていた。

 

「どうしよう…」

「そんな風にめそめそしていても何も変わらないわよ」

 

少し苛ただしげに立ちすくんでいる少女が囁いた。少女は恐ろしいほど美しかった。艶のある長い黒髪に白磁の様な肌、繊細な美しさを湛えた容貌、陰鬱で禍々しい雰囲気を差し引いてもそれは余りあるもので。

 

「しっかりしなさい、美樹さやか」

 

まるで母親の様に黒髪の少女がうなだれる少女――美樹さやかに声をかける。

 

「あれは魔獣よ、憑りつかれた人はもう既に亡くなっていたわ、もう誰にも手の施しようはなかった」

「ほむら…」

 

涙で赤くなった目を悪魔に向け、さやかは美しい少女の名を呼んだ。

 

美樹さやかが断片的ながら記憶を取り戻したことを契機に二人は共に暮らすようになった。悪魔の言葉を借りるなら、それはやむにやまれずに至ったものであるが、しかし共に魔獣を倒し、日々の生活を送ることは確実に彼女達の関係性に変化を与えていた。鹿目まどか一辺倒であった暁美ほむらが、うちひしがれる美樹さやかに声をかけるなど、誰が想像しえたであろうか。

 

「ありがと…あんた優しいよね」

 

何も言わず椅子の背板から手を離し、ほむらはさやかから離れた。腰に手を当て、漠然とした体で宙を見上げる。

 

魔獣は進化した。魔女とは形態が違うがありとあらゆる形へと変化し、そしてタチの悪いことに人間に憑りつく。魔女の場合は人を意のままに操ったが、魔獣は人と融合するのだ。

 

――想定外だ

 

ほむらはゆっくりとさやかの方へ振り返る。

 

「ねえ、美樹さやか」

「何」

「貴方が忘れたいのなら、私は今すぐにでもその記憶を奪うことができる…そうして欲しい?」

「それは嫌、絶対に」

 

椅子から立ち上がる蒼い髪の少女を見上げ、ふ、とほむらは笑みを浮かべた。

 

「おかしなひとね、そんなに嫌な思いをしてまで戦う理由なんて、もう貴方には無いはずよ」

「あるよ、私は罪を償わなければいけないんだ」

「罪?」

 

珍しく、悪魔が聞き返した。悲愴な表情を浮かべた少女は意を決したように言葉を続ける。

 

「私――」

 

だがさやかの言葉はそこで途切れる。

 

「『あの時』のことね」

 

強張るさやかの顔。

『あの時』とはこの少女が記憶を取り戻したあの日のことだ。激しい雨に打たれながら、うわごとの様に謝罪を繰り返してほむらに縋りついて来たさやか。鳴り響くパトカーのサイレン、そしてどこか騒めいていた夜の街。暗黙の了解なのか、あれ以来二人はその事について語らなかった。今この瞬間までは。だが咄嗟にそれが口に出ること、そしてその表情から、常にそれが二人の心の中に暗い影を落としていたであろうことは、一目瞭然だった。

 

「言いたいことは言葉にしないと伝わらないものよ」

「ごめん」

「謝らないで、イライラするわ」

 

言葉通り苛ただしそうにほむらは声を荒げた。これも珍しいことだった。悪魔と化してから一貫して人を食ったような態度をとっていた黒髪の少女がここまで負の感情を露呈するなど。かつて悪魔や女神によって改変される前の世界では、彼女達はより険悪な状態に陥ったことも多々あったが、あの時のことを知るのは当の本人達以外もう誰もいない。

 

「でも、謝る…やっぱり言えない…今は」

「そう…」

 

引き下がるかに見えた悪魔。しかしそうではなかった。

 

「じゃあ貴方の記憶を消すと言ったら?」

「ほむら…」

「私は本気よ、美樹さやか、貴方が今まで記憶を保ったままここまでこれたのは誰のおかげだと思う?」

 

腕を組み、勝ち誇ったような笑みを浮かべる悪魔。その陰鬱なまなざしにはどこか怒りを湛えた光があった。過去の軋轢の積み重ねでさやかに怒りを覚えるなどという狭量さはこの悪魔には無いはずだ。だが、だとしたらこの美しい黒髪の少女が湛えている怒りは一体どこから来たものだろうか。巴マミや佐倉杏子に対してもこのような態度は取ったことは無かった。

 

「…あんたのおかげよ」

 

切なそうにさやかは呟いた。その様はまるで主従関係における従者のようで。

 

「お利口さんね、そうよ、私のおかげ。私が貴方の記憶を消さないから貴方は今のままでいられるのおわかり?」

 

こくり、と頷くさやか。

 

「なら、今すぐ言いなさい、あの時のことを美樹さやか」

 

二人の周囲で風が吹きあがり、ほむらの長い黒髪がゆっくりと浮き上がる。悪魔の力の発動だ。強大な力を常に制御し続けている彼女にとって、こうした感情の起伏は力を解放するトリガーともなった。その相手がかつて長い間誰よりも険悪だった美樹さやかというのはなんという皮肉か。怒りの表情は一層彼女の容貌を美しくさせた。

 

その容貌に見惚れているのか、茫然と立ちすくむさやか。悪魔に対してあの頃とあまり変わらない容姿の彼女だがしかし、4年の歳月は彼女の内面を確実に変えていた。何を思ったのか、さやかはほむらに歩み寄る。なんの躊躇いも気負いも微塵もみせずに。後少しで身体が接触する至近距離まできて、とうとう悪魔の方が後ずさった。

 

「ほむら…私やっぱりあの時のことはまだ言えない」

「…そう、なら全てを忘れて笑って暮らせばいいわ」

「それも嫌」

「…どういうつもり?」

 

人の好さそうなたれ気味の目に決意の光を輝かせて、さやかは重々しく囁く。

 

「このまま…あんたとずっと一緒にいさせて、もう泣き言なんて言わないから」

 

悪魔は言葉を失う、その固い決意を滲ませた表情はかつての美樹さやかに見出せなかったものだったから。歳月の見えない力は確実にさやかを変えていった。目の当たりにした悪魔はたださやかを茫然と見つめる。さやかの方が上背があるため見上げる形になって。

 

「どちらも嫌で、その上私とずっといたいですって?」

「だめ?」

 

小首をかしげ、伺うようにほむらを見つめるさやか。そんな仕草を目の当たりにするのも初めてだったのだろう、悪魔は少しだけ戸惑った様子で口ごもった。珍しいことだ。そんなこと言われたことも言ったこともない悪魔は蒼い髪の少女の前で、とうとうただの「暁美ほむら」を少しだけ露呈した。

 

「…そんなこと…わからないわ」

 

選択肢を示したはずが、その両方を選択し、ずっと己と一緒に暮らすことを懇願する少女。

悪魔はその少女の記憶を無理やり奪う事もできるし、無理やり外へ追いやることもできる。だが、その答えを出しかねていた。そのアメジストの瞳には内面の葛藤とそしてそれを与えた対象が映し出されて。

 

「お願い、私、あんたの言う事ならなんでも聞く、だから」

「なんでも…?私は悪魔なのよ」

「関係ない」

 

これも想定外だ――

 

あの雨の日、悪魔は美樹さやかを家へと連れ帰った、あの時点でもう全てが変わったのかもしれない。ほむらは視線をさやかから逸らし、組んだ自身の腕へと向ける。腕は少しだけ震えていた。悪魔が世界を改変してから想定外なことはいくつか起きている。そのひとつが魔獣の予想外の進化、そしてもうひとつはこの美樹さやかの変化。後者の方がほむらにとってはより衝撃的だった。

 

――でも、もっと想定外なのは

 

ほむらは組んだ腕を解くと、さやかに向き直る。妖しく輝くアメジストの瞳。

 

「関係ないって言ってくれるなんて、だいぶ変わったわね、美樹さやか」

 

今度は悪魔の方から距離を詰めると、そのまま手を伸ばしほむらはさやかの首元へ触れた。

 

「いいこと、私は貴方なんてひとひねりで片づけられる」

「…知ってる、今まで見てきたもの」

「だから貴方に発言権は無い、私が決める」

 

何も語らず、さやかはただ頷いた。以前の彼女ならきっと抗っていただろうが、今はもう違う。

 

「私のしもべになりなさい、美樹さやか」

 

 

――きっと、この私だ

 

かつてなかった状況に、ただただ戸惑う悪魔。だがしかし彼女は決意した。この以前より少しだけ成長した蒼い髪の少女を手元に置くことに。最も想定外なのは、この少女を受け入れた悪魔自身だった。何故こうなったのか、少し未来においても答えは出ないこの決断を、今この瞬間悪魔ははじき出した。

 

「…わかった」

 

ほむらの手の中でさやかの首がごくり、と鳴った。決意に満ちた表情とは裏腹にやはり多少の動揺なりがあったと知ることができたからか、それとも肯定されたからか、ほむらは口元を歪めた。再び悪魔にペースが戻った。

 

「いい子ね」

 

ほむらはゆっくりとさやかに顔を近づける。かつて、悪魔と化して初めてこの少女と対峙した時のように。だが違うのは更に距離を縮めてきたこと。それは神の悪戯か、それとも。

 

「さやか」

 

初めて悪魔は下の名前だけを呼んだ。それに驚くさやかだが、更に目を見開いてより大きな驚きを受け入れる。背伸びした悪魔の唇がさやかの唇に触れて。

 

――これが悪魔になるということか

 

どうしてそうなったのか、未だに答えらえない行為、魔が差したようにそれはいとも簡単に訪れて。顔を離せば一瞬で終わることだが、二人は互いの唇の感触が本物か確かめるように不器用に顔を寄せた。それが好奇心によるものか、あるいは同情や贖罪の様なものなのか、おそらく誰も、本人達すらわからないであろう。まるで以前からそうしたかったように二人はぎこちなくお互いを求めた。かつての世界なら想像のつかなかった光景。

 

ほむらがさやかの首の後ろに手を回す、それからしばらくして、さやかの手がたどたどしくほむらの背中に回された―――

 

********

 

夜の街、高層ビルを見下ろしながら颯爽と悪魔は空を駆ける。

 

――さやか

 

念話を飛ばし、もう長年連れ添っている相方を呼ぶが返答が無い。ちっ、と舌打ちする音が聞こえ、悪魔の顔が険しいそれに変わる。成長しあの頃よりもだいぶ大人らしくなった顔つきは、また更に美しさが増していて。

 

「あの馬鹿」

 

黒い翼をはためかせ、身体のラインの浮き出る黒の衣装に身を包んだ彼女は、強い風にあおられながら珍しくひとりごちる。10年という歳月を経て、悪魔――暁美ほむらもまた変わった。もう感情を露呈することも厭わない。それもこれも彼女が今「馬鹿」呼ばわりしている存在――美樹さやかの所為なのだが。乱れる長い黒髪をほむらは右手で抑え、とうとう上空で停止した。

 

彼女達――正確には魔法少女だった者たちは互いに気配を察知することができる。それが悪魔となって強大な力を得たほむらなら尚更、いともたやすくお目当ての美樹さやかを察知するであろう。だが違った。警察に拉致された後のさやかの足取りが掴めないばかりか気配が察知できないのだ。考えられることは、何者かが気配を遮断しているのか、あるいは

美樹さやか自身が気配を遮断しているかだ。そしてそれは意識喪失か、死を意味している。

 

『私は死なない、約束するわ』

 

いつかの、高校生だったあの頃交わした約束、そして相方の能天気な笑顔をほむらは思い出す。あの魔が差して、唇を重ねたあの日を。ふ、とほむらの唇が緩み、そうして指が唇にあてられた。

 

「そうね、貴方は私のしもべだものね」

 

そうしてほむらの顔がほんの一瞬だが綻んだ。それは奇跡に近いほどのもので。もしそこに鞄持ちがいたならば心底驚いたろう、そうさせたのは自分自身とも知らずに。

 

「見つけたわ」

 

悪魔は気配を察知し、一直線へそのビルへと向かう。

 

 

 

あの頃の約束を違えることはない、そして私は――

 

 

私は貴方を死なせたりしない

 

 

 

夜空には半分に欠けた月だけが残されていた――

 

 

END

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