時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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そのひとときが

どうにも暁美ほむらという人物は不可解である――

これは美樹さやかが10年という歳月を経て得た結論であった。

 

「どうしたの?人の顔覗き込んで」

 

アメジスト色の瞳がさやかの顔を捉えた。その瞳の中に映ったさやかはどこか動揺していて。

 

「い、いや、なんでもないわ」

 

「変なひと」

 

そう言って、ほむらはその切れ長の目を細め、横目でさやかを見つめたまま前を向いた。艶のある長い黒髪がさらり、と風にそよいで、淡い桃色の唇にかかって。

 

――反則!

 

美樹さやかは心で叫ぶ。中学2年生の頃から『美人』とは思っていた。だがまさか、大人になって更にこんな美しく成長し絶世の美女になるなんて。

 

「さやか」

「おっとと」

 

名前を呼ばれ、さやかは慌てて歩を止める。交差点の信号は赤になっていて。黒のタートルネックにロングスカートという黒づくめの装いの美しい『悪魔』とジーンズにダウンジャケットというラフな姿の『鞄持ち』は二人仲良く並んで信号が変わるのを待つ。もし彼女達が出会った頃――世界が二度改変される前――を知っている者がこの光景を目の当たりにしたならば心底驚くだろうが、生憎もうその頃のことを知っている者は誰もいなかった。成人して大人になった彼女達以外には。

 

「ねえ…あのひと」

「綺麗ねえ、モデル?」

 

ひそひそ声がして、さやかが声の方に視線を向ける。そこには見滝原高校の制服を着た三人の女子高校生がいて、ほむらの方をチラチラと見つめながら顔を赤らめていた。

 

「うっひゃあ~…」

 

奇声をあげるさやかを横目で睨むほむら。へらへら(そう悪魔はいつも形容している)笑っている蒼い髪の女性を認めて尚の事不機嫌な表情を浮かべて。

 

「何、気持ち悪いわね」

「いやあ、やっぱあんたってモテるんだなあって」

 

はあ、と露骨に溜息をつくと、ほむらはさやかから信号へと視線を移す。おどけた様子で肩をすくめ、気にする様子もなくさやかは言葉を続けた。

 

「まあ初めて会った時から私も『すっげ~美人』と思ってたけどねぇ、まさかここまで綺麗に成長するなんて、なんか感慨深いというかなんというか…って、ちょっと!」

「青よ、さっさと歩きなさい、時間が無いわ」

「はいはい」

 

たれ気味な目を細めながら、早足で歩きだすほむらの後をついてくるさやか。ふと、澄み切った青空を見上げ、口元を緩めた。

 

*****

 

10年前、黒髪の女性は世界を改変した。暁美ほむらと美樹さやかの間にある特殊過ぎる状況故に生まれた確執も時の力によって変化し――正確には互いの成長(特に美樹さやかの)と共に歩み寄りが始まり――今ではこのように行動を共にしている。

 

「夢みたいね」

「何が?」

「あんたとこうして肩を並べて歩いていることがよ」

「……今に始まったことじゃないでしょ」

「そりゃそうだけど、なんか未だに信じられないのよね、ほんと不思議」

 

歩く二人の姿がカフェの窓に映し出された。悪魔化と共に陰鬱な空気を纏う様になったほむらはそれを補い余りある恐ろしいほど美しい女性へと成長したし、美樹さやかもまたどこか中性的な雰囲気のまま、魅力的な女性へと成長を遂げていた。ちらり、とそんな窓に映し出されている自分達を盗み見ながら、さやかは頭を軽く抑える。

 

「記憶…また錯綜しているの?」

 

心配そうな声でほむらがさやかに囁く。

 

「へ、ああいや、私達の姿を見たら、なんか頭がバグっちゃってさ」

「本当に?貴方の記憶がまた消えたら――」

「えへへ、困る?」

「いえ、むしろ嬉しいかも」

「ええ?」

 

驚いた表情をさやかが浮かべると、美しい悪魔はただ首を振って苦笑した。

 

高校時代に美樹さやかは記憶の断片を取り戻し、ほむらに歩み寄った。それ以来何度も記憶の錯綜を起こし、今に至るのだが、悪魔がそれについて心底心配しているのか、それとも喜んでいるのかさやかには全くわからなかった。

 

「なあに、貴方、もしかして私に心配されたい訳?」

 

おどけた様に小首をかしげ、ほむらはさやかを見上げた。どこか挑発的というか小悪魔的な表情は同性であるさやかにも有効らしく、蒼い髪の女性の顔は一瞬で赤くなる。楽しそうに笑う悪魔。10年も経てばこのような仕草や表情も浮かべることができるのだ。

 

「そんなこと…あるけど」

「馬鹿ね」

 

ことさら愉快だと言わんばかりにほむらが笑った。この美しい悪魔はどうしてそこで嬉しそうに笑うのか、どうしてそんな風に見つめてくるのか、どうにもさやかは不可解で。

 

「あんたってほんと不思議だわ」

「そう?ほら、着いたわよ」

 

顎をしゃくるほむら。たれ気味の目を見開くさやか。そこは映画館の入口で。

 

「何を観ようかしら」

 

軽やかな足取りで悪魔は入口に向かう。そう、この美しい悪魔は映画好きなのだ。

 

「ったく、ほんと映画好きなんだから…」

苦笑するさやか。たまにふとした拍子で訪れる平和な日、こんな風に二人で出かけるのが日課になったのはいつからか。

 

「さやか」

「はいはい、お嬢様」

 

ほむらに手招きされて、おどけた様子で、だが嬉しそうに小走りで近寄るさやか。その様子もまた10年前には想像できなかったもので。

 

「ねえ、ほむら」

「何」

「私さあ、今結構幸せだわ」

「え?」

 

唐突な言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる悪魔。

鞄持ちは少し困った様に笑って、そして囁いた。

 

「あんたといるから」

 

「……寝言は寝てから言いなさい」

 

少しだけ間を置いて、黒髪の女性の唇から辛辣な台詞が漏れる。そうして逸らされる顔。

ちょっとだけ鞄持ちは寂しそうな表情を浮かべて。

 

「ほら行くわよ」

 

そう言って、いきなり悪魔がさやかの腕を掴んだ。目を丸くする鞄持ち。戦闘時以外に悪魔がこのようなことをするのは珍しいことで。

 

「ほむら?」

 

思いのほか強い力で引っ張られながら、さやかは驚いた表情を浮かべる。だが次第にその表情は変化して、とうとうさやかは満面の笑みを浮かべた。何故なら、美しい悪魔の頬が微かに赤みを帯びているのを認めたから。

 

 

「ふふ…」

「何笑っているの?」

「なんでもない」

 

どうにも暁美ほむらという人物は不可解である。実際、出会って10年経つというのに美樹さやかは未だに彼女を良く分かっていない。でも――

 

「あんたって可愛いわね」

「馬鹿」

 

映画館の中はたくさんの客で溢れかえって、数名が目ざとくほむらの方をちらちらと見つめた。だが当の本人と、その本人に腕を引っ張られているさやかは気にすることなく奥へと向かう。そうして自然と寄り添って――

 

「何観るの?」

「私が観たいものよ」

 

 

それから映画を決めるまで結構揉めることになるのだが、それはまた別の話――

 

 

 

END

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