時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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時は流れて

「はあ、こりゃ大変だわ」

 

美樹さやかはため息をついた。

 

「どうしたの?」

 

ため息の原因である傍らの友人がこちらを見上げたものだから、さやかは身を固める。別に怖がっているという訳ではなく、単に彼女のアメジストの瞳に見惚れているようだ。

 

「あ、ああ、えへへ」

 

さやかは眉毛を「へ」の字に下げ、困ったように苦笑いした。肩まで伸びた蒼い髪を右手で乱暴に掻く。妙齢の女性らしからぬ仕草。それを怪訝に見つめる恐ろしいほど美しい黒髪の女性。

 

「いや、あんたみたいな美人と歩くとこんなに大変なんだなあって…」

「はあ?」

 

黒髪の女性は一瞬きょとんとしたような、そんな顔をしてそれからふう、と大げさにため息をついた。切れ長の目が一瞬閉じられ、そしてほんの少しだけ開くと長い睫毛の下のアメジストの瞳をじろりと蒼い髪の女性に向ける。

 

「うわ」

 

今度こそ、さやかは怖がった。美しい黒髪の友人は、あまりの美貌故に怒ると凄惨美とでもいうのか、かなり怖い。彼女はそれを十分過ぎるほどこの10年で知っていた。大人らしからぬ動きで数歩あとずさる。

 

「…そんなこと言っても何も出ないわよ、貴方、何か企んでるの?」

「いやいや、そんなつもりじゃないわよ、ほんとな…」

 

フフッと黒髪の友人が笑いだしたおかげで、さやかのジェスチャー付きの言い訳まがいの言葉が中断された。

 

「馬鹿ね…冗談よ」

 

切れ長の目が細められ、口元は笑みで緩んでいた。美しい横顔。

 

「な」

「ほら、まどかが待ってるわ」

 

そう言って、ポン、と軽くさやかの腕を叩くと、先に歩き出す。長い黒髪がファサと風に靡いた。

 

10年も経つと、彼女もこういう仕草ができるようになるのだ。なんとなく、感慨深げにさやかは少し先を歩き出した黒髪の友人…暁美ほむらの後ろ姿を見つめた。

 

暁美ほむらが世界を改変してから10年。

まだ世界は不安定なままそれでも維持されていた。

美樹さやかはしばらく記憶が錯綜していたのと、魔獣と人が巻き起こす陰惨な事件をきっかけにほむらと共闘することとなり、色々あったが、結果的に共に時を過ごしてきた。互いに思惑はあるが、「鹿目まどかを守る」という共通の目的が二人を結びつけている。

それにしても彼女は一途過ぎる――とさやかは思う。ああも美しく成長してもなお、彼女は鹿目まどか一人にしか愛情を注いでいないのだ。

 

――私はまどかを愛している

――ほかの人は?

――どうでもいいわ

 

その時確か、うわ、とかひゃあさすが、とか間の抜けた声をあげて話を終えたのをさやかは憶えている。どんなにさやかが彼女の美貌が異性にとてつもなく「有効」なのか主張しても、彼女は全く取り合わなかった。そうして、さやかの知る限り誰ひとりとも交際していない。わかっちゃいるけど、もったいない…それがさやかの正直な気持ちだった。

 

「あ~もったいない…」

「何?また「有効活用」の話?それなら聞かないわよ」

「へいへい」

 

肩をすくめ、さやかはほむらの横に並んだ。さやかが頭半分ほど大きい。

ほむらは半ば恨めしそうに蒼い髪の友人を見上げた。

 

「…なんだか貴方と並ぶと無性に腹が立つわ」

「え、仕方ないじゃん、勝手に伸びたんだもの」

「…殺したくなるわ」

「怖!」

 

さらりと毒を吐かれても、気にも留めないのか、それとも慣れきったのかさやかは笑顔を浮かべる。ほむらはそんな「へらへら」笑う友人を見て、複雑そうな表情をした。

 

「…貴方も全然「有効活用」してないようだけど、どうでもよさそうね」

「え、ちょっと、そこは引っ張らないの?解決?」

 

どうしてここまで道化並みに彼女が明るいのか、ほむらには理解できなかった。だが、彼女のおかげで自分がまどかと接触できたことには感謝していた。一応。しかし…はあ、とため息をついてほむらは囁いた。この10年で覚えた冗談の仕草なのだろうか、目を瞑って大げさに首を振りながら。

 

「貴方は老若男女構わず誰にでも尻尾振りそうだものね、私が迷惑だわ」

「犬か!私は」

 

絶妙なタイミングで蒼い髪の友人が合わせてきた。

 

夜の帳の下りてきた街は行き交う人々も増え賑やかになっている。

そんな中、暁美ほむらと美樹さやかはまどかに会うために目的地へと向かっているのだが。

相変わらず、好奇な目でほむらを見てくる者が多く、さやかは半ば辟易していた。

艶のある黒髪に白磁の肌、人外のような(人外だが)恐ろしいほどの美貌。黒一色の服に身を包んだ彼女を道行く人はすべて見惚れ、羨望、嫉妬、欲望、色々な想いの視線が注がれている。大学時代から、彼女はこんな風に大勢の注目を浴びていた。

で、そんな傍で同じく黒色だが、野暮ったいリクルートスーツを着て、彼女にのこのこ付いてきているさやかは逆に「こいつは一体なんなんだ」という目で見られるので、げんなりするのも当然である。

――仕事帰りだから仕方ないじゃない、社会人を馬鹿にするな!と心で文句を言いながら、別の事を考えようとさやかは思いなおす。

 

「さやか」

「へ、何?」

 

意外にも、ほむらの方から話しかけてきた。

 

「まどかと会うのは久しぶりね」

「そうだねえ、半年ぶり・・かな?」

 

あれから、中学、高校時代、さやかはまどかに近づきすぎることを極力避けた。彼女が「円環の理」を思い出すのを避けるためだ。ほむらよりもさやかに接触することでその可能性が高い。だがしかし…遠い昔からの絆というか縁は切れないものだったらしい。

 

「まどかは貴方のことが好きよね」

「たぶんね」

「貴方は?」

「…う~ん…」

 

そうして、さやかは困ったように笑ってそして、ほむらを見る。

 

「内緒、だって何言ったってあんたに殺されそうだし…どう?気になる?」

「全然…私はまどかを愛しているわ、他のことなんてどうでもいい、特に貴方はね」

「うわ、ひど」

 

言葉のわりにはそう思ってないのか、さやかは目を細めて聞いた。

 

「ねえ、でもほんとに?」

「え?」

 

いや、だってそうじゃん、と言いながら、さやかは両手を肩まであげて「フリーズ」の動作をする。意味のない仕草に眉をひそめるほむら。

 

「こんな長い年月一緒に戦ってきたんだからさ?私に対してなんかこう他の人よりも親し

みやすいとかそんなのないの?あんた」

「…気持ち悪いわ」

「ちょっと!」

 

でもまあそうね、と何か思いついたのかクスクス笑う。

 

「ずっと傍で懐かれたら、もしかしたら情が湧くかもね」

「それってやっぱ犬とかそっち系じゃない?人以下なの私?」

「そうよ」

 

そう言って、悪魔は非常に愉快だと言わんばかりに笑った。

意外と…彼女の10年はそこまで孤独ではなかったようだ。

 

鹿目まどかと待ち合わせている喫茶店に着いた途端、ほむらの足取りが重くなる。

 

「どうしたの?」

「…なんだか怖いわ」

「へえ?」

 

あまりにまどかが愛しすぎて、ほむらは彼女の前ではあまり感情を出すことができない。これは10年前からあまり変化のない事象である。むしろ感情というか、毒舌を吐きだせるのは蒼い髪の友人に対してだけであるのだが。

世界を改変してから、ほむらは愛すべき存在の傍にいながらも見つめるだけで、近寄ろうとはしなかった。だが、それをさやかがおせっかいの極みとでもいうのだろうか、何かと二人の間に入り、仲を取り持って行った。当のほむらには罵られながら。

 

「ちょっと、あんた今更何よ、もういい大人なんだから、そろそろ私無しでもまどかと話しできるようにしないと…」

「一応、それくらいはできるわ、馬鹿にしないで頂戴…馬鹿」

「はあ?2回も何それひど…」

 

と、さやかの表情が険しくなった。顔をしかめ、項のあたりを手で押さえる。魔獣が近づいた時の全身を襲う悪寒と、ちりちりと痺れるような感覚が彼女の表情を歪めていた。

 

「…ほむら」

 

さっきまでの浮ついた雰囲気は一瞬で消え去り、美樹さやかの蒼い目は怒りで深い闇のような色になる。相方の様子を見て、ほむらは表情をほんの少しだけ曇らせた。まるで彼女のそういう顔は見たくないとでも言う様に。

「ある事件」をきっかけに美樹さやかの魔獣に対する怒りは、(正確には魔獣と人間共に)尋常じゃないものとなっていた。ほむらはふう、とため息をついてドアを見ながら呟いた。

 

「…こんな時に」

 

だが、ほむらが世界を改変する前から、世の常とでもいうのか、こんな時に限ってそれが起きるのだ。

 

「好事魔多しっていうからね」

 

明るい口調で、さやかが言う。暗い目つきは変わらないが、表情はいつもの通りだ。

どうやら、怒りを沈めるのに成功したらしい。彼女もだいぶ10年で成長した…とほむらは思った。と、ほむらの身体が少し前のめりになる、蒼い髪の友人に背中を軽く叩かれたのだ。ちょっと…とほむらが睨むと、相方は優しく微笑んでいた。

 

「魔獣は私にまかせなって、行ってきなよ」

「…本気?」

「本気も本気、だって、まどか一人ぼっちってのも可哀相じゃん?魔獣は私一人で十分よ」

「自惚れないでね…貴方ごとき一人で何ができるの?のたれ死ぬのがオチよ」

「うわ、ひど!大丈夫だって、なんかあったらすぐ呼ぶからさ、ね?」

「……」

 

それとも、とさやかはからかうように、険しい表情の友人に囁いた。

 

「まどかと二人で会うのが怖い?」

「…そんなことないわ」

 

じゃあ、決まりとさやかは笑って、踵を返した。

 

「待って」

 

ほむらはさやかに向かって左手を出す。細い白い指が宙を掴むように広げられていた。

ありがたいとでも言う様に、さやかが口元を緩め、右手を出す。

ほむらの手とさやかの手が重なり、指を絡めた。さやかの腕から蒼い光が浮き上がる、その色が次第に紫色に変化した。

 

「サンキュ」

 

手を離し、スーツの袖にまとわりついている紫の光を眺めながら、さやかは礼を言う。

 

「勝手に死んだら許さないわよ」

「うん」

 

へへ、と無邪気に微笑むと、今度こそさやかは踵を返し駆けだした、そして2、3回けんけん飛びの要領で片足でステップを踏むと、右手で指を鳴らした。音と同時に美樹さやかは消失した。ほむらからもらった力を瞬間移動へ変移させたのだ。

 

「力の無駄遣いは相変わらずね…」

 

ふう、とため息をついて、そしてほむらは思いなおしたように、喫茶店のドアを開けた。

 

「久しぶりだね、ほむらちゃん」

「ええ…ほんとうに」

 

眩しそうにほむらはまどかを見つめる。10年経っても彼女は変わらないと思った。桃色の髪にはもうあの頃の赤いリボンはつけられていない。背中まで伸びた髪の毛のせいで、彼女はかなり大人びて見えたが、それでも美貌の悪魔に取ってはあの頃のまどかのままなのだ。

 

「でも残念だな…さやかちゃんもここまで来てたんでしょ?」

「ええ…あの人もなかなか大変なのよ」

「そっかあ…急に呼出って警察官も大変だねえ」

 

美樹さやかの職業は体のいい隠れ蓑にもなるので、非常に便利であると、ほむらは思っている。

 

「まどか…寂しいの?」

「え、う、うん」

 

恥じらうように赤くなるまどかを見て、ああやっぱりとほむらは思う。

まどかはさやかが好きなのだと。

せつなさと何か得体の知れない感情で、ほむらは胸が苦しくなる。この感情が何なのか、ほむらは深く考えないようにしている。あえて。

 

「私がいても?」

「へ?」

 

きょとんとするまどかに対し、意味深げな視線を送るほむら。

 

「私がいても、まどかは寂しいの?」

「ほむらちゃん?」

 

私はあなたがいればそれだけで

世界を改変した頃は、ただ目の前の女性を見守れればいいとほむらは思っていた。

だが、違うのだ、ほんとは想いを伝えたい…そう思っている自分がいる。

この10年で、いかに自分が子供であったかをまざまざと知ることができた。だが、もはや彼女は悪魔という人外になっている。

 

「ほむらちゃん、あのね」

 

まどかはふわっと微笑んで、そして優しく喋りはじめる。10年経っても変わらない、彼女の微笑み、そして柔らかい声。

 

「ほむらちゃんはほむらちゃんだよ…私はほむらちゃんがいなくても寂しいよ?」

「まどか…」

 

胸の奥にあった焦りが少しだけ落ち着く。今はまだ、愛していると想いを伝えるのはやめよう…そうほむらは思った。ここまで彼女と話ができただけでも上出来だ、あの人はどんな顔をするのだろう。蒼い髪の友人がさも驚いた表情を浮かべるのを想像して、ほむらは口元を緩める。遠い昔、あんなに確執のあった友人を今は思い浮かべても何とも気にならない、むしろ…。

時の流れの力をほむらは感じた、人外でありながら。

 

「あ、あのねえほむらちゃん」

 

そう言って、まどかは何事か思い出したかのように鞄に手を入れる。

 

「二人に渡したいものがあったの」

 

*     *      *      *       *

 

冬の殺風景な丘の上、美樹さやかは一人佇んでいる。

魔獣退治を終え、思索にふけっているのか、半分に欠けた月を見上げたまま、何か言いたそうなそんな表情を月に向かって浮かべていた。

 

「…随分とおとなしいのね」

 

いきなり傍から艶のある声が聞こえる。一瞬さやかは身体を固めるが、慣れているのかすぐに、フフと笑みを浮かべた。傍に美貌の悪魔がいつのまにか立っていた。しれっと長い黒髪を手で掻きわけながら。

 

「おつかれ、どうだったの?まどかとの対面は?」

「…なんてことないわ、貴方がいなくて盛り上がったわよ」

「うひゃあ、そりゃせつないわ」

 

肩をすくめて、さやかが笑う。その飄々とした雰囲気を彼女はいつの間に身に付けたのだろう?とほむらは思う。だいぶ…そうだいぶ遠い昔の彼女と今、ほむらの傍にいる美樹さやかは身に纏う雰囲気が違う。

 

「貴方も、意外と戦い方がうまくなったのね、てっきり苦戦してると思ったわ」

「今日は人と「混ざって」なかったからね…うまくやれたわ」

「そう」

 

そうしてしばらく互いにかける言葉もなく、寄り添いながら月を見上げていた。

ふと、ほむらが何かを思い出したのか、傍の友人を見上げた。

 

「そういえば、まどかから預かっているものがあるわ」

「え、何?」

 

青い包装紙で包まれた掌サイズの箱がほむら手に現れる。

 

「これ、貴方にって」

 

不思議そうに箱を見つめ、あ、とさやかが思い出す。

 

「ああ、これってバレンタインの…」

「そうみたい」

「あらら、私達ってほんと青春無駄遣いしてたわね」

 

さやかの言う通りで、二人ともこの手のイベントにあまり縁がなかった。なかったと言っても、その周辺の騒ぎ様は尋常ではないのだが…。

さやかは申し訳なさそうな顔をしてほむらを見ると、気にしないでとでもいうように、不敵に笑い、紫の箱を友人に見せびらかした。

 

「あちゃあ…まどかやるなあ」

「でしょ?私の方が箱も大きいわ」

「可愛くない悪魔だわ…」

 

ひとしきり笑い合うと、ほむらは「ほら」とまたひとつさやかに何か差しだした。

不思議そうに掌を見ると、一口サイズのチョコレートが1個。「?」と不思議そうな顔をするさやか。

 

「お礼よ、魔獣と戦ってくれた」

「…へえ、珍しいわ」

 

それでも不思議そうな表情を変えないさやかに何故か腹がたったのか

 

「ご不満?普通何かもらったら礼くらい言わないの?」

 

とほむらがまくしたてる。心なしか顔が赤いのは怒りからかなんなのか。だが、さやかはこの不思議な現象に気を取られて気付かない。

慌てて首を振り、友人に言った。

 

「いや!全然、嬉しいわ、ありがとほむら」

 

そう言って紙を破ってすぐに口に放り込む。「甘い!」と喜んで咀嚼する友人の横で、何か企んでいるのだろう、悪魔はニヤリと笑い囁いた。

 

「あら、どういたしまして、お返しはもちろん倍返しよね」

「はあ?」

「まどかから聞いたのよ、3月にはお返し、しかも倍返しだって」

「……いや、それはまどかのでしょ、あんたのはこんな小…」

「私のあげたものに不満なの?一応、心はちゃんと込めたつもりよ」

「え…あ、はい」

 

こんなちっちゃい体積のチョコに心なんて、絶対嘘だこの悪魔…と思いながらも、さやかは素直に返事する。その時点である意味「飼いならされている」状態なのだが。有無を言わせぬあたりは、さすが悪魔というべきか。

 

「じゃあ、まどかのチョコのお返しの時に私のも頼むわよ、おまわりさん?」

「わかったわよ…もう」

 

ため息をついて、返事する。

フフフ、と嬉しそうな黒髪の友人の笑顔を見て、まどかも結構悪魔だとさやかは思った。

 

「3月ねえ…あっという間にくるんだろうね」

「そうね…早いわねきっと」

 

時の流れの早さを感じながら、二人はまた申し合わせるわけでもなく、一緒に月を見上げた。

 

 

 

END

 

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